新・読書日記 2010_170&171
『悪人(上)』(吉田修一、朝日文庫:2009、11、30第1刷・2010、8、20第7刷)2010、9、11読了。
ラストが泣ける。タイトルの意味は下巻の210ページあたりでようやくわかった。上巻が265ページ、下巻が275ページ、計540ページのうち475ページで。いま、裁判員制度や死刑制度ついて考えさせられることが多いので、この事件の裁判員だったら、どうだろうかとか、死刑に当てはまるのだろうかとか、いろいろ考えさせられる。冒頭のガールズトークは気分が悪い。こんな青春小説みたいなもん、読みたかない!と思った。ただ、後半の犯人と逃避行するヒロインの気持ちは唐突すぎる気がして、実は思い入れが薄い。主人公を軸に話を進めた方が僕は好き。いろんな人のインタビューによるモンタージュ的構成は、映像作品的なので、映画には向くだろう。CGもいらなさそうだし。上巻は7刷に対して下巻は4刷。これは何を示すかというと、上巻しか買わない人、つまり読み通せなかった人が全体の7分の3いる、ということだろう。なんだかなあ。
読み終わって一日たって「あっ!」と気付いた。
「これは心中物だ!」
と。つまり『曽根崎心中』の「道行き」ですよね。オーソドックスな物語だ。
そのほか、気に入った言葉は、会話の中に出てくる。おそらく作者の"心の言葉"を登場人物に話させているのだろう。
*眞子の発言。「餃子食べたいかも」(上・23ページ)=はっきりしない発言
*「佳乃は紗里の考えを鼻で笑った。紗里が卒業した短大ごときで、マスコミ、それもテレビ局などに就職できるわけがない。」(49ページ)=「ごとき」ですか・・・。
*「担架も入る大きめのエレベーターに乗り込むと、自分が下がっているのでなく、病棟全体が上がっていくような感覚に襲われる。」(172ページ)=たしかに。
*「夜になると波の音は高くなる。波の音は夜通し聞こえ、小さなベッドで眠る祐一のからだを浸していく。」(229ページ)=いい表現。
*「寂しさというのは、自分の話を誰かに聞いてもらいたいと切望する気持ちなのかもしれないと祐一は思う。」(231ページ)=そうかもしれない。
*塾講師42歳・独身男「最近の子供の名前っていうのはあれですね、なんていうか、ちょうど出会い系で女の子たちに偽名を聞かされとるような気がしますもんね。もっと言えば、本人と名前がひどくアンバランスで、授業の始めに出欠なんか取りよると、不憫に思うこともありますよ。ほら、性同一性障害なんてありますけど、今に氏名同一性障害なんて問題が起こるっちゃないでしょうかね。」(下・51ページ)=作者の考えかな。
*祐一のおじ「私はね、正直、祐一の母親ば許す気はないとですよ。未だにフェリー乗り場に置き去りにされた祐一が目に浮かんでしまう。私だけじゃなくて、婆さんも爺さんも、親戚中の人間がそうですよ。ただ、ほんとに不思議なもんで、当の祐一はその母親ば、もう許しとるとですもんねぇ。」(下・86ページ)=「許し」と何か!?
*鶴田=増尾の友人。「俺、それまでは部屋にこもって映画ばっかり見取ったけん、人間が泣いたり、悲しんだり、怒ったり、憎しんだりする姿は、腐るほど見とっちゃけど、人の気持ちに匂いがしたのは、あのときが初めてでした。」(234ページ)=そうなんだ!
*『「あんた、大切な人はおるね?」佳男の質問に、ふと鶴田が足を止めて、首を傾げる。「その人の幸せな様子を思うだけで、自分までうれしくなってくるような人たい」佳男の説明に鶴田は黙って首を振り、 「...アイツにもおらんと思います」と呟く。 「おらん人間が多すぎるよ」ふとそんな言葉がこぼれた。』(245ページ)=これも作者の気持ちかな。
~登場人物のセリフに、作者の気持ちが。それぞれの登場人物が質問に答える形で一人しゃべりしている形式は、ミステリーによくある。芥川の『藪の中』みたい。