新・ことば事情
4647「地名が個人名になる隠語」
<2008年9月15日に書きかけました。当時は「平成ことば事情3472」>
立川談春の『赤めだか』を読んでいたら、
「落語界では、大師匠は『町名』で呼ぶ」
と書いてありました。
「目白」=五代目・柳家小さん
「柏木」=六代目・三遊亭円生
というような感じだそうです。また、2008年9月10日の読売新聞夕刊には、
「黒門町」=八代目・桂文楽
で、これは『内儀さんだけはしくじるな』(古今亭八朝、岡本和明編、文藝春秋)に出てくると記されていました。
こういった例は、別に落語界だけじゃないですね。私たちも、親類関係などを呼ぶときに、
「和歌山のおばあちゃん」
「三重のおばちゃん」
「横浜のおじちゃん」
というような呼び方をします。もっと細かい地名を言うこともあります。私は三重県の伊賀上野の出身(生まれ)ですが、祖父母を呼ぶのに「町名」を使って、
「紺屋町(こんやまち)のおじいちゃん」
「忍町(しのびちょう)のおばあちゃん」
また、親戚でも、
「丸の内(まんのうち・のおじちゃん)」
などという言い方になじんできました。
一般的にも、「地名」がその「業界」などを指すものがありますね。
「兜町」=証券
「秋葉原」=電気街→オタク
「永田町」=政治家
「霞が関」=官僚
「虎ノ門」=警視庁
「吉原」=遊廓→ソープ街
といったところは有名です。これらは一種の「業界用語」なんでしょうね。ちなみに政治家の業界では、
「目白」=田中角栄→田中真紀子
で、これは一般的です。落語界とは同じ「目白」でも指す人が異なるのですね。
(追記)
まず訂正。NHKの原田邦博さんからご指摘いただきました。
×「虎ノ門」=警視庁 →○「桜田門」=警視庁
大変失礼しました。「虎ノ門」は「文部科学省」かな?
原田さんからはこのほか、「歌舞伎役者」も「地名」で呼ばれることがあるとして、
「五代目 中村歌右衛門」さんは、千駄ヶ谷に大きな屋敷があったことから、
「千駄ヶ谷」
と呼ばれていたそうです。また「尾上松緑」さんは、
「紀尾井町」
だそうです。たしか「ホテルニューオータニホテル」や「文藝春秋社」があるところですね。
また、先日亡くなった「中村芝翫さん」もその住所から、
「神谷町(かみやちょう)」
と言われていて、「大向こう」からそう声がかかったこともあるそうです。
ただ、芝翫さんは生前、
「こういう言い方は私で最後になるだろう」
と話しており、今後は消えてゆくことになるでしょう・・・とのことでした。
原田さん、ありがとうございました。
(2012、3、7)
(追記2)
アメリカ在住のI先輩からは、
「猪瀬直樹さんなんかは、『虎ノ門=特殊法人』という言い方をしているようです。」
というメールを頂きました。ありがとうございます。
でもなんで、「アメリカに住んでるのに、『猪瀬直樹が「虎ノ門=特殊法人」の意味で使ってる』なんて知ってる」の?(本か、ネットで読んだのでしょうか?)
つまるところ、地名である個人や法人の名前を呼ぶというのは「隠語」であり「婉曲表現」であり、直接その名を呼ぶことが憚(はばか)はばかられるような雰囲気がある、「アンタッチャブル」なのでしょうか?そこまでは行かなくても、
「ダイレクトにその名を呼ぶことは、畏れ多い」
のかな?
「ハリーポッター」シリーズで、悪の魔法使い・ヴォルデモートの名前を直接口にしてはならないという「言霊信仰」的なところがあって、ハリーポッター以外のみんなが
「あの人」
と呼んでいたような感じかな?ハリーは、その名前を直接口にする「勇気」があった。魔法は使うけど、言霊に対する信仰はなかった=科学的?現代的なヒーローとして描かれていたのかも。
たしかに昔から「名前」は大切で、『孫悟空』(西遊記)で「金角」「銀角」(金閣?銀閣?)と名前を呼ばれた鬼(だっけ?)が返事をしたらひょうたんに吸い込まれるというシーンがあったかに思いますし、「鬼六」という名前を呼んだら、鬼は川に沈んでしまったなんて昔話もありましたよね。
そうすると、「神谷町」と呼ばれていた歌舞伎の中村芝翫さんが生前、
「こういう言い方は私で最後になるだろう」
と言ったのは、こういった「禁忌の領域」がだんだんなくなってきたということを感じていたのでしょうか?
あれ?「禁忌の領域」?猪瀬直樹さん?の本のタイトルにこんなのなかったっけ?昔読んだような・・・。あ、ありました『禁忌の領域~ニュースの考古学』。1993年10月に出ています。本棚探して、もう一度目を通してみるか。
(2012、3、8)