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『道浦TIME』

新・読書日記 2010_225+α

『現代用語の基礎知識2011年版』(自由国民社:2010、11、18)

 

今年も出ました『現代用語の基礎知識』!今年の表紙は朱色です。去年は水色でした。その前は黄色でした。でも『現代用語』はやっぱり、「赤」系統が似合う気がします。

私が担当したのは、前のほうのブルーのページ「特集」の中にある「日本語事情」で4ページ分(4447ページ)。

「一丁目一番地」「ひと昔前・一瞬」「キモ」「大丈夫ですか?」「煮詰まる」「伸びしろ」「もってる」「ひもとく」「くびちょう」「悩ましい」「さわり」「妊娠はしていない」「妊活・保活」という言葉について書きました。

また、そのすぐ後ろの黄緑色の「今日の論点」では、「『ぶり』と『っぷり』」について書きました。(140141ページ)是非、お読み下さい。

『イミダス』も『知恵蔵』も紙の本ではなくなってしまった今、この手の本は『現代用語』だけです!2980円(税込み)。安い!よろしくお願いします。

うーん、これは完全に宣伝だな。宣伝だから5つ☆です。


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(2010、11、29)

2010年11月30日 17:59 | コメント (0)

新・読書日記 2010_225

『クライフ哲学ノススメ~試合の流れを読む14の鉄則』(木崎伸也・若水大樹、白夜書房サッカー小僧新書:2010、12、1)

木崎さんの本は前に読んで、分かりやすく共感が持てた。確実に、若い世代のサッカー(というか、スポーツ)ライターが育っているなと。若水さんという人は知らないが、1982年生まれ。若過ぎ!1975年生まれの木崎さんよりさらに若い!6歳からオランダに住み、オランダ語、ドイツ語、英語を自由に操るとのこと。なるほど、クライフの言葉を解析するにはうってつけの人だ。しかしそれにしても、クライフのオランダのトータル・フットボールは、1974年のワールドカップ西ドイツ大会。その時にはまだ生まれていない二人が、こんな本を書くなんて、それだけクライフが偉大だということと、この二人は実は「遅れてきた昭和30年代生まれ」ということだろう。

それと、「サッカー小僧新書」なんてもんができたんだな。売れるのかな?その版元が、白夜書房!?あの、白夜書房...?「野球小僧」の応用でしょうね、「サッカー小僧」。

さて本書には、サッカーには(それ以外でも、何事もそうだろうが)「戦略」と「戦術」があると記されている。核兵器にも「戦略核」と「戦術核」がある。小学生にも「大きな目標」と「小さな目標」があるように。それぞれについて、クライフの考え方がまとめられている。そのクライフの哲学、簡単にまとめると、

「ボールから30メートル離れた逆サイドを見る」

など14の項目にまとめられている。中でもいくつか、「ほかの分野でも応用がきくな」と思ったのは、

「相手の一番弱いところを突け」

「チームのレベルは、一番低いところにあわされる」

など。大変勉強になったと同時に、「クライフはやっぱり天才で、天才はやっぱり生きにくいのだろうな」ということでした。

 


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(2010、11、26読了)

2010年11月30日 11:47 | コメント (0)

新・読書日記 2010_224

『輝く夜』(百田尚樹、講談社文庫:2010、11、12)

百田作品、読むのは2作目 。デビュー作『永遠の0』もそうだが、タイトルから内容の分野を想像しにくい。この本は、クリスマス・イブに起きる奇跡の短編集。東野圭吾ならダイレクトに『クリスマス・イブ』か『イブの夜に』としているのではないか。実は元の題はもっとダイレクトに『聖夜の贈り物』だったそうだが、そっちのほうが僕は好き。

それにしても、上手く構成されていてホロッと来て、しかもハートウォーミングなお話は、「賢者の贈り物」を連想させる。

 

 


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(2010、11、28読了)

2010年11月29日 18:52 | コメント (0)

新・読書日記 2010_223

『警官の紋章』(佐々木譲、ハルキ文庫:2010、5、18第1刷・2010、5、28第2刷)

2010読書日記223 

『笑う警官』『警察庁から来た男』に続く北海道警察シリーズ第3弾の文庫化。686円。単行本のおそらく半額以下だろうから待った甲斐があったが、前作の内容のあらすじを忘れてしまったのが痛い。

あれで解決かと思われた道警を巡る不祥事、実はもっと大きな組織的な不祥事を抱え、さらにはその敵討ち、テロなどが渾然一体となって、「洞爺湖サミット」(懐かしい!)警戒中の津久井たちに襲いかかる。『笑う警官』が映画化されたんだから、続編もできるんだろうなあ。それにしても北海道警察は、こんな取り上げられ方に文句つけないのだろうか?脚光を浴びせてもらって、喜んでいるのだろうか?


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(2010、11、16読了)

2010年11月29日 12:49 | コメント (0)

新・ことば事情

4222「哀悼の意を表しました」

1123日の日本テレビ「スッキリ!!」の中のニュースコーナーで、(たしか)池内さんという女性ニュースキャスターのが読んでいたのを聞いて「おや?」と思いました。彼女は、

「哀悼の意を表しました」

という原稿の、

「表しました」

の部分を、

「あらわしました」

と読んだのです。私の語感だと、「敬意」とか「哀悼の意」という場合に「表する」と続くと、これは、

「ひょうする」

と読むのではないか、と思うのですが。意味は「あらわしました」でも同じなので、あとはその人の「語感」なんでしょうかね。間違いとは言えませんが、ちょっと違和感を覚えたのでした。

(2010、11、23)

2010年11月28日 18:54 | コメント (0)

新・ことば事情

4221「我が国の読み方」

11月19日の夜(日付は11月20日の午前0時過ぎ)、フジテレビのニュースを見ていたら、増税されそうな雰囲気が出てきた「ナフサ業界」の人たちが集まって「増税反対!」と気勢を上げている集会の様子を放送していました。その業界の会長さんと思われる人(ちょっと字幕を見逃した)が、決議文のようなものを読み上げていたのですが、その際に言った言葉に耳が反応しました。

「わがこくの・・・」

え?「わがこく」?・・・・それは、もしかして、

「わがくに」

のことでは?漢字では、

「我が国」

と書く、アレですよね?「わがこく」というのは聞いたことがありません。もしかして、私が知らないだけなのでしょうか?

「わがこく」でGoogle検索してみたら(1123日)、

「わがこく」=799件

ありましたが、そのトップに出てきたのは、Yahoo知恵袋で、

「我が国は、1.わがくに、2.わがこく どちらで読みますか?」

というもので、答えは「わがくに」でした。でも、

「どっちなんだろうか?」

悩んでいる人もいるということが分かりました。

そもそも「我が国」というような大上段の書き言葉を、話し言葉ベースである放送では、原則使わなくなったことから、こういった「迷い」「ゆれ」が出ているのでしょうね。

ちなみに辞書は、『精選版日本国語大辞典』『広辞苑』『デジタル大辞泉』『三省堂国語辞典』『明鏡国語辞典』『新明解国語辞典』『新潮現代国語辞典』には、「わがくに」しか載っていませんでした。『岩波国語辞典・第7版』「わがくに」も「わがこく」も載っていませんでした。

日本新聞協会・新聞用語懇談会放送分科会編『放送で気になる言葉・改訂新版』(2003)の64ページには、「わが国」について、

「『わが輩』『わが友』などと同様、文語的な言葉でもあり、発言の引用などはやむを得ないが、なるべく『日本』を使うようにする。」

と記されています。文語的な言葉が悪いわけじゃないけれど、ニュースでは「話し言葉」がベースになるということでしょうね。

 

(2010、11、23)

2010年11月28日 11:54 | コメント (0)

新・読書日記 2010_222

『ボローニャ紀行』(井上ひさし、文春文庫:2008、3に単行本、2010、3、10文庫本第1刷)

井上ひさしがこんなにイタリアに、ボローニャに入れ込んでいるとは知らなかった。奥さん(料理研究家で、故・米原万里の妹さん)の影響もあるのだろう。

文庫本の紙の質が、懐かしい文春文庫。つまりザラ紙のようで、中学の時に手にした井上ひさしの『ブンとフン』を思い出した。

「一口に『イタリア』『イタリア人』と言っても、街によって様々なんだな」と、ボローニャについて書かれたこの本を読んで感じました。当たり前といえば当たり前なんですが。

また、

「ファシストというのは、このように独特な言い回しをむやみやたらに開発するくせがありますね。生活圏、生存圏、共栄圏、尊き犠牲、血と土、仮想敵国、ならず者国家・・・・・・そしてこの枢軸、みんなそう。古い言葉を持ち出してきて新装開店させる、なんでもない言葉を二つ三つと結合して珍奇な新造語をやたらと製造する、それがくせです。(中略)ファシストは言葉のペテン師。『枢軸』は彼らペテン師の代表作でした・・・・・。」

そうだったのか。でも確かに、ジョージ・オーウェルの『1984』でも、「イングソック」という新しい言葉があったし、「言葉」から実体の人間を絡め取って行くのは、「ファシズム的手法」なのかもしれません。いやあ、勉強になりました。


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(2010、11、13読了)

2010年11月27日 18:50 | コメント (0)

新・ことば事情

4220「人食い人種」

*今年(2010年)7月12日に書きかけて、ほったらかしでした・・・。

 

『かんさい情報ネットten!』のTプロデューサーが、

「お忙しいところ、すみません」

と近づいてきて、

「一つ質問が」

と。

「なになに?」

と聞いてみると、

「『人くい人種』の『くう』という漢字は『食』でしょうか、それとも『喰』でしょうか?」

おーっと、これは漢字の問題以前に、

「『人くい人種』はダメでしょ」

という話になりました。

イマドキ言わねえよなあ「人食い人種」。久々に耳にしました。

久々に・・・というか、『冒険ダン吉』か『のらくろ』の世界でしょう。20世紀も前半までですよね、これって。あーびっくりした。

一応、漢字の問題は、「喰」は表外字だから「食」ですが・・・うーん、どんなコーナーなんだろうか?とっても気になりました・・・。

(2010、11、22)

