「情報ライブミヤネ屋」の人気コーナー「愛のスパルタ料理塾」のレシピを「ミヤネ屋」のホームページに掲載しています。その原稿のチェックを行っています。
実は、「愛のスパルタ料理塾」のVTRは、外部の制作会社に「業務委託」をして作ってもらっていて、そのチェックには私は直接は、関わっていません。でも出来るだけ、「放送での表記のルール」などに従ってほしいなあと思って、折に付け意見を言っています。
先日、ホームページにUPするレシピを見ていたら、
「絞り汁」
という表記がありました。それを見て、
「うーん、これは『搾り汁』じゃないかな?」
と思って『新聞用語集2007年版』を引くと、
*「絞る」=(ねじって水分を取り除く、範囲を限定する)<例>油を絞る、音量を絞る、声を振り絞る、絞り上げる、絞り染め、絞るような汗、タオルを絞る、無い知恵を絞る、範囲を絞る
*「搾る」=(締め付けて液体をとる、無理に出させる)<例>油を搾る(製造)、牛乳を搾る、搾りかす、搾り汁、税金を搾り取る
ほらね、
「搾り汁」
がありました。今回はこれで行きましょう。
と、ホームページの担当者に指示したところ、制作会社の担当のYディレクターから電話がかかってきました。
「私はこれまでずっと料理のコーナーを担当してきて、いろんな料理関係の本なんかも見ましたし、『スパルタ料理塾』の本も出しました。料理担当の先生にも聞いたことがありますが、すべて『絞り汁』でした。『搾』は使ったことがありません」
と言うのです。
うーん、そうかあ。それじゃあ、と読売新聞社の最新版『読売スタイルブック2011』も引いてみました。しかし、やはり『新聞用語集』と同じ解釈で、さらにこちらには、
「レモンの搾り汁」
とそのものズバリの用例で「搾」が使われています。そう説明しても、Yディレクターは納得してくれません。
「搾る」と「絞る」の具体的な内容の違いはどうなのか?
考えてみると、
「絞る」は「ねじって」というのですから、「両手を使う」感じですね。「雑巾」や「タオル」を「絞る」には「両手」が必要です。ひねりを加える動きで「しぼる」のが「絞る」。それに対して「搾る」は、片手でグシャッとするようなイメージがあります。半分に切ったレモンを片手でぐしゃっと潰してグググググッと汁を「搾る」感じ。
あ、でも待てよ。たしかに「ひねり」は片手ではできないけど、レモンを「しぼる」時って大抵、真ん中が「山」になっている器具を使うな。その山の先っちょに、半分に切ったレモンの真ん中を当てて、ググッと押しながらひねって「しぼる」。あれは「ひねり」が入ってるから「絞っている」のかな。でも押し付けているところは「搾っている」のかな。
待てよ・・・もし、こういった液体(汁)を得るための「方法」の違いで「絞る」と「搾る」を使い分けるとしたら、その「製造方法」を知らされない場合の「しぼり汁」は、ニュートラルな立場で「絞り汁」なのか「搾り汁」なのか、汁すべが・・・いや、知るすべがないのではないか?ぶっちゃけ(あ、こんなはしたない言葉、使っちゃった!)、判断できないのでは?
イメージで言うと、「絞る」はタオルにせよ雑巾にせよ、
「絞ったあとのものに水分が残っている」
感じ。これに対して「搾る」は、
「絞ったあとのものはカスで、全く水分が残っていない状態」
のように感じています。私は。
あと、「絞る」の「絞」は「絞める」という意味でも使いますから、
「ギューッと絞めてしぼる」
感じなのですかね。
つい先日出た『NHK漢字表記辞典』(NHK出版:2010、3、20)を引いてみると、
「絞る」=タオルを~、知恵を~、音量を~
「搾る」=油を~、乳を~
となっていて、『新聞用語集』『読売スタイルブック』と基本的に同じです。
うーん困った。『精選版日本国語大辞典』で「しぼる」を引いてみよう。
(1)締め付けて中の液を出す。またそのような動作をする。
(イ) 濡れた布類を強くにぎったりねじったりして水分を出す。
(ロ)強く押し付けたりねじったりして中の液を出す。
とありましたが、漢字の使い分けに付いては書かれていません。イメージでは、
(イ)=絞る
(ロ)=搾る
のような気がしますが。なんとも難しい。
結局今回は、Yディレクターの意見を尊重して、
「絞り汁」
にしました。もっと調べてみます。
(2011、5、3)
(追記)
調べる前に応援の要請を・・・。早稲田大学非常勤講師で『三省堂国語辞典』の編纂者でもある飯間浩明さんに、お尋ねしたところ、とっても丁寧なメールの返事が返ってきました。
