新・ことば事情
4513「永劫と永却」
「ミヤネ屋」の人気コーナー、「狩野英孝の家賃ハンター」の中で、狩野さんが自分の名前「英孝」にひっかけたダジャレのギャグで、
「未来英孝(永劫)」
といいました。もちろんこれは、
「みらい・えいごう」
と読みます(読ませます)。ちょっと難しいのは「永劫」の「劫」という字ですよね。「へん(左側)」が「去」で、「つくり(右側)」が「力」。しかし、スーパーをチェックしていたら、このように書かれて(打ち出されて)いました。
「未来英孝(永却)」
タァッー、あやうく見逃すところだった!
「永劫」の「劫」が、「退却」の「却」になっている!つまり、右側が「力」ではなく「叩」の「つくり(右側)」と同じになっていたのです!
ディレクターの発注した漢字(手書き)が間違っていたのか、オペレーターの打ち間違いかわかりませんが、「未来永劫」という言葉ぐらいは、知っておいてほしいところです。辞書を引きましょう。繰り返しますが、「却」に似ていますが、違います。右側(つくりの部分)が「力」です。もちろん「表外字」ですから熟語全体にルビが必要です。
囲碁をする人は「コウ」というのをご存じかと思います。私も昔、ちょびっとだけ、かじりましたので「コウ」は知っていました、相手といつまでたっても石の取り合いになる「目」の部分です。この「コウ」は漢字で書くと、
「劫」
です。また、落語の「寿限無(じゅげむ)」に出てくる、
「ゴコウのすり切れ」
の「ゴコウ」は、
「五劫」
と書きます。「劫」を5回繰り返すのです。
そもそも「劫」というのは、元は仏教用語(ですから、元はインドのサンスクリット語)で、
「天の人が、一辺が四十里(=一里は4km)の大きな石を薄い衣で100年に1度なでて、それによってその石が磨り減ってなくなるのにかかる時間」
という意味です。または、
「四十里四方の城にケシ粒を満たして、100年に1度、一粒ずつ取り除いて、ケシがなくなるまでの時間」
という説もあるそうですが、どちらも言わんとすることは、
「天文学的に長い時間=無限」
ということです。つまり、
「永劫」=「永遠に近いぐらい長い間」
という意味です。いやあ、またひとつ、賢くなりましたね!
でも「エイゴウ」と読めて、この言葉を知っていれば「こんな文字を打ち出すはずがない」んだけどなあ・・・。