2010年11月27日 10:17 | コメント (0)

新・ことば事情

4219「徐行」

11月16日の日本経済新聞に、

「JR西 徐行区間、時速100キロ~姫路で55キロ超過 寝台特急 確認怠る」

という見出しがありました。記事を読むと、

「線路工事に伴い制限速度が45キロに設定された徐行区間(約295メートル)を、上り寝台特急『サンライズ瀬戸・出雲』が時速100キロで走行した」

とのこと。危ないですね。私が注目したのは、この、

「徐行」

「設定速度」です。ここでは、

45キロ」

というのが「徐行」なんですよね。日本新聞協会の新聞用語懇談会放送分科会編『放送で気になる言葉・改定新版』60ページには、こんな項目があります。

120キロの徐行」

内容を読んでみると、

「JRで『ひかりが120キロの徐行運転』と発表した。これも内部用語だ。『120キロまでスピードを落として』でよい。」

とあります。たしかに、120キロ」は「徐行」とは言えません。

「普段は300キロ出しているから、それとくらべると『徐行』」

という論理は「内部」のもの一般的とは言えない、ということを書いてあるのです。それとくらべると、

45キロの徐行区間」

は、まだ納得できますが、普通「45キロ」といえば、車でいうと普通の道路の制限速度よりちょっとゆっくりなぐらいで、「徐行」とは言えない。そもそも「徐行」を辞書で引くと、

「(車両などが)ゆっくりと進むこと」(『広辞苑』)

「鉄道車両・自動車などが、速度を落としてゆっくりと進むこと。」(『明鏡国語辞典』)

「ゆっくりと親交すること。多く、鉄道車両や自動車などが、ただちに停車できるような速度で進むことをいう。」(『精選版日本国語大辞典』)

とあります。最後のところ、

「多く、鉄道車両や自動車などが、ただちに停車できるような速度で進むことをいう。」

に注目。「ただちに停車できる速度」というのは、免許を取りに行った時に教習所の先生が言っていた言葉と同じです。それで言うと、45キロはどうなのかなあ」とちょっと思いました。

「徐行」の概念が、自動車と電車では、ちょっと違うのかもしれませんね。

 

(2010、11、22)

2010年11月26日 18:15 | コメント (1)

新・ことば事情

4218「TPPの日本語訳」

このところメディアに頻出している

TPP

ですが、「日本語での言い換え」はどのようにされていますか?

(1)  環太平洋経済連携協定

(2)  環太平洋経済パートナーシップ協定

(3)  環太平洋戦略的経済連携協定

(4)  その他(具体的に・・・)

というメールを用語懇談会参加の各社に送りました。

テレビを見ていると、11月5日の夜のNHKの番組では、

「環太平洋パートナーシップ協定」

と言っていました。また菅総理は、101日の所信表明演説で、

「環太平洋パートナーシップ協定」

と言っていました。ただNHKは「EPA」は「経済連携協定」と言っていたのですが、どちらも「P」は「パートナーシップ」の頭文字だと思うのですが、そろえなくていいんですかね?

メールの返事が各社から来ました。それらを総合しますと、テレビ局は3通りに分かれているようです。

(1)  「環太平洋経済連携協定」    =日本テレビ、テレビ大阪

(4)*「環太平洋パートナーシップ協定」=TBS、毎日放送、NHK

*「環太平洋経済協定」      =テレビ朝日、朝日放送、フジテレビ

 

一方、新聞社は、現在4通りあるようです。

(1)「環太平洋経済連携協定」=読売新聞、日経新聞

(3)「環太平洋戦略的経済連携協定」=産経新聞

(4)*「環太平洋パートナーシップ協定」=朝日新聞、毎日新聞、

*「環太平洋連携協定」=共同通信、時事通信、中国新聞、神戸新聞、山陽新聞、京都新聞、報知新聞

 

各社個別のお返事は以下の通りです。

<日本テレビ>

(1)      環太平洋経済連携協定を使っています。

 

<NHK>

NHKでは「環太平洋パートナーシップ協定」とし、「経済」は入れていません。

 

<MBS>(TBSに準拠)

TPP=環太平洋パートナーシップ協定

 

<テレビ朝日>

初出の場合、原稿上は「TPP=環太平洋経済協定」 

もしくは「TPP=環太平洋パートナーシップ協定」

英語では「Trans-Pacific Partnership

もしくは「Trans-Pacific Strategic Economic Partnership」ですが、

直訳すると意味も分からなくなり、漢字ばかりになるためです。

極力、文字数を減らして視聴者から敬遠されないようわかりやすく努めた結果です。

実際の放送では「環太平洋経済協定」しか使っていません。

 

<朝日放送>

弊社の回答は(4)です。「環太平洋経済協定」で統一しています。

テレ朝/ANNの表記基準に沿ったものです。弊社報道のネタ元には、ほかに朝日と時事がありますが、朝日は「環太平洋パートナーシップ協定」時事は「環太平洋戦略的経済連携協定」と送稿してきます。原義的には時事が正しく、英語を直訳していますね。それでも、ラジオ・テレビとも「環太平洋経済協定」で放送します。

 

<フジテレビ>

TPPはフジテレビの報道では連携も省略して「環太平洋経済協定」でもいいということになっています。理由「長すぎるから」だそうです。

 

<テレビ大阪>(テレビ東京系列)

(1)で統一。

 

一方、新聞各社は・・・・

 

<読売新聞>

以前は、「環太平洋戦略的経済連携協定」でやっていましたが、現在は、「環太平洋経済連携協定」としています。表記が簡潔、原語の意味に即している、が理由です。

 

<朝日新聞>

朝日は「環太平洋パートナーシップ協定」でほぼ直訳ですね。「経済」とか入れない理由については聞いていません。とりあえず現状だけ。

 

<産経新聞>

記事の初出に「環太平洋戦略的経済連携協定(TPP=トランス・パシフィック・パートナーシップ)」として、その後は「TPP」単独で使用という「用語統一」をしています(1022日~)。少々長い説明ですが、まだ、この言葉自身、まだ、湯気ほかほかの状態で、日本語訳だけでもぴんと来ないと思われます。各出稿部協議の上、用語統一をしたもようです。

 

<毎日新聞>

弊紙は「環太平洋パートナーシップ協定」でやっております。理由は(ちゃんとしたものではありませんが)「カタカナそのまんまでも、わかりにくくはないだろう」ということです。

 

<中国新聞社>

初出で「環太平洋連携協定(TPP)」、次出から単に「TPP」と表記している。共同通信社の表記に合わせている。1030付朝刊まで「環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)」としていたが、替えた。政府が「環太平洋連携協定(TPP)」と表記しているから、とのこと。

 

<神戸新聞>

本紙は共同通信に準拠しています。ちなみに共同は「環太平洋連携協定」です。

 

<山陽新聞>

当社では共同通信社の表記に準拠し、

「環太平洋連携協定(TPP)」

としています。最近は自社原稿でもしばしば使われていますが、同じ表記です。また、当地域のケーブルテレビやFM放送などへ提供している放送用原稿でも、同様に、「環太平洋連携協定=TPP」として送信しています。

 

<京都新聞>

「環太平洋連携協定」と日本語表記しています。共同通信の配信を、そのまま使用しています。共同は最近まで「環太平洋戦略的経済連携協定」でしたが、「戦略的」と「経済」を除きました。文字数削減のためと思われます。

 

そして報知新聞の方が、新聞・通信など全体をまとめてくださいました。

 

<報知新聞大阪本社>

主なマスコミ各社のTPPの訳し方ですが、下記のようになっています。

1 環太平洋戦略的経済連携協定=産経新聞、時事通信。

2 環太平洋経済連携協定=読売新聞、日経新聞。

3 環太平洋連携協定=共同通信。

4 環太平洋パートナーシップ協定=朝日新聞、毎日新聞、NHK。

 上から順にくだけた感じの言葉使いになっていきます。

Trans-Pacific Strategic Economic Partnershipの略語なので、1が正確な日本語訳だと思います。2を使っている社は、戦略的という言葉がなくても意味的には問題ないという判断を しているのではないでしょうか。意味が通じるなら、なるべく簡単な言葉を使いたいという考え方です。3には経済という言葉がありませんが、これはTrans-Pacific Strategic Economic Partnershipの略語であるTrans-Pacific Partnershipを日本語に訳しているためです。4は、新聞社の場合は漢字ばかり続くのを避けるため、NHKの場合は視聴者の耳あたりを柔らかくするためでしょう。3と4には経済という言葉が含まれていません。

 ちなみに、わが社のようなスポーツ新聞や地方紙は、自社でTPP絡みの原稿を書くことはまずありません。通信社のニュースをそのまま流しているため、共同と契約している社は「環太平洋連携協定」と表記しているはずです。

 

(なお、時事通信は報知の方が調べてくださった後に、「環太平洋戦略的経済連携協定」から「戦略的」を抜いて「環太平洋経済連携協定」につい最近変更したと、1118日に開かれた新聞用語懇談会周期合同総会の席で、時事通信の方に伺いました。)

ということでした。揺れている表現と言えるでしょうね。

なお余談ですが、11月19日夜11時台のNHKの「Bizスポ」という番組で、鹿野道彦農水相にきくというコーナーで、鹿野農水相TPPを、

「てーぴーぴー」

FTA」を、

「えふてーえー」

と発音してらっしゃいました。かわいかったです。

 

 

(2010、11、19)

2010年11月26日 13:01 | コメント (0)

新・ことば事情

4217「ご一緒くださいますのは」

11月22日、NHK新潟放送局の小正裕佳子(こまさ・ゆかこ)アナウンサーが、お昼の生中継番組で、

「ご一緒くださいますのは、岩本勉さんです」

と、「ミヤネ屋」でもおなじみの元プロ野球選手・岩本勉さんを紹介しているのを耳にしましたが、違和感がありました。

「ご一緒してくださいますのは」

というふうに、

「して」

が入るべきではないでしょうか?おそらく、

「ご確認下さい」

のように「確認」という熟語の後にすぐ「ください」が付く形を同じと考えて、「一緒」の後に「ください」を付けたのではないでしょうか?しかし、これはおかしい。

なぜなら、「確認」という熟語は、熟語の中に「確かに認める」という「動詞の意味が入っている」のに対し、「一緒」は「状態」を示すだけで「動詞の意味は入っていない」からです。「して」を入れて初めて「動詞の意味」が出てくるのです。そこが「確認」とは違うのですが、もしかしたらこういった間違い、広がってきているのかもしれません。

と思ってGoogle検索したところ(11月22日)・・・、

「ご一緒くださいます」=6450件

「ご一緒下さいます」 = 742件

でした。やっぱり、ちょっと広がっているのではないかい?