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「しぼる」の用字についてですが、しぼる「方法」についての違いは、すでにご指摘のとおりだと思います。「絞=ねじる」「搾=しめつける」でしょう。さらに言えば「絞=ねじる/しごく」でしょう。
問題は〈その「製造方法」を知らされない場合の「しぼり汁」は、ニュートラルな立場で「絞り汁」なのか「搾り汁」なのか、汁すべが・・・いや、知るすべがないのではないか?〉という部分ですね。
区別するすべはあります。その液体がほしい場合は「搾る」、液体がほしいかどうかを問題にしない場合は「絞る」です。
『三国』第6版の編集の時に、「絞る」「搾る」の項目全体を見直しました。
第5版では
〈絞る=①両はしを持って、強くねじ・る(って水分を出させる)。「手ぬ
ぐいを―」〉
〈搾る=①強くしめて液を出させる。「油を―・牛乳を―」〉
となっていました。
この説明では、「水分・液を出させる」ときには、どちらでも使えるような感じを与えます(ご疑問の点は、まさしくこの点ですね)。
漢字の使い分けは、訓読みでの用例を見ていても分かりません。そこで、音読みする熟語を考えます。「絞」の主な熟語は「絞殺・絞首」。一方、「搾」の主な熟語は「圧搾・搾取・搾乳・搾油」で、このうち液体に関するのは「搾乳・搾油」です。あまり聞きませんが「搾汁」もあります。これらは、液体がほしくてしぼっています(「搾取」も、その金がほしくてしぼっています)。一方、「絞」は、何かがほしくてしぼる場合には使いません。動作
に重点があります。
そこで、第6版では
〈絞る=強く ねじったり しごいたりして、水分などを出しつくす。「手ぬ
ぐいを―・チューブを―」〉
〈搾る=強く しめて、液体を得る。「油を―・牛乳を―」〉
としました(今見ると「絞る=出しつくす」は書きすぎでした。「出す」で十分です)。
「搾る」の語釈の「得る」が肝心です。ぞうきんのように、その液体を排出する場合は含まないことを明示しました。「絞る」で「水分→水分など」としたのは、「生クリーム・練り歯みがき・絵の具......」などもあることを踏まえました。「生クリームをしぼる」は、まだ得ていない生クリームがほしくてしぼるわけではないので、「絞る」でいいことになります(今考えると、ぞうきんをしぼる動作と、生クリームをしぼる動作とは、①と②とに分けたほうがいいような気も、分けなくてもいいような気も......)。
さて、「しぼり汁」はどうなのかというと、愛媛のみかん農家が「ポンジュース」を作るためにみかんをしぼっている場合は、「搾汁=汁を得ようとしてしぼる」という感じがし、「みかんの搾り汁」と書きたくなります。一方、「紅茶にレモンをしぼる」という場合は、「汁を得ようとする」というほど大げさなものではないので、「搾り汁」でも「絞り汁」でもいいような気がします。
ディレクターの方が「料理の本で『搾り汁』を見たことがない」と言われるのは興味深いところです。たしかに、「Googleブックス」で書籍の用字を調べると、 21世紀の出版物では「絞り汁」260件、「搾り汁」55件となっています。新聞などは「搾り汁」にほぼ統一ですから、一般の用字と新聞の用字とにはズレがあるということになります。こういう例は、よくあります。
短くお答えするつもりが、長くなってしまいました。いかがでしょうか。
飯間さん、ありがとうございました。そして、
(今考えると、ぞうきんをしぼる動作と、生クリームをしぼる動作とは、①と②とに分けたほうがいいような気も、分けなくてもいいような気も......)
のところは笑いました。たしかに、同じ意味を表す動作でも、
「何も、雑巾と生クリームを並べなくても・・・・」
と、たしかに思いますよね。
Google、私も検索してみました。(5月4日)
「搾り汁」=10万8000件
「絞り汁」=45万5000件
「レモンの搾り汁」= 5万2600件
「レモンの絞り汁」=23万3000件
でした。「絞り汁」の方が多いですね。ほかの「しぼり汁」では、
「ミカンの搾り汁」= 4850件
「ミカンの絞り汁」=1万4500件
「みかんの搾り汁」=1万2400件
「みかんの絞り汁」=3万6500件
「リンゴの搾り汁」= 6800件
「リンゴの絞り汁」=3万1000件
「りんごの搾り汁」= 6980件
「りんごの絞り汁」=4万5100件
ということで、たしかにどの果物も、
「搾り汁」<「絞り汁」
でした。今後の使い分け、どうしましょうねえ・・・?
(2011、5、4)