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『道浦TIME』

新・ことば事情

4139「双頭の鷲」

 

『国マニア』(吉田一郎、ちくま文庫:2010710という本を読んでいたら、

「双頭の鷲の紋章は、東ローマ帝国の紋章」

であるという一文が出てきました。これを読んで「はっ!」と思い当たったのは、

『双頭の鷲の旗の下(もと)に』

という曲です。あれは「東ローマ帝国の旗」の曲だったのか?そう言えば、サッカーのドイツ代表のユニホームの胸のマーク(というかサッカー協会のマーク?)も「双頭の鷲」ではなかったか?

「双頭の鷲」についてネット検索すると、郵便学者の内藤陽介さんのブログが引っかかりました。この分野は内藤さんのお手の物だと思っていたら、やはり引っかかってきましたか。

2008年の32に書いてらっしゃいましたが、「プーチン大統領」の任期満了に伴うロシア大統領選の投票日で、「メドベージェフ氏」との「2頭政権」誕生に引っ掛けて、

「帝政政ロシア時代の"ロマノフ家の紋章である双頭の鷲"」

にちなむ切手を紹介しています。え!「ロマノフ家」も「双頭の鷲」?それによると、

「『双頭の鷲』は、もともとは東ローマ帝国で、東洋と西洋の両方にローマ皇帝の支配を意味するものとして使われていました。東ローマ帝国の後継者を自負していたロマノフ朝は、東ローマ帝国にならい『西(ヨーロッパ)』と『東(アジア)』にまたがる統治権を象徴するため、この紋章を採用した」

のだそうです。「東西」両方の支配だから「2つの頭の鷲」「双頭の鷲」なのかあ。勉強になるなあ。

そうそう、曲の方は?「ウィキペディア」ですが、

「『双頭の鷲の旗の下に』(そうとうのわしのはたのもとに、英:Under the Double Eagle、独:Unter dem Doppeladler, 作品159)は、ヨーゼフ・フランツ・ワーグナーが1880年代(1902年という説も)に作曲した曲。『双頭の鷲の下に』と呼ばれることもあるが、『双頭の鷲の旗の下に』の方が一般的。日本では運動会などの行進曲としてよく用いられる。明快かつリズミカルな曲調でワーグナーが当時オーストリア・ハンガリー帝国の軍楽隊長であった時期に作曲したものであり、曲名にある「双頭の鷲」は同国のシンボルである。」

とあります。ドイツ語で「2つ」は「ドッペル」ですね。「ドッペルゲンガー」ってあったな。「ドッペラー」って、何か悪者のようですが。

これも「オーストリア・ハンガリー(二重)帝国」だから「両国」で「双頭」か。「東ローマ帝国」とはこれ直接は関係なさそうですね。

サッカーのドイツ代表のユニホームの胸のマークはどうかな?これも「ウィキペディア」ですが、

「トレードマークは国章に倣い『鷲(アードラー)』にDEUTSCHER FUSSBALL BUNDとあしらった白地のもの」

あれ、「双頭」ではなかったか。「東西ドイツ」だから「双頭」でもいいかと思いましたが。

帝国書院の『2010最新基本地図 世界・日本 34版』で世界各国の国旗を眺めてみると、「双頭の鷲」の紋章を使った国旗、他にもありますね。

*「アルバニア」の国旗は、真っ赤な地の真ん中に、大きく黒の双頭の鷲。

「双頭の鷲は、東洋と西洋の中間にあることを表す」

のだそうです。これ、「双頭の鷲」だったのか、ずっと「ムカデ」だと・・・。

*「モンテネグロ」の国旗も「双頭の鷲」

「国章の双頭の鷲は、東西に君臨するローマ皇帝の象徴。中心にはヴェネツィ共和国の象徴『聖マルコのライオン』を置く」

のだそうです。また説明はないですが、

     「セルビア」の国旗の紋章「双頭の鷲」のように見えました。

旧ユーゴスラビア近辺に多いですね「双頭の鷲」。「東と西の境目」なんでしょうかね。

 

(2010、9、6)

2010年9月 7日 23:50 | コメント (1)

コメント

9月3日放送の「第30回高校生クイズ」。私の母校も昨年に続いて2年連続で大阪代表になっていたのですが、昨年に続き今年も20位前後で終わりました。先輩としては少しくやしい。その中で、アルバニア国旗に描かれている「双頭の鷲」の名前を問う問題がありました。「スカンデルベグの鷲」。よく出る問題なので要チェックです。

投稿者: yoshi-q 日時:2010年09月10日(金) at 00:36