 

(追記)

 

anaさんから書き込みを頂きました。

『「ご一緒下さいますのは」に違和感のあることは同意ですが、「ご一緒して下さいますのは」も違うと思います。「ご一緒する」がそもそも謙譲形だからです。謙譲語に「下さる」をつけても、敬意を払うべき相手の動作表現には使えない。「ご一緒して下さる」は、「お供して下さる」や「拝見して下さる」と同じくらいおかしいと感じます。

思うに、「ご一緒する」は尊敬形の存在しない特殊な動詞。しいていえば、「ご一緒させて下さる」でしょうか。いやそれも謙譲+謙譲で変ですね。「ご一緒させていただく」でしょうか。(主体が変わってしまいました)

「ご一緒なさる」という尊敬表現はアリでしょうかナシでしょうか。わからなくなりました。』

とのことです。

 

 

 

 

 

 

(2010、11、22)

2010年11月25日 18:01 | コメント (2)

新・ことば事情

4216「エスカレーターのスピード」

 

先週、出張で鳥取に行ってきました。新聞用語懇談会の秋季合同総会に出席するためです。

その行き帰りで気付いた「エスカレーター」に関する話です。

JR鳥取駅前の、大丸百貨店に通じる地下通路へ向かう「下りエスカレーター」は、ものすごくスピードがゆっくりでした。おそらく今までに私が見た事のあるエスカレーターの中でも1、2を争うぐらいの「ゆっくりさ」でした。しかしおそらくそれは、「利用者に高齢者が多い」ことを配慮した、

「高齢者対応エスカレーター」

ということでしょう。

「もっと早く移動したい人・できる人は、横の階段を降りればよい」

という考え方なのでしょうね。

「鳥取市という町の現状」の一端をのぞいた気がしました。

翌日、大阪に帰って来て、Sホテルの2階のトイレをお借りした帰りのこと。この日、Sホテルの2階では、H百貨店が何かのセールをやっていて、お得意様を招待していたんでしょうね、平日の昼間の時間ですが、女性を中心とした中高年が押すな押すなの大賑わいで、通路も通りにくいような大混雑でした。そんな中、「下りエスカレーター」に乗ろうとしたところ、私の前に杖をついたおばあさんが、エスカレートーのベルト階段に乗るのを、ものの56秒はためらっていて、なかなか乗れません。それとなく覗いていると、明らかにエスカレーターのスピードが速い!このおばあさんが乗るには、相当の思い切り、きっかけが必要だと思わせる速さでした。「上り」に比べ、「下り」のエスカレーターは、「恐怖」を伴うのではないでしょうか。

中高年が多数集まることが予想されるイベントなのだから、ホテル側は、エスカレーターのスピードを少しゆっくりにするなどの対応が出来なかったのでしょうか?私がこのホテルのホテルマンなら、そういう手配をするところですが。

さらに、そこから会社に戻るためJR大阪駅に。大阪駅は11月1日から「新しい連絡通路」が使えるようになっています。連絡通路には出口(改札)はまだないのですが、真新しい通路は何となく魅力的です。その連絡通路(橋)へのエスカレーターは、

「途中に平らな部分がある、ちょっと変わったエスカレーター」

です。平らな部分はそれほどスピードがないので、みんな歩いています。平らなところからまた階段になるタイミングが結構「おっ」と思います。このタイプのエスカレーターは、たしか札幌の新千歳空港で乗ったことがあるような気がしますが。

新しいJR大阪駅橋上改札は、来年20115月完成だそうです。

「エスカレーター3題」でした。あまり言葉とは関係ありませんでしたね。

(2010、11、22)

2010年11月25日 12:00 | コメント (0)

新・ことば事情

4215「何のおなか?」

午前11時過ぎ・・・「ミヤネ屋」スタッフのUさんが、みんなのお昼ごはんをコンビニでまとめて買ってきてくれます。みんなの希望を聞きに「注文取り」に来た時の頃。スタッフのIさんに、こう尋ねました。

「何のおなかですか?」

おお、「何のおなか」!この表現って・・・そう、

「平成ことば事情2676『コーヒーの口になってる』」

と似てますよね!

そのことをUさんにぶつけ、「○○の口」との違いについて尋ねると、

「おなかのふくれ具合で、ごはん系か?麺計か?春雨系なのか?どの系統か?という意味合いで使っています」

とのこと。味より先に「おなかのふくれ具合」=「おなかのすき具合」が優先されるわけですね。

それで納得した私は、会社の食堂に向かったのでした。

 

(2010、11、22)

2010年11月24日 17:59 | コメント (0)

新・読書日記 2010_221

『唱歌と国語~明治近代化の装置』(山東功、講談社選書メチエ:2008、2、10)

 

「唱歌」に興味があったので読んだ。著者は大阪大学出身。工藤真由美先生の教え子とか。1970年生まれということは今年40歳。もしかしたら、私が工藤先生のお隣(お向かいでしたっけ)の真田先生の研究室に通っていた10年前に、すれ違っていたかもしれませんね。

大変勉強になった一冊。いくつかメモを。

*「国語教育から生まれた唱歌。唱歌は徳目主義の実践として活用された。」

*「明治三○年代は国語の成立共に唱歌の変貌が顕在化した時期でもあった。」

*「徳目主義は結果的に、唱歌が装置化する誘因として機能したのである」

つまり、「装置としての唱歌」だったのか。

*「『蝶々』は『胡蝶』という歌詞で愛知師範学校付属幼稚園で歌われていた。」

*大和田建樹は『鉄道唱歌』の作詞者。写真を見ると鈴木ヒロミツに似ている。『新体詩抄』の影響があり、「七五調」ではなく「七六調」。『鉄道唱歌』以外にも、『尋常小学帝国唱歌』『富士唱歌』『戦争唱歌』『上田周遊唱歌』『愛知県唱歌』『十二月唱歌』『行進唱歌』『堺市水道唱歌』など54もの「唱歌」を作詞している!その一方で、「♪夕空晴れて秋風吹き...」で知られる『故郷の空』の作詞も!

*「唱歌」は「暗記」に使われた!

*『幼年唱歌』が刊行された1900(明治33)年は、「国語」が小学校教科として成立した年。日清・日露戦争のはざま(間)。

*南方で歌われていた『アイウエオの歌』。1945年公開の幻のアニメ『桃太郎 海の新兵』の中で歌われている。手塚治虫が『アイウエオの歌』にヒントを得て、『ジャングル大帝』で動物達に歌わせるシーンが取り込まれたそうだ。

*「童謡」は、「唱歌」に対する抵抗運動として生まれた。だから「童謡・唱歌」とひとくくりにするのは、本来おかしい。

などなど、大変勉強になりました。

 


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(2010、11、20読了)

2010年11月24日 12:49 | コメント (0)

新・ことば事情

4214「うたうたした」

 

5歳の娘が先日は、保育所からの帰りに話をしていたときのこと。前日、祖父母宅に泊めてもらったのでした。

「きのうは、おばあちゃんのところで夕ごはんを頂いたあと、すぐに寝てしまったんやろ?」

「ううん。ちがう!ごはんたべたあとはちょっと、"うたうた"しただけや!」

!?うたうた?・・・・ああ、「うとうと」ね。

「ふーん、"うたうた"したんか」

「うん。"うたうた"してただけやねん。」

ふーん、「うたうた」ねえ。「うたうた」が「うとうと」に変わるのは、いつでしょうねえ・・・

それにしても、子どもの言葉って、新鮮で面白いです。

 

(2010、11、22)

2010年11月24日 12:25 | コメント (0)

新・ことば事情

4213「オモグルシイ」

11月10日、日本テレビのニュース『every.を見ていたら、丸岡いずみキャスターが、「重苦しい雰囲気」

のことを、

「オモルシイ雰囲気」

と言っていました。これは、普通は濁らずに、

「オモルシイ雰囲気」

ですよね。でも濁る事もあるのかも。NHK放送文化研究所の塩田雄大さんが、以前(平成13年=2001年)に書かれた「カタグルシイかカタクルシイか」という論文の中に、「オモグルシイ」も出てきましたっけね?塩田さんに頼んで送ってもらったところ、ちょっとだけ出ていましたが、それは、濁らない例として(つまり「オモルシイ」)載っていました。

「カタルシイ」「カタルシイ」

全国調査(1434人回答)によると、「カタクルシイ」と「濁らない清音」の「全国平均」「49%」ですが、丸岡さんの出身地「徳島県」「57%」と「濁らない」人が多いようなのです。これは意外でした。

しかし、彼女の最初の赴任地「北海道」は「29%」と、全国平均よりかなり「濁らない人が少ない」=「濁る人が多い」というデータが出ていました。丸岡さんは、北海道の言葉のクセが、結構しみついているのかもしれませんね。

ちなみに関東は「64%」の人が「濁らない」。一方関西は「44%」ですから、全国平均よりは「濁る」人がちょっと多いという結果でした。

なお、地域別で一番「濁らない人が少ない」=「濁る」のは「北陸」地方の「28%」でした。

いろんな調査があるのですね。

(2010、11、22)

