新・ことば事情
4686「思料と思量」
2012年3月の小沢裁判で出てきた言葉に、
「思料」
という言葉がありました。これとは別に「同音同義語」で、
「思量」
というのもあります。『広辞苑』を引いてみると、
「思料」=思いはかること。考えること。
「思量」=思いはかること。考えること。
と、一字一句同じ説明が。これって不親切です。
NHK放送文化研究所の塩田雄大さんに聞いてみたところ、
「思料と思量の件、違いはよくわかりません。裁判関連の用語としては『思料』が使われているという程度で、どこかの分野で意図的に両者が使い分けられているというような話は、聞いたことがありません(もしあったら、ぜひ教えてください)。」
ということで、『新明解国語辞典』を引いてみると、見出しは「思量」しか載っておらず、
「思量」=「あれこれと、比べ合わせて、考えること。(多く、法曹関係の用語)【表記】思料とも書く。
そうそう、法曹関係!これはちょっと親切。
さらに、『三省堂国語辞典』は「しりょう」の漢字表記が2通り書いてあって、
「思量・思料」=(文)こうではないかと、考えること。
と、「文語」であることを示しています。
そして、『精選版日本国語大辞典』を引いてみると、
「思料」→しりょう(思量)」
となっていて、「思料」の用例は1873年の『泰西勧善訓蒙』<箕作麟祥訳>です。
「思量」を引くと、
「思量」=あれこれ思いめぐらすこと。思慮。思考。思料。
とあって、用例は『菅家後集』(903年ごろ)が古いですが、これはレ点が付いた漢文です。もう一つの用例は『一遍上人語録』(1763年)です。ともに、「思料」よりも古い。
ということは、昔は「思量」を使っていたが、その後、明治維新後、翻訳のときに「思料」という漢字の使い方も出てきたということなのでしょうか?
なんとなく見えてきた感じです。
ということで「思料」と「思量」の違いについて「思料・思量」してみました。