新・ことば事情
4458「鉄管ビール」
小林信彦の自伝的小説の第3部『流される』(文藝春秋:2011、9、15)を読んでいたら、こんなフレーズが出てきました。
「〈鉄管ビール〉とは、私の父の世代が、水道の水を指していう言葉だった」
小林信彦氏は1932(昭和7年)生まれ。その父の世代はというと、おそらく明治末生まれ。それが20歳前後のときは、大正末から昭和初めでしょうかね?「大正デモクラシー」よりあとかな?
実は私は、この、
「鉄管ビール」
という言葉は知っていました。(聞いたことがありました)父から聞きました。父は、昭和10年(1935年)生まれですから、小林信彦さんとほぼ同世代です。その父は、父の父(つまり私の祖父)から聞いて知っていたそうです。祖父は明治40年(1907年)生まれでした。
この「鉄管ビール」が流行ったのは一体いつの時代だったのか?
こういうときは、やはり米川明彦先生の『日本俗語大辞典』か『明治・大正・昭和の新語・流行語辞典』を引くのがベストでしょう。早速、引いて見ると、やはりありました!
「鉄管ビール」=水道水。<類義語>ヒネルシャー・ヒネルトシャー・ヒネルトジャー。◆『訂正増補新らしい言葉の字引』(1919年)<服部嘉香・植原路郎>「鉄管ビール 平民階級の人間が痩我慢を張つて叫んだ楽天家振りの言葉である。水道の水のことをしゃれて言つたもので、水道の水が鉄管で引いて来てあるからかく名づけたのである」
この用例で挙げられた本が出たのが1919年=大正8年。その時に既に「新らしい言葉」として使われていたのですから、やはり「鉄管ビール」が誕生・流布したのは「大正初年」でしょう。「大正デモクラシー」の中で生まれたのではないでしょうか?「モボ・モガ(モダンボーイ・モダンガール)」などの仲間のように感じます。
その昔、江戸時代に「平賀源内」が生み出した「洋風ネーム」の「オストデール」などの流れで。大正時代の初めにこういった「しゃれた名前の言い換え」があったと言われています。歩いていくのを「テクシー」とか、「あんパン」を「オストアンデル」など。これについては前に書いた気が・・・。あとで検索しよう。
その仲間なんですね、この「鉄管ビール」は。Google検索(9月26日)では
「鉄管ビール」=6580件
出てきました。
※検索したところ「平成ことば事情606 オストアンデル」で2002年3月に書いていました。それによると、1918年7月27日の東京朝日新聞に「其日の話26」として載っているか、1902年12月5日の「滑稽新聞」には、
「スワルトバートル」(袴)=座ると 場 取る
「オストアンデル」(饅頭)=押すと 餡 出る
「イキムトヘーデル」(放屁)=いきむと 屁 出る
「ノムトヘル」(巻煙草)=呑むと 減る
「フルトサス」(傘)=降ると さす
「コーバシー」(炒豆)=香ばしい
というのが載っていたそうです。