2010年11月23日 23:24 | コメント (0)

新・ことば事情

4212「コップコーン」

平成ことば事情3546「かばげ~子供の言葉」で、2年前の年末に当時4歳直前の娘がしゃべった言葉を書き留めています。

どういう言葉かというと、

「おきおち」(=お仕置き)

「コップコーン」(=ポップコーン)

「半袖ズボン、長袖ズボン」(=半ズボン、長ズボン)

「ここまで届ける」(=手を高いところに伸ばして。「ここまで届く」の意)

 

この4つの言葉、もう言わなくなっていると思っていたら、先日、この中の一つを使いました。それは、

「コップコーン」

です。

「へえー、コップコーンね、ポップコーンじゃなくて」

と兄が冷やかすと、

「ポップコーン!」

と言い直していましたが、まだきっちりとは区別が付いていないようです。

ちなみに「かばげ」というのは「くらげ」のことでしたが、もう言わないと思います。

「もうすぐ、ちゃんと喋るようになってしまうんだろうなあ・・・」

センチメンタルな気分になってから2、本当に、もうすぐ「コップコーン」からも卒業してしまうと思います・・・。

 

(2010、11、22)

2010年11月23日 18:23 | コメント (0)

新・ことば事情

4211「この指とまれ」

5歳の娘が、保育所でいつもやっている遊びを教えてくれました。遊びというか、遊ぶ時にみんなで集まる時の歌です。あの「この指とまれ」です。

 

「○○するもの、この指とまれ!はーやくしないと、指切るぞ!たーかーやーまー(高山)つーぶした、ローソク1本、消ーした。アッチッチ、フウ!あとから来ても、寄せないぞ!フウ!」

 

なんだそうです。長いなあ。こんなに長くなかったなあ、私が子どもの頃は、

「○○するものこの指、とまれ!」

までしかなかったなあ。それから40年ほどの間に伸びてきたのか?地域性か?分からないけれど。

体の動きとしては、「たーかーやーまー(高山)」で、「だんだん指が高くなる」んだそうです。指が高くなると、とまりにくくなる。つまり、指にとまるのが遅れると、仲間に入りにくくなる、希少性が高まるのですね・・・・。それって、

「TPP」に早く参加しないと主導権が取れなくなるような感じ」

と言ったら大人にはわかりやすいかもしれませんね。そう考えると「TPP加盟問題」が、子どもの遊びのように思えてきました・・・。

 

(2010、11、22)

2010年11月23日 10:42 | コメント (0)

新・ことば事情

4210「エティハド」

10月半ばに東京に行った際にJR東京駅の構内にたくさん張られていた広告ポスターに目を引かれました。そこには、

「アブダビから世界へ」

とありました。「アブダビ」「UAE(アラブ首長国連合)」の首都です。なぜアブダビ?と思ってみると、そのポスターは、

「エティハド航空(ETIHAD  AIRWAYS)」

のものでした。今年の夏休みにUAEに行った時に乗ったのは、

「エミレーツ航空」

でした。「エミレーツ」とは「首長」、「UAEのE」です。UAEには「エミレーツ航空」しかないものだとばかり思っていたら、もう一つ、「エティハド」なる航空会社があったのです。その「エティハド航空」が、12月から成田に参入するぞという広告ポスターだったのです。

「ドバイ・ショック」があったにもかかわらず、全然そんな感じはしなかったというのが今年の夏のドバイ訪問で感じたことでしたが、このエティハドの進出も、UAEという新興国の勢いを示すものではないでしょうか。

エティハド航空の世界進出に関しては、その数日後の日経新聞にも載っていました。

また、先日行われた2010F1グランプリ最終戦の開催場所が「アブダビ」でした。人工の島にF1のレース場を作ったといいます。F1の19戦で、唯一の「トワイライト・レース」、黄昏時からレースを開始して、ゴールする時には夜になっているというレースです。しかも会場は「人口島」ですから、観客は大きなクルーズ船や、おそらく個人所有のクルーズ船に乗って会場にやってくるのです。むっちゃリッチやあ・・・。

そのF1会場の「ゴールゲート」にも、

ETIHAD

の文字が!地元・アブダビとはいえ、うーん、このバブリーな勢い・・・スゴイです。

今後、「エティハド」には注目です。

(2010、11、16)

2010年11月22日 23:41 | コメント (0)

新・ことば事情

4209「アイフォーン」

 

2008711日に最後に書きかけて、そのままになっていましたが、きょう(20011117日)、必要があったので、続きを書いて完成させることにしました。

*********************************

インターホン会社の「アイホン」と、アップルコンピューターの「アイフォーン」(iPhoneが、「日本語表記」を巡ってもめているという記事が、2008年3月25日の読売ほか各紙に載っていました。

2008610日、欧米では約400ドルなのだが、日本では199ドルで発売というニュースが、載っていました。

そして2008711、ついに「アイフォーン」(iPhone)が発売されました(もうなんか歴史=現代史を振り返っている感じが・・・)。

その2008711日、朝日新聞「カタカナなし」の「英語縦書き」

iPhone

iPodタッチ」も全部英語。別の面では見出し英語、本文は英語の横にカタカナふりがなで、

「アイフォーン」

となっていました。

読売新聞は、英語で見出し。本文は横書きの英語のあとに、カタカナのカッコ書きで、

iPhone」(アイフォーン)

という表記だったと記してあります。

 

この「アイフォーン」のアクセントについて、

「『ア/イフォ\―ン』(中高)

 でしょうか?それとも、英語の読み方を踏襲して、

 『ア\イフォン』(頭高)

でしょうか?」

と、各社のアナウンサーなどに意見を聞いていたようです。もう忘れていましたが。

 

*NHK放送文化研究所の塩田雄大さん

私の理解では、「アイホン」と和解して「アイフォーン」となったのかと思っていま

した。

http://journal.mycom.co.jp/news/2008/03/24/022/

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0803/24/news102.html

これ以外に「アイフォン」もあったのですね。

班内でも話し合ってみましたが、結論は出ませんでした。

私であれば「ア/イフォ\―ン」と言うように思います(「ア/イマ\ック」「ア/イモ\ード」などからの類推)。「英語の読み方を踏襲」するとなると、「ア\イマック」「ア\イモード」となり、こちらのほうがバタ臭く(死語?)聞こえますね。同様に、「ア\イフォン」のほうが確かにかっこよくは聞こえます。

 

*福井放送・川島秀成アナウンサー

個人的には「ア\イフォーン(頭高)」になるかなとも思いますが、英語アクセントで発音すると「フォ」の後で下げるべきなのかなとも思います。辞書でphoneを引くと、「foun]の「o」にストレスがあるので、これに従うと、「アイフォウン」となるからです。そうすると日本語表記と同じ発音でいけるんですよね。英語を母国語としている人はこう発音しないのでしょうかね?商品名だから違うのかな?

 例えば、英語のアクセント通りに発音するようになってきた言葉もありますよね。「イメージ」とか。そこからするとむしろ「ア/イフォ\ーン」と言う方が英語のアクセントルールに近いのかもしれません。そういえばかつて、携帯メーカーで「J-PHONE」があったとき、「J」にアクセントを置いて言ってましたよね。うーん、そう考えると迷います。 話がそれましたが、今、後輩の女子アナと話していたら、彼女は「フォ」の後で下げる方がしっくりくるそうです。感覚もあるとは思いますが、私は「ア/イフォ\ーン」の「フォ」のあとで下げるのが妥当のような気がしてきました。

 

*福井放送・森本茂樹アナウンサー

きょうも社員食堂でスタッフと「i-hone」の話題になりましたが、みんな圧倒的に、

「ア/イフォ\―ン」

でした。個人的にも「ア\イフォン」は、やはり発音しにくいと思います。とはいえ、まだ 馴染みのうすい方も多く、どちらが主流になるかは・・・・???

 

と。あれから2年あまり。特にアクセントは気にしていませんが、あなたはどちら派?

 

そうそう、どういうきっかけでこの続きを2年ぶりに書き出したか?と言うと、「ミヤネ屋」で出てきた字幕スーパーで、

「アイフォン」

というのがあったのですが、「これは違うだろ?」と確認をした際に、

「たしかアイフォン、アイフォーン、アイホンの区別について、前に書いたな」

と思って調べたら、書きかけのままでほったらかしになっていたことに気付いたのでした。当時つけた番号「3283」。現在、「平成ことば事情」は「4200」を超えている。ということは、2年4か月で「900あまり」書いているということですね。2年4か月は830日あまりですから11つは書いていますね。

(2010、11、17)

2010年11月22日 20:41 | コメント (0)

新・ことば事情

4208「トロイカとペチカ」

最近の若い人は「トロイカ」と言う言葉を知らない、あのロシア民謡の『トロイカ』も聞いたことがない。その背景には学校で教えないこと以上に、その昔、社会の流行としてあったロシア民謡、歌声喫茶、労働歌の流れがなくなったことがあるのではないか、という話を、会社の同期のI君としていたところ、奈良に住む彼が、

 

「そうやなあ、『トロイカ』は聞かんかもね。でも、奈良ではまだ『ペチカ』のメロディーを鳴らしながら、灯油を売りに来るで」

 

え?なに、それ?「ペチカ」?「灯油」?

 

「うん。灯油の販売に来る車が『ペチカ』のあの物悲しい音楽ka

けて売りに来るねん。知らん?」

 

知りません、そんなの。「ロバのパン屋」さんぐらいです、知っているのは。

同じ近畿地方に住んでいても、いろいろ知らないことがあるんだなあ。「ケンミンSHOWQ」では、やったのかな、このネタは?

