新・ことば事情
4370「スコップとシャベル」
2011年4月20日のデイリースポーツに、
「『震災の片付けしない』娘婿殴り逮捕」
という見出しがの記事が出ていました。
宮城県石巻市で18日、娘婿の頭をスコップで殴り、頭を7針縫うケガをさせたとして、宮城県警は78歳の男を傷害の疑いで逮捕したという記事です。
記事の内容も衝撃的ですが、私が問題にしたのはその凶器の、
「スコップ」
です。関西人の私の「スコップのイメージ」は、
「花の種や球根を植えるときに使う小さなもの」
なのですが、どうやらこの凶器は、そんな小さなものではないようです。記事をさらに読み進めると、
「スコップは、家に流れ込んだ土砂などを片付けるために使っていた。」
「容疑者は、治安の悪化を心配して護身用にスコップを近くに置いていたという」
と書かれているので、やはりこの「スコップ」というのは、
「工事などに使う大きなもの」
のようです。場所も東日本ですし。西日本出身の私などは「スコップで殴った」と聞くと「子供のケンカ」がちょっとエスカレートしたような感じで、
「大したケガもしないかな・・・」
と思ってしまいますが、実際はそうではありません。
と、ここまで読んで既にお気づきのように、
「『スコップ』は、西日本と東日本で、指すものが違う」
のです。
(西日本)(東日本)
「スコップ」 小 大
「シャベル」 大 小
というイメージです。私など西日本出身者に言わせると、
「じゃあ、シャベルカー(ショベルカー)のシャベルは小さいのか?大きいやんか!」
となります。「スコップカー」なんて聞いたことがありませんし。
ところで、辞書ではどう書かれているか。
『精選版日本国語大辞典』を引くと、
「スコップ」=小型のシャベル
とあるではないですか!え?ということは、
「スコップ < シャベル」
という「関西型」ですか?『広辞苑』は、
*「スコップ」=粉・土砂をすくい上げ、また混和するのに使う、大きな匙形(さじがた)の道具。シャベル。掬鍬(すくいぐわ)
*「シャベル」=砂・砂利・年度などやわらかい土質を掘削し、すくうのに用いる道具。匙(さじ)型鉄製で、木柄をつけたもの。シャブル。ショベル。スコップ。
うーん、どちらが大きいかはわからないなあ。
『三省堂国語辞典』は、
*「スコップ」=土・砂・雪などをすくったりするのに使う道具。足をかけられるものが多い。
*「シャベル」=園芸などに使う、片手に持って土をほる道具。移植ごて。
これは明らかに、
「スコップ > シャベル」
ですね。
『明鏡国語辞典』は、
*「スコップ」=小型のシャベル。また、シャベル。
*「シャベル」=土砂などをすくったり穴をほったりするのに使う、さじ状の道具。ショベル。
うーん、これは「関西型」の、
「スコップ < シャベル」
だなあ。
『新明解国語辞典』は、
*「スコップ」=柄の短い、シャベル形の器具。(シャベルと同義にも用いられる)。
*「シャベル」=土砂や石炭などをすくったり穴をほったりするのに使う道具。ショベル。(スコップと同義にも用いられる)
うーん、これも「関西型」の、
「スコップ < シャベル」
だなあ。
『新潮現代国語辞典』は、
*「スコップ」=さじ形の、土などを掘る器具。シャベル。
*「シャベル」=土・砂などを掘りすくうのに使う道具。ショベル。スコップ。(例)セメントに小砂利を混ぜたのを(略)シャベルでならしてゐる」(志賀直哉『暗夜行路(前)』)
これも「関西型」の、
「スコップ < シャベル」
のようですね。工事用が「シャベル」ですから。
『岩波国語辞典』は、
*「スコップ」=(1)土砂を掘ったりするのに使う、皿(さら)型の部分に柄がついた道具。▽「シャベル」(1)の意でも使う。(2)園芸で移植などに使う、片手で作業できる、小型のシャベル(1)。▽(オランダ)scop
*「シャベル」=(1)土・砂など物を(掘って)すくうのに使う匙(さじ)型の部分に柄がついた道具。▽スコップの意でも使う。(2)→ショベル▽shovel
うーん、両方書いてあるぞ。でも語源から言うと、
「スコップ」=オランダ語
「シャベル(ショベル)」=英語
ですから、「オランダ語」の方が古いのかな?
こうやって見てくると、国語辞典は「関西型」の
「スコップ < シャベル」
が多いようですが、そんな中、
「スコップ > シャベル」
としている『三省堂国語辞典』の編纂にあたった、早稲田大学非常勤講師の飯間浩明さんに聞いてみました。
『「スコップ」「シャベル」の話ですが、私もどちらがどちらだか、ときどき分からなくなります。以前、auのコマーシャルで〈家族と、もっと、シャベる。〉というのがありましたが、あそこに出てきた移植ごては、私の感覚では「スコップ」でした。「シャベル」は、私にとっては大型の物です。
『三省堂国語辞典』では、現行第6版で、「シャベル」「スコップ」の説明を入れ替えました。これは、東京式に合わせたのです。東西の違いについて、もう少し説明してもよかったかな、と思います。次の7版での検討課題になりますね。
この2つのことばについて書いた本というと、真田信治先生の『脱・標準語の時代』(小学館文庫)141ページ以下に〈「スコップ」と「シャベル」〉の節があります。
私の母方言では「スコップ」は大型のもの、そして「シャベル」は比較的新しい用語で、土いじりをする時などに使う小型のものを指した。この「スコップ」と「シャベル」の大型小型にかかわる意識は、おそらく東京あたりの人々の語感と同様であろう。
ところが、関西では逆に、小型のものが「スコップ」で、大型のものが「シャベル」と呼ばれる傾向にある。「スコップ」は英語のscoopに対応し(ただし、直接的にはオランダ語のschopに由来する)、「シャベル」は英語のshovelに対応するものなので、その点からすると関西の方が原語の意味に近いと言えるわけである。確かに、いわゆるショベルカー(自動掘進車)のショベルは大きいではないか。
ではなぜこういう東西の違いが生まれたかというと――分かりません。染谷裕子さんに「シャベルとスコップ」(『調布日本文化』5 1995.03p.350-368)という論文があって、それはこの2語の歴史的なことにも触れています。しかし、なぜ今、東西の違いがあるかについては、あまり語っていないように見えます。むしろ、染谷さんは、両語の使用が「混用されている」ととらえていて、東西で傾向が分かれている、という点についてはあまり注
意を向けていないようです。
この論文は、下記でもご覧になれます。
http://ci.nii.ac.jp/naid/110000477447/』
と、大変丁寧に教えていただきました。真田先生の本に書かれていましたか・・・以前読んだのに・・・コロッと忘れていました。家で確認したら、ちゃんと載っていました。
ということで、「スコップ」と「シャベル」は地域差もあり、揺れている言葉と言えるのではないでしょうか。