新・ことば事情
4395「輪っぱ」
佐野洋子さんの『私はそうは思わない』(ちくま文庫)という本を読んでいたら、
「わたしは父に煙を輪っぱにして出してくれとせがむ。父はほっぺたをひっこませて舌を丸めてポッと小さな音を出すと、煙が丸い輪っぱになって出て来た。丸い輪っぱは、はかなくすぐくずれて消えた。」
という文章が出てきました。たばこの煙の話ですね。この中の、
「輪っぱ」
ですが、普段、私はこういうケースは、
「輪っか」
を使うのではないか?と思いました。「輪っぱ」というと「刑事用語」(隠語)での、
「手錠」
のことを言うのではないでしょうか?そう思って辞書(『広辞苑』)を引いて見ると、
「わっぱ(輪っぱ)」=曲木(まげき)製の食物容器。めっぱ。めんぱ。
とありました。ああ、「わっぱ飯」の「わっぱ」ですね。でも「わっか」と同じ意味の「わっぱ」は載っていません。
『明鏡国語辞典』では、
「わっぱ(童)」=子どもをののしっていう語。(例)小わっぱ。▶「わらは」の転。
とありましたが、やはり「わっか」の意味の「わっぱ」は載っていません。
『三省堂国語辞典』には・・・載っていました!
「わっぱ(輪っぱ)」=①(一)(俗)輪の形をしたもの。自動車の、車輪・ハンドルなどもさす。わっか。(二)自動車。(例)わっぱをころがす。②(俗)手錠(テジョウ)。(例)「わっぱをかける」③(方)まるいせいろう。(例)わっぱ飯(メシ)。
おお、く、くわしい!「わっぱ」で表現されるものがすっぽり収まっている!『広辞苑』でさえ「わっぱ飯」しか取り上げてなかったのに、「手錠」の「わっぱ」も載せるなんて、「俗語辞典」としての機能もありますな!
「わっぱ飯」の「わっぱ」が「せいろう」を指すのは「方言」なんですか、知りませんでした。
なお『精選版日本国語大辞典』には、
「わっぱ(輪っぱ)=①輪の形をしたものをいう俗称。自動車のハンドル、車輪、また指輪など。②まげ物の弁当入れ。食物入れの容器。」
とあり、①に「指輪」も「わっぱ」と言うとして、和田信義の『香具師奥義書』(1929年)という作品から用例を引いていました。
『デジタル大辞泉』は、
「わっぱ(輪っぱ)」=①輪の形をしたもの。族に車輪や手錠などをいう。②曲げ物の食物入れの容器。めんぱ。めんつう。(例)「わっぱめし」
と、『三省堂国語辞典』に近い感じでした。
ついでに「わっか」も引いておくと、
『広辞苑』=俗に、輪(わ)。
『明鏡国語辞典』=〔主に東日本で〕輪。(例)ロープでわっかを作る」
『精選版日本国語大辞典』=輪。(例)『幻談』(1938)<幸田露伴>「長い釣綸(つりいと)を隻輪(ワッカ)から出して」
『三省堂国語辞典』(俗)①輪。(例)「ロープでわっかを作る・わっかになる」②輪っぱ
『デジタル大辞泉』=「輪(わ)」の俗な言い方。
ということで、どちらかと言うとどの辞書も「わっぱ」の方が、記述が多いような気がしました。『広辞苑』なんて、実にそっけないです。「わっか」の身にもなってみなさい。