 

(2010、11、17)

2010年11月22日 11:59 | コメント (0)

新・ことば事情

4207「マネー・ロンダリング」

13日、大阪市の職員が、川で拾ったカバンやサイフからお金を抜き取っていたというニュースが報じられました。「ネコババ」ですよね、これ。その際に、お金をきれいに洗っていたと・・・。これこそ本来の意味での「マネー・ロンダリング」ではないかと・・・。

「マネー・ロンダリング」の日本語訳は、

「資金洗浄」

ここでは「マネー」を「資金」と訳していますが、

「ロンダリング」=「洗浄」

です。

ところで、以前、用語懇談会で、テレビ東京の委員の方から、こんなことを言われました。

「マネー・ロンダリングの『ロンダリング』と、コインランドリーの『ランドリー』って、語源というか、元の英語は同じですよね。でも『ロンダリー』と『ランドリー』とカタカナで別に書かれると、全くイメージが違いますよね。」

 

え!?そうだったの?ロンダリングはランドリーなの?

調べてみたらそのとおり、

coin laundry」(和製英語)

money laundering

同じでした。

うーん、耳で聞くか目で見るとかの違いもあるんでしょうけど、耳で聞くと、

「ロンダリー」「ロンダリング」

に近いと思われます(発音記号から)。でもスペルを見ると「ランドリー」になっちゃったんだろうな、そもそも「コインランドリー」は和製英語だし。

この「ランドリー」を元の「ロンダリー」に換えたら、

「コイン・ロンダリー」

お、「マネー」と「コイン」、同じですね、ちょっと「小銭」っぽくて、規模が小さくなった気がしますが。

大阪市の不祥事のニュースを見ながらそんなことを考えていました。

 

(2010、11、16)

2010年11月20日 18:37 | コメント (0)

新・ことば事情

4206「曝凉」

一つ前の「平成ことば事情4205 匹」で書いたように、正倉院展、見に行ってきました。「匹」のほかに収穫だった言葉(初めて目にした言葉)に、

「曝凉(ばくりょう)」

というのがありました。これは、

「虫干し」

のことだそうです。「曝」は「被曝」の「曝」ですね。爆弾の場合の「被爆」の「爆」ではなく、放射能などに「被曝」したときの「曝」です。「浴びる」という意味でしょうね。太陽の光を浴びる=虫干し、と。

一応辞書を引くと、(『精選版日本国語大辞典』)

「曝涼」=夏または秋の天気のよい乾燥した日を選んで、庫などに納められていた衣類や書物・諸道具などを日光に当てたり、風を通したりして、かびや虫の発生を防ぐこと。虫干し。

とありました。「にすい」ではなく「さんずい」の「涼」でしたが。

正倉院展で、初めて知った言葉でした。勉強になりました。

(2010、11、15)

2010年11月20日 12:36 | コメント (0)

新・ことば事情

4205「匹」

先日、奈良で開かれていた「第62回正倉院展」に行ってきました。

「大変長い時間並ぶ」と聞いていたので、閉館間際の時間を狙って行ったら、あまり並ばずに、10分ぐらいで入れました。

しかし、入ってから、一番の目玉である、

「紫檀螺鈿五弦琵琶(したんらでんごげんびわ)」

最前列で見るのには30分ほど並びました。グルグルと回って近づいていくので、並んでいる間も見られるのですが。これは、なかなかのものでした。1000何百年も前に作られたものとは思えず、昨日作ったばかりのような見事さ、綺麗さ。

それを見終わったら、もう「見ちゃった感」があり、あとは気楽に眺めていました。

その中に、

「遠江国 調 黄絁(あしぎぬ)」

という「布=反物」がありました。「調」・・・あ、そうか、

「古代の税金『租庸調(そ・よう・ちょう)』の『調』」か!

その現物ですね、これは。残っているんですねえ・・・。その説明書きに、こうありました。

「調、未使用の一匹」

おお、「反物を数える助数詞」としての、

「匹」

ですね!『数え方の辞典』などでは見かけたことがありましたが、実際に使用されているのは、おそらく初めて目にした助数詞です!『数え方の辞典』によると、

「反物2反で1匹」

だそうです。

正倉院の宝物の現物もすごいですが、こんな序数詞にお目にかかれるのもまた、貴重な体験だなぁと思いました。

私ぐらいですかね、そんなところに注目して「正倉院展」を見ていたのは。

 

(2010、11、15)

2010年11月19日 18:35 | コメント (0)

新・ことば事情

4204「アップロード」

 

尖閣映像が流出した事件で、海上保安官が渦中の映像を漫画喫茶から「アップロードした」と言っていることに関して、この、

「アップロード」

という言葉に注目が集まりました。

というのは、

「パソコンに詳しくない人にもイメージを持ってもらうためには、『アップロード』という言い方では分かりにくいのではないか?」

ということです。最初は「アップロード」としていたものを、

「アップロード(投稿)」

もしくはそのまま、

「投稿」

という表現に変えました。新聞も「アップロード」は使わず「投稿」としているようです。

もちろん、パソコンをする多数の人にとっては、「アップロード」で構わないのでしょうが、やはり「しない人も多数いる」現状から考えると、少しでも分かりやすい表現を模索する必要があるなと思いました。

先日開かれた関西地区新聞用語懇談会の席では、「わかりにくいカタカナ語」をテーマに、読者や視聴者から「意味がわからない」という意見が寄せられた「カタカナ語」について、その言い換えを決めているかどうかということに関して話し合われましたが、完璧なマニュアルはなくても、常に分かりやすい言い換えを心がけているという点では、各社一致していました。これからも、そういう気持ちで、言葉に接していこうと思います。

(2010、11、15)

2010年11月19日 12:31 | コメント (0)

新・ことば事情

4203「和栗のモンブラン」

最近、家の近くに出来たケーキ屋さんに初めて行きました。最近は「ケーキ屋さん」なんて言わないんですね、「スイーツショップ」。でもまあ、「ケーキ屋さん」です。

そこで見かけたおいしそうなケーキ、単なる「モンブラン」じゃないんです。その名も、

「和栗のモンブラン」

ここに出てきた「和栗」ですが、発音は濁って「ワグリ」ですね。

「国産の栗」

のことを言うのでしょう。これに対して輸入物の栗は、なんと言うのか?「和」の反対語で考えると、

「洋栗」

でしょうか?「洋梨」もあることだし。いやいや、輸入と言っても、たいていは「中国」からのものが多いでしょうから(勝手な推測ですが)、「洋」ではなく、「和洋中」の「中」を使って、

「中栗」

でしょうか?それとも、

「中華栗」「華栗」

でしょうか?どちらも聞いたことがないですが。

最初に「スイーツショップ」と言ったように、最近は「和菓子」のことも、

「和スイーツ」

なんていうようですから、「和栗」などという表現の出てきたんでしょうね。

Google検索しておきます。(日本語のページ、1115日)

「和栗」   =254000

「和スイーツ」=627000

「和菓子」 =10400000

「洋栗」  =    8480

「中栗」  =  64000

「中華栗」 =     265

「華栗」  =    1750

「輸入栗」 =     343

「中国栗」 =    9740

 

「和栗」、結構出てきました。「中栗」「華栗」「中華栗」はないようです(字のつながりで出てきたのはあるが)。「中国栗」という俗称は、存在するみたいですね。

この秋は「和栗」に注目です!

 

(2010、11、15)

2010年11月18日 18:31 | コメント (0)

新・ことば事情

4202「実体験」

「『実の体験』は『じつたいけん』ですかね?それとも『じったいけん』ですか?辞書に載ってないんですよ、この言葉・・・。」

と、報道のSデスクに聞かれました。

「じつたいけん」か?「じったいけん」か?

ウーンと考えていると、ふと思いました。

「そもそも『体験』は『実』に決まっているから、『実』を付けずに『体験』だけでよい。それにわざわざ『実』を付けるというのは『虚偽の体験』、『バーチャル体験』が増えたからではないか?」

たぶん、そうです。それで「実体験」が辞書に載っていない理由がわかります。最近出来た言葉なのです、きっと。

さて、発音に関して考えてみると、「母音の無声化」というのが進むと「促音」=小さい「っ」になりますが、言葉自体がまだ辞書に載っていないぐらい定着してないのですから「促音化」は「していない」と考えるべきでしょう。そうなると、

「『じつたいけん』(「つ」は「無声化」する)

ということではないか?と、S君には答えておきました。

 

(2010、11、15)

2010年11月18日 12:29 | コメント (1)

新・ことば事情

4201「ヨチョウ」

「NNNのヨチョウ、回ってるよな?」

と報道のデスクが聞いてきました。

 

ヨチョウ?予兆?何の予兆?

 

・・・2秒考えました。そこで気付いた。

 

 

あ、「世論調査」、略して「ヨチョウ」か!

 

何となく、気付きにくい略称、業界用語でした。

 

(2010、11、15)

2010年11月17日 12:28 | コメント (0)

新・ことば事情

4199「駐ロか?駐露か?」

 

111ロシアのメドベージジェフ大統領が北方領土を初めて訪問しました。これを「訪問」とするか「上陸」と表現するか、という問題もあったようですが。それはさておき、これに伴って、一時、河野駐ロシア大使を日本に戻すという措置を日本政府は取りました。「抗議のためではなく、事情を聞くため」

とのことですが、少しは「抗議の意味合い」もあったのかもしれません。

さて、この河野駐ロシア大使の「駐ロシア」を略した時の表記はどうなるか?各新聞は、

「駐露」=読売、産経、毎日

「駐ロ」=朝日、日経

でした。これは要するに「ロシア」を略すと「露」か?「ロ」か?という問題なので、「平成ことば事情3514「日露か?日ロか?」に書いたとおりです。

系列キー局・日本テレビの『日テレ放送用語ガイド』121ページに、

「『ロシア』の略称は『ロ』」

と記されていて、その下に、

「露は1917年の革命以前の帝政ロシアのみに使用する。(例)日露戦争」

と書かれているので、系列の読売テレビでも、

「駐ロ」

としていたのですが、1110になって、事情が変わりました。日テレ外報部から、

×「日ロ」→○「日露」

という連絡が回ってきたのです。そのあたりの事情について詳しく聞いてみたところ、

「昨日(119日)、かって用語統一した『口』を『露』に変更しました。

 新:ロシアの略称は「露」(旧: 「ロ」)

~ロシアの略称は、これまで「ロ」を用い、「日ロ首脳会談」などと表記してきましたが、今後は「露」を使い、「日露首脳会談」などと統一使用します。

<理由>

①旧ソ連崩壊後、新生ロシアと帝政ロシアを区別するため、多くのメディアが「ロ」を用いた。

②新生ロシア発足から18年経ち、「日露」を使用しても、帝政ロシアを想起する視聴者が減った。

③主要国でカタカタを略称にしている国はなく、新聞・通信なども「露」を使用している(読売新聞等)。

(使用例)

日露首脳会談、日露間の貿易統計(スーパーなど)、中露関係、河野駐露大使など。

ただし、「日本・ロシア当局者による協議」、「駐ロシア大使」などのように「ロシア」を略さない表記を禁じるものではありません。

ということですので、1110日からは、

「駐露」「日露」

という表現を使っています。

 

(2010、11、15)

2010年11月16日 12:48 | コメント (1)

新・ことば事情

4198「『経つ』はなぜ常用訓にないか?」

 

「ミヤネ屋」で字幕スーパーのチェックをしていて、いつも「あれ?」と思うのは、

「時間が経つ」

「経(た)つ」が、常用漢字表の訓読みに「ない」ことです。これは、普通は、

「たつ」

と読めますよね。そして、

「時間(とき)の経過の際に使う」

ということも共通認識としてあるんじゃないか、つまり

「みんな、読めるんじゃないか?」

と思うわけですが、「常用訓」には入っていないので、仕方なく平仮名で、

「時間がたつ」

としているのです。若いスタッフからも、

「読めると思うんですけどねえ・・・」

という声が出てきます。なぜ「常用訓」に入っていないんだろうか?と考えていたところ、ハタと思いつきました。

「経つ」は、(先ほども書いたように)「時間が経つ」、「年月(ねんげつ)が経つ」。つまり「漢語(=時間)」に付くので、新しい。

一方、「和語」「とき」や「としつき」の後に来る動詞は「経(へ)る」。

常用漢字表の「訓読み」に、同じ意味での「ふた通りの読み方」を防ぐ意味もあったのではないか?

ということなのですが、いかがでしょうか?

違うかもしれませんが、それならなぜ「た(つ)」という訓読みを「経」に認めなかったのでしょうね?

どなたかご存じの方、ご教示下さい。

 

(追記)

「ご教示ください」

と呼びかけたところ、早速アメリカ在住のI先輩からメールが届きました。

「経ると経つの違いについて、愚考します。

(1)漢語をとるか和語をとるかは関係ないのではないか。

  例:「年月を経て」も「時が経つ」もあると思う。

(2)違いは、「時が経つ」にたいして「時を経る」と、「が」をとるか、「を」をとるかの違いではないか。つまり、「経つ」は時間的単語を主語にとるが、「経る」は時間的単語を主語ではなく目的語(?)にとることではないか。

とのことです。

ありがとうございます。ご指摘は(1)(2)とも、もっともですが、ポイントは、

「なぜ『経(た)つ』という読みを常用訓に取らなかったか?」

「理由のコジツケ」なので・・・。当然(1)の「時が経つ」もありますね。

やはり「コジツケ」だけに「無理があった」ということかもしれません・・・。

 

 

 

(2010、11、15)

2010年11月15日 20:02 | コメント (0)

新・ことば事情

4197「『八千代に』の『ヤ』」

先日読んでいた本に(タイトル、忘れた!)「君が代」の中の、

「千代に八千代に(チヨニ ヤチヨ)」

「八千代」の「ヤ」の音は取りにくく、歌うのは難しいと書かれていました。音階で言うと、

「ミソラソ→レ」

となる「レ」の音

「ソ→ド」の「4度」は比較的取りやすいのですが1つ上がって「ソ→レ」の「5度」は取りにくい感じがします。

確かにサッカーの国際試合前の「国歌独唱」で、いろんな歌い手さんが「君が代」をアカペラで歌いますがこの「レ」の音、きっちり上がりきっていないことが多いな、と私も感じていたところでした。「きっちり上がりきらない」事を、

「(音が)ぶら下がっている」

というのですが、その「ぶらさがり感」があるのです。特に男性の歌手に多いです。

ところが、先日のサッカー親善試合「日本対アルゼンチン戦」「君が代」を歌った、

「平原綾香さん」

は、きっちりとこの音を出していました。ぶらさがることなく。「さすがだなあ」と思いました。あの音をスッと出すには、声の(おなかの)ポジションを変ええないといけないのですが、なかなかそれを意識している人が少なく、ずり上げるようにして声を振り絞って歌うケースが多いのですが、平原さんは違いました。

以上です。

(2010、11、12)

2010年11月15日 10:40 | コメント (0)

新・ことば事情

4196「スヌード」

1028日の毎日新聞に載っていた見出しに、

「『スヌード』使いこなすには」

とありました。

「スヌード」

は、初めて見た言葉です。記事によると、

「リング状のストール」

のことをいうのだそうです。ふーん。

じゃあ、あの「ネジネジ・ストール」「スヌード」というのかな?

Google検索では(1112日)

「スヌード」=507000

でした。結構出てきました。

でも、「すぬーど」でワープロ(パソコンの)で変換したら、

「巣ヌード」

になってしまいました・・・。

(2010、11、12)

2010年11月14日 19:30 | コメント (1)

新・読書日記 2010_220

『創られた「日本の心」神話~「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史』(輪島裕介、光文社新書:2010、10、20)

著者は1974年生まれの若い人。国立音大、明治大学などの非常勤講師。350ページに及ぶ労作。

私はなぜかこのところ「歌」に関する本((『歌う国民~唱歌、校歌、歌声』)を読んでいます。そういう興味深い本が次々(?)出ているということもありますが。

この本は、ズバリ「演歌」について研究した本。

いままでわれわれが持ってきた「演歌」のイメージはどう作られたのか、いつからそうなったのか、実は途中で変わってきた多「演歌」のイメージ・歴史、そして歌を区分する方法の変化、社会の情勢の変化などを非常に詳しく読み解いていく一冊。眼からウロコが落ちること、請け合いです!


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(2010、10、31読了)

2010年11月14日 12:08 | コメント (0)

新・読書日記 2010_219

『神の雫26』(作・亜樹直、画・オキモト・シュウ、講談社モーニングKC:2010、11、5)

今年の読書日記158で書いた『神の雫25』(作・亜樹直、画・オキモト・シュウ、講談社モーニングKC2010831)の続き。ワインの漫画です。3か月に1回だと、前の内容を忘れちゃうなあ。

今回の「十二使徒」(主人公とライバル=異母兄が、父が残した文章から推測して、そのワインを当てる十二番勝負をしている。その八番勝負)は、「スパークリングワイン」。スパークリングはあんまり飲んだことがないので、よく分かりませんが、なんだか、おいしそうです。そういえば、もうすぐ、ボージョレ・ヌーボーの解禁ですねえ・・・。

 


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(2010、11、5読了)

2010年11月13日 18:10 | コメント (0)

新・読書日記 2010_218

『こちら救命センター~病棟こぼれ話』(浜辺祐一、集英社文庫:1992、8、25第1刷・2010、6、6第37刷)

会話文が多く、テンポが良い。著者は兵庫県出身らしい。でも文体には関西弁はほとんど出てこず、逆に江戸っ子みたいな感じの口調が。あえて、それを使っているのだろう。

病院落語だと思って読むと、軽口も気にならないし、勉強になり考えさせられる。

初版が1992年だから時代を感じるが、医者の本質は変わっていないだろう。初版から18年で37刷、文句なしのロングセラーだ。しかしこの本、私は知らなかった。集英社文庫の夏のキャンペーン、「2010夏イチ」という帯につられて買いました。

 

「相手を許せる余裕を忘れたくないそれを見守れる距離を保ちたい。看護というのは、人を押さえつけることではないし、相手を自分の思い通りにかえてしまうことでもない。にもかかわらず、われわれはついつい人を変えようとする、相手を自分の思うとおりに変えしまおうとする。しかし、残念ながら、人は変えられない。」

という文章が印象に残った。

 


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(2010、11、10読了)

2010年11月12日 18:09 | コメント (0)

新・読書日記 2010_217

『国家の命運』(薮中三十二、新潮新書:2010、10、20)

帯には「外交の修羅場で考えた危機と希望」。

薮中さんと言うと、アジア太洋州局長時代の北朝鮮との6か国協議のイメージが強いが、その後、外務事務次官を務めて、今年退官(?)されていた。

もともと大阪出身。そういう(大阪の)イメージはなかったなあ。大阪大学在学中に外務省の試験に受かって、中退して外交官になったそうだ。

大変勉強になった一冊。

「第四章 外交交渉の要諦」は基本的なことだが、「第五章 北朝鮮はなぜ手ごわいか」は、実際に北朝鮮と交渉に当たった張本人だから書けることだと感じる。また、「第六章 海洋国家の矜持」は、今まさに日本国民の関心の中心になっている尖閣問題、北方領土問題などに、どう立ち向かうべきか、現場での外交官の話だから、大変興味深い。さらに、この文字を見ない日はないというぐらいに毎日出てくる「TTP」に関しては、「ベトナムの戦略を見習え」とアドバイスしている。そのベトナムから先日、原発の開発を受注し、レアアースの開発でも合意した。こういった外交政策は、実は着々と進んでいる面もあるのだなと注目している。

 


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(2010、11、3読了)

2010年11月12日 12:58 | コメント (0)

新・読書日記 2010_216

『正しい保健体育』(みうらじゅん、理論社:2004、12、20第1刷・2006、3、15第7刷)

こ、これは・・・たしか和歌山の本屋さんの『児童書』のコーナーで見かけて数年前に購入したもの。「教科書」風の装丁はなされているが・・・中学生などにはとても読ませることのできない「大人の教科書」。中高生を想定していると見せかけて、大人が読む本だと思います。ま、大人でも、ちゃんとした大人は読まないだろうから、もっと若い、大学生ぐらい・・・高校2年生ぐらいはいいかな。そのぐらいだったら読んでもいいです。ただし、男女どちらかと言うと、これもやはり男子を想定していると思われる。かなり読者のターゲットは狭いと思うのだけど、出てから2年で7刷も出ているということは、私が感じている以外の人たちが読んでいるということか。

全然、本の内容に触れてないな・・・松崎しげるの、同じ顔写真が何度も何度も出てくるのが面白かったです。『VOW』風です。

 


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(2010、11、4読了)

2010年11月11日 20:36 | コメント (0)

新・ことば事情

4195「裏っ側」

漫画週刊誌『ビッグコミック・スピリッツ』(第49号・小学館)に連載されている、『高校球児ザワさん』(三島衛里子)を読んでいたら、こんなセリフが出てきました。

「オイ守口ィ、とりあえずラブホ入る時はエナメルバッグ名前裏っ側にしてけよ~ 」。

この中の、

「裏っ側」

が機になりました。これは読み方は、

「ウラッカワ」

ですよね。でも「側」の読み方は、

「ガワ」

という濁った読み方だと思います。

そうするとこれは、そもそも「連濁」は音のつながりの密度により成立するので、促音「っ」が、その音のつながりを断ち切ることによって、「濁点」が「清音」に変わったのではないか?と思って辞書を見ると・・・あれ?おかしいな、「側」の読み方が、

「カワ」

「清音」になっている。ということは、「側」を「ガワ」と読むことは単なる「連濁」で、もともとは「カワ」だったのか・・・。知らなかった。これは私が「関西人」だからですかね?

でも「側」を「カワ」と読んだことはないけどなあ・・・・いつも「ガワ」です。

なんでだろ???

 

(追記)

NHK放送文化研究所の塩田雄大さんから、すぐにメールを頂きました。関東出身の塩田さんからのメールの内容は、

「私にとっては『こっちっかわ』『むこっかわ』というのが根っこのところにある言い方で、『こっちがわ』『むこうがわ』というのは、小学生ごろにあとから覚えたことば。そのため、『側』を『かわ』と清音で読むことに、これまでなんら疑いを抱きませんでした。」

とのこと。これに対しては、

「やはりそうでしたか。地域差、あるんですね。私としては『ガワ』と濁るとばかり思っていたので、常用漢字表、辞書を見て驚いた次第で、短い文章ですが、すぐに載せました。『側』は『~側』でしか使いませんからね。『一塁側』『三塁側』『こちら側』『あちら側』『縁側』『窓側』『通路側』『日本側の対応』『中国側の立場』『片側通行』『両側』、すべて『ガワ』です。『側』の複合語で『カワ』という言葉は、思いつきません。」

と返事しました。そうこうしていると、今度は同じくNHKで、新聞用語懇談会でご一緒している原田邦博さんからメールが。

「まもなく告示されると思われる改定常用漢字表では、『側』(ソク、かわ)が、『側』(ソク、がわ)に変更になります。」

おお、そうなんだ!「がわ」が追加されるのではなく、

「かわ」⇔「がわ」

立場が入れ代わるのですね!同じような内容のご意見は、「平成ことば事情」読者の「かくた」さんからも、

「なかなかタイムリーな話題ですね。今月末に告示される予定の改定常用漢字表では、『側』の訓が『かわ』から『がわ』に変更されます。」

と書き込みを頂きました。ありがとうございます。「改定常用漢字表」、読んだけど見逃していたのかもしれません。(忘れているだけかも)

世の中の読み方の流れは、

「こちらガワ」

に来ているようです。

 

 

 

 

(2010、11、10)

2010年11月10日 22:38 | コメント (1)

新・読書日記 2010_215

『日本語開化物語』(惣郷正明、朝日選書:1988、8、20 )

雑誌『言語生活』に連載されていたエッセイ「ことばの散歩」をまとめたもの。『言語生活』が休刊となった19883月の3か月後、19888月に出ている。新刊で買って、22年間寝かせてあったのだね。途中まで読んでほったらかしにしてあった。

著者は大正元年生まれ。朝日新聞記者を経て、当時、国立国語研究所調査員。

毎回の連載には、あまりつながりはないので、まとめて読むのは少し読みづらい。それぞれを別物だと思って読むといいかもしれまい。

「所」の読み方の「ショかジョか」について、この時点で、もう調べて書いてある。参考にさせてもらおうと思います。


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(2010、11、6読了)

2010年11月 8日 22:17 | コメント (0)

新・読書日記 2010_214

『リスクに背を向ける日本人』(山岸俊男+メアリー・C・ブリントン、講談社現代新書:2010、10、20)

 

北海道大学大学院教授の山岸氏と、ハーバード大学院社会学部長のメアリー・部リントンさんの対談集。論文になるとどうしても堅くなってしまうので対談形式でわかりやすく、ということのようです。二人はアメリカの大学に山岸氏が留学していた時の同級生。

「日本人はリスクに背を向ける」というが、確かにそういう傾向はあるだろう。ただそれは本書でも書かれているとおり、日本の社会の仕組みが、「失敗」に対するセーティーネットを用意していないからで、必然的に「大きなリスクを取りたくない」方向に進むのではないか。最初から「失敗しない方向」に向いてしまう。

例えば「健康保険」は「万が一、病気になったときのために」整備された制度である。「私は病気になんてならない」という自信があれば、そんな費用はかけなくてもよいし、制度も必要ない。「予防」として「万が一のために備えている」のが、日本の保険制度で、アメリカにはこれまでこういった制度がなかったのは、「病気になんてならない」もしくは「なったら、なったときに考える」という極めて「楽観的」な思考回路によるものではないか。多くの日本人は、そこまで楽観的には、なかなかなれない気がする。

「リスクに背を向ける日本人」というタイトルは、「日本人のそういった性格を批判」しているように思えるが、はたして、批判されるようなものなのだろうか?

また、読んでいて、「ほお」と思ったのは、

「アメリカには、『結婚しない』とか『引きこもり』はない」

「古い家族制度の残るアジアの国々で出生率が低い」

というあたり。「個人主義」で、大人の年齢になったら(親の)家を出るのが当たり前であれば、確かに「引きこもり」にはなれない。引きこもっていても生きていける食事やその他の世話をやってくれる誰か(=親)が一緒に住んでいないと、引きこもれないからだ。

また、「倫理」は「武士道、騎士道、社会的ヒエラルキーを支える統治者の論理」であり、一般人は「商人の道、プロテスタンティズム、石田梅岩の心学、WinWinの関係」とも書かれていた。日本では「倫理」に走るが、「商人の道」も必要という山岸氏の話には、一瞬「そうか!」と思ったが、よく考えると、「商人の道」に走りすぎたのが「バブル崩壊」であり「リーマンショック」なのだから、結局は「バランス」なのではないか。

 


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(2010、11、6読了)

2010年11月 8日 19:35 | コメント (0)

新・読書日記 2010_213

『ことばと思考』(今井むつみ、岩波新書:2010、10、20 )

哲学の書。言語は世界を切り分ける、という第一章に出てくる、色の区別に関しては、鈴木孝夫の『日本語と外国語』(岩波新書)を読んだときに気付いたことと同じ。それをベースにしていると思われる(その本のことも出てくるし)。私と同じだ。「分類」とは「言葉」の問題であると。つまり「認識」の問題。ということは「哲学」ですね。

この本で初めて知ったのは、ドイツ語など「名詞に性別がある言語」と、日本語や中国語の様に「助数詞のバリエーションが多い言語」の対比。これについては「そうなのか!」と「目からうろこ」でした。著者は慶応の教授だが、1989年に大学院単位取得退学とあるからほぼ同世代か、ちょっと下の年代だろう。

内容は興味深いのだが、文章が論文調で読みにくい。一般書的でない。たとえば、

「今あなたの三毛ネコ『ミケ』があなたのひざにのっていたら、庭に見える、家のネコと見分けがつかないほどそっくりなネコが、家のミケではありえないと考える。」

というのは、いかにも悪文。

「もし今、あなたのひざに飼い猫のミケがのっていたら、庭にミケそっくりのネコがいても、それはミケではないと考える」

の方がずっとわかりやすいです。


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(2010、11、7読了)

2010年11月 8日 11:41 | コメント (0)

新・読書日記 2010_212

『へんな言葉の通になる~豊かな日本語、オノマトペの世界』(得猪外明、祥伝社新書:2007、9、5)

読み終えたつもりだったのに、実は半分ぐらいまで読んで、そのままになっているのを見つけて、続きを読み終えた。こんな本がいっぱいあります・・・。

この本はタイトルからも分かるように、主にオノマトペについての本。だが、途中で「日本語はどこから来たか」に1章割いていて、それも勉強になる。外国のオノマトペにも手を広げ、多角的にオノマトペについて考えることができる一冊。オノマトペは、決してへんな言葉ではないと思います。

 


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(2010、10、29読了)

2010年11月 7日 12:43 | コメント (0)

新・読書日記 2010_210

『もぎりよ今夜も有難う』(片桐はいり、キネマ旬報社、2010、8、12)

 

片桐はいりさんと言うと、「ミスタードーナツ」のCMのイメージが深く刻まれているが、それ以上のイメージがなかった。しかし今回この本を読んで、その文才に、そして「映画」と「映画館」をこよなく愛す心根に惚れてしまった・・・と言うと、言い過ぎであろうか。いやいや、これは素晴しい一冊。

「キネ旬」で連載されていたそうだが、エッセイの1篇1篇がギュッと濃縮されている感じがするのは、そのせいか。俳優(女優)という職業柄培われた人間観察の眼で「取材」したものを、分析して熟成させて文章として紡いでいる気がする。

それにしても、片桐さんが女優になる前に、映画館で「もぎり」をしていたとは知らなかった(有名な話みたいですが)。そして、「女優」をして「顔がさす」現在も、時々「もぎり」をやらせてもらっていると・・・変わってるなあ・・・それだけ「映画館」と「映画」が好きなのだろう。

先日、たまたま「くべる」という言葉に関して、

「『ストーブに石炭をくべる』か『風呂に薪をくべる』ぐらいしか使わないから、『石炭ストーブ』や『薪で焚くお風呂』がなくなってきたら、『くべる』という言葉(動詞)も死語になるのかな」

と考えていたのだが、その「くべる」が、この本の中の「巴里の空の下ケムリは流れる」というエッセイで使われていた。

 

『学校時代ストーブにコークスをくべた記憶があるのは、何歳から何歳くらいまでの世代だろうか。』

『日直がバケツでコークスを取りに行き、休み時間に少しずつくべてゆく。』

 

片桐さん、私より年上だと勝手に思っていた(もたいまさこさんと勘違いしていたかも・・)が、実は1963年生まれ、2歳年下・・・というか、同世代であった(学年は1つ下)。


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(2010、10、30読了)

2010年11月 6日 12:18 | コメント (0)

新・ことば事情

4194「カイテンと同時に」

1021日、羽田空港新国際線ターミナルがオープンしました。お昼のニュースでその様子を中継していました。その際に記者の男性が、

「うどん店や回転ずしなど、カイテンと同時に」

と話していました。

え?「回転寿司」の「回転」と同時に?ベルトコンベアーの?「うどん」も回転するのか?

と、一瞬思ってから、

「ああ、『開店』と同時に、か」

と納得。しかし、次の瞬間

「同音異義語が、ややこしいやないか!」

と画面に向かって突っ込んでいました。

ほんと、日本語って難しいですね。でも中継の時には、言葉を選びましょう。

(2010、11、4)

2010年11月 5日 18:16 | コメント (1)

新・ことば事情

4193「マグロになります」

「ミヤネ屋」のコーナーの一つに「プロが教える実践テクニック」、通称「プロテク」というコーナーがあります。

その中で先日、元キャビン・アテンダント(つまり、昔でいう「スチュワーデス」。今の日本語で言うと「客室乗務員」のことですね)だという女性講師が、食材の保存方法(だっけかな)を教える回がありました。

そのテクニックはさておき、講師の女性の言葉遣いに関して、VTRが流れている間中、スタジオの出演者から、

「おかしいのではないか」

という声が上がりました。その口調というのは・・・・。

「こちら、マグロになります」

「こちら、サケになります」

と、切り身を取り出すたびに繰り返された、

「~になります」

という言葉です。つまり、本来であれば、

「こちら、マグロです」

「こちら、サケです」

と言うべきところに、

「~になります」

を使っているという点。「切り身」ですし、何も手を加えていないのに「マグロになります」「サケになります」と言われても、

「もう、なっとるやんけ!」

悪態をつきたくなりますわな。これが出されたものが、

「イクラ」

であれば、「サケになります」でも、

「なるほど。そりゃそうだ」

と思うかも。(塩漬けにされたイクラならて、「ウソつけ!」となるかもしれませんが。)

私がこの言葉遣いを初めて耳にしたのは、10年ほど前、出張で行った東京駅の食堂でした。注文の品を持ってきたウエイトレスさんに、

「カレーになります」

と言われて、

「え?まだ出来上がってないの?3分待ったらカレーになるんかいな?」

本気で思ったのを思い出します・・・カレーではなく「C定食」だったかもしれませんが・・・。

あれから10年経って、気になる人が増えたのか、気にならずに使う人が増えたのか、どっちなんでしょうねえ?

(2010、11、4)

2010年11月 5日 12:15 | コメント (2)

新・ことば事情

4192「くべる」

薪(まき)と石油を使えるストーブでの発火事故が増えているというニュースを、1028日の日本テレビ「ニュースダッシュ」で伝えていました。その中で、

「薪をくべる」

という表現が出てきました。この動詞、

「くべる」

ですが、「薪」以外に使うことがあるのかな?

「蒸気機関車=SL」では、

「石炭をくべる」

はありましたね。同じく、

「石炭ストーブ」

でも「くべる」は使いますね。しかし「蒸気機関車」も「石炭ストーブ」も、第一線からは身を引いている感じが・・・。今後「薪」が、一般で使う機会が今よりもっと少なくなったら、

「『くべる』も『死語』になって行く」

のでしょうか?

そんなことを考えていて、本を読んでいたら、「くべる」が出てきました。

女優・片桐はいりさんのエッセイ集、『もぎりよ今夜も有り難う』(キネマ旬報社、2010812)の中の、「巴里の空の下ケムリは流れる」というタイトルのエッセイです。

 

*『学校時代ストーブにコークスをくべた記憶があるのは、何歳から何歳くらいまでの世代だろうか。』

*『日直がバケツでコークスを取りに行き、休み時間に少しずつくべてゆく。』

 

私が、学校で石炭ストーブを使って、体育倉庫の中に積んであった石炭を取りに行く係をしていたのは、

「小学2年生まで」

だと思います。昭和441969年)です。小学校1年のときには、石炭ストーブの煙突にカーテンが触れて、ボヤになったこともありました。小学3年生からは「ガスストーブ」になったような気がします。そうすると、「アポロ11号」が月に着陸した頃に、大阪の堺市では、石炭ストーブが静かに姿を消しかけていたと・・・。翌年、昭和45年(1970年)は、「『人類の進歩と調和』の『大阪万博』」です。もう40年前なんですねえ。

既に「くべる」は「死語」に限りなく近づいているのかもしれません。

 

(2010、11、3)

2010年11月 4日 18:45 | コメント (0)

新・ことば事情

4191「お疲れ様です」

 

会社の帰り、いつもの駅のいつものコンビニで、のど飴を買って支払いをしようと小銭入れからお金を出している時、店の自動ドアが開いてお客さんが入ってきた気配が。

その時、私の対応していた女性のアルバイト店員が、

「いらっしゃいませ、お疲れ様です」

と言ったので、入り口の方を見たら、なんとそこにいたのは、

「小学生」

でした・・・・。うーん、

「いらっしゃいませ」

子どもに対しても言ってもいいと思うけど、

「お疲れ様です」

は、「いくらなんでも(「マニュアル敬語」だとしても)使わないのではないか?」と思いました。

しかし次に、「ちょっと待てよ」と。

もしかしたら、この子どもに声を掛けたのではないのかもしれない、他にも客が今、入ったのではないか?

店の棚の奥の方を見ると、はたしてそこには「大人の女性客がひとり」いました。

だとすると、その大人の女性客に向かって、

「いらっしゃいませ、お疲れ様です」

と言ったのかもしれない。それなら、納得なんですが。

たまたま、私が見たタイミングが悪かっただけかもしれませんね。

でも、ちょっと「え!」と思いました。

 

(2010、11、3)

2010年11月 4日 12:44 | コメント (1)

新・読書日記 2010_209

『ザ・カタカナ語ディクショナリー』(テキスト=ササキマサタカ、イラスト=カスモトトモミ、小学館:2006、10、1)

もう4年も前に出た本なんだ!でも、古さは感じない、4年前の時点でかなり先取りしていたのではないか?カタカナ語ってそういう"先端の性格"を持っているからね。ようやく私も4年経って追いついたって漢字でしょうか・・・いえ漢字ではなく、カンジでしょうか。カタカナだけど。

「ユニット」と「バンド」の違いとか、「クラブ」と「ディスコ」の違い、「ジーンズ」と「デニム」と「ジーパン」の違いなど、似たような言葉の微妙な違いも明解に説明してくれていて、利用価値が高いと思います。当然、著者名もカタカナにしてアリマス。

 

 


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(2010、11、1読了)

2010年11月 3日 17:43 | コメント (0)

新・ことば事情

4190「子どもの罰ゲーム」

5歳9か月の娘が教えてくれた、保育所で子供同士で遊んでいる時にやる「罰ゲーム」には、なにやらフシ(メロディー)が付いていて、そのフシに乗せながら、

「あっち向いてホイ」

のように指で上下左右の方向を示し、それと同じ方向を向いたら(引っかかったら)、そのときに口にしていた「罰ゲーム」を行うのだそうです。

その「罰ゲーム」の種類は・・・・

「しっぺ、でこぴん、馬場チョップ、富士山(掌のつねる)、耳バイク(両耳引っ張る)、もみじ(背中を平手で叩く)、フルコース」

というもの。

「しっぺ」「でこぴん」は、分かりますね。罰ゲームの定番です。

「馬場チョップ」「馬場」の意味もわからずに使っています。『広辞苑』、引いて見なさい、と保育園児に言うわけにも行かず。「新潟県出れ」。もう直ったのかな?(私の持っている電子辞書は「出れ」のままですが。「平成ことば事情3119新潟県出れ」参照)

「富士山」は、手の甲を引っ張ってつねって、その様が「富士山」のように見えるんですね。センスあるー!

「耳バイク」は、両耳を引っ張るんですが、単に「ミニバイク」のダジャレでしょう。

そして「もみじ」は、背中をバシーンと叩く、そうすると掌のあとが赤くつく、それが「もみじ」。幼児ならでは!大人だと「もみじ」にはなりません。

そして、最後の「フルコース」ってのが、なんだか怖い・・・。

っていうか、保育園児が「フルコース」なんて言葉を使っているんだ!びっくりですね。

(2010、10、26)

(追記)

とここまで書いたらその日のうちに、小学校の先生が(6年生の担任だっけ?)、子どもたちに「セクハラ罰ゲーム」なるものをやらせていて問題になったという記事が・・・・。うーん、「6年生」というのは微妙ですね。「罰ゲーム」が「子どもの遊び」で終わるうちはいいんだけど、「いじめ」などにつながっていくおそれがあるので、すごく難しい。楽しいと思っているのは自分と仲間だけ・・・・ということもあります。疎外感を覚える人がいる可能性にも、思いを致す必要があるんですよね。

 

(2010、11、1)

2010年11月 2日 02:33 | コメント (0)