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『道浦TIME』

新・ことば事情

4093「っぷりとっぽい」

平成ことば事情3990「主婦っぷり」の追記で「相撲っぷり」という言葉をご紹介しましたが、それに関連して、

「英語っぽい」

「っぽい」と「っぷり」の関係について考えてみました。

「相撲っぷり」は相撲ぶり」と直せますが、「英語っぽい」は「英語ぼい」にはなりません。つまり、「ぶり」を強調して力をこめることで「促音」になることで、次の「ぶり」が「半濁音」になり「っぷり」になる。

それに対して「ぽい」は、最初から「半濁音」の「ぽい」。(もしくは「ほい」?)

「素人っぽい」「飽きっぽい」「湿っぽい」「いがらっぽい」

などが思い浮かびますが、そもそも何につくのかな?

最近の傾向で「婉曲・あいまい表現」としての、

「~系」

と同じように、

「断定を避ける言い回しとしての『~っぽい』」

があるのではないでしょか?具体的には、

「勉強してるっぽい←勉強してそう」

「つきあってるっぽい←つきあってそう」

「かしこいっぽい←かしこそう」

「いけてるっぽい←いけてそう」

つまり、です。

「~(連用形)+そう」

のかわりの

「~(終止形)+っぽい」

を使っているのではないでしょうか。その意味では、

(自分の気持ちなのに)「 かもしれない(かもしんない)」「かもー...」

という言葉と同根のように思えます。

そして、その「~っぽい」の多用によって、「ぶり」まで「~っぷり」になったのではないだろうか?というのが、きょうの私の思いつきですが、いかがでしょうか?

 

(2010、7、29)

2010年7月30日 10:45 | コメント (0)

新・ことば事情

4092「プルシアンブルー」

20091026日にメモしたものに加筆しました)

去年(2009年)の10東京に行く機会があったので、上野の東京国立博物館開かれていた、

「『ご即位20年記念特別展・皇室の名宝』

を見に行きました。その中で、一番見たかったのは、

「伊藤若冲」

「若冲(じゃくちゅう)」といえば、このところ人気急上昇中の江戸時代の絵師ですね。

この展覧会で注目の一つだったのは、「群魚図(鯛)」「ルリハタ」に、

「プルシアンブルー」

という人工顔料が、日本で初めて使われたということだと、たしか日経新聞に書いてありました。注目して作品を見たら、確かに引き込まれるような不思議な色合いのブルーでした。

「プルシアンブルーの瞳」

とかいうタイトルの曲、安全地帯か、柳ジョージか何かで、なかったでしょうか?(安全地帯、玉置浩二の『プルシアンブルーの肖像』でした。)

さて、それから数か月。先日読んでいた片岡義男『文房具を買いに』(角川文庫)というカラー写真を多用した文庫本の中に、こんな一節が。

「青鉛筆の青はブルーではない、プロシアのブルーだ。」

あ、そうか「プルシアン」は「プロシアの」の意味か!

ドイツのマイセンの「赤」が「マイセン」でしか出せないように、「プロシア」でしか出せない青、それが「プルシアンブルー」なのではないか?と、「色の名前の由来」に気付いたのでした。

「ウィキペディア」によると「プルシアンブルー」は、「紺青(こんじょう)」で、

「鉄のシアノ錯体に過剰量の鉄イオンを加えることで、濃青色の沈殿として得られる顔料である。日本古来の天然顔料である岩紺青と区別するために花紺青と呼ぶことがある。ただし一般的には花紺青とはスマルトの別称である。Color Index Generic NamePigment Blue 27である。この顔料に由来する色名としての紺青(プルシアンブルー)が存在する。」

だそうです。『広辞苑』でも「プルシアンブルー」を引くと「『紺青②』を見よ」となっていて、

「紺青」=②青色顔料。ヘキサシアノ鉄(Ⅱ)酸塩(フェロシアン化物)の溶液に硫化鉄(Ⅱ)を加えてできる白色沈殿を、塩素酸ナトリウムで酸化して製する。印刷インク・絵具・塗料などに用いる。ベレンス。タンブル青。プロシア青。ベルリン青。」

とありました。

おりもおり、京都細見美術館所蔵の作品を展示した「琳派若沖と雅の世界 」展9月に大丸神戸店で行われると(ちょっと先だけど)。報道フロア招待券が置いてあって、誰ももっていきそうになかったので、もらっちゃった!

そのチラシに載っていた若沖の「アヒル」の絵を見て、「バベルの塔」や「スケート」の絵を描いた「ブリューゲル親子」を思い出しました。なんか、タッチが似ている感じがして。日本画と洋画の融合を思わせますねえ。

若沖は1716年生まれで没年は1800ですから、正に18世紀の人。ブリューゲルは16世紀の人ですが、オランダ・フランドル絵画は17世紀に入ってもその伝統が続いていたようですね。その後、ルーヴルのフランス絵画18世紀1700年代で、若沖と年代が重なります。家に帰って、これまでに観に入った展覧会の分厚い解説本を何冊か引っ張り出して、見比べてしまいました。

(2001、7、28)

2010年7月29日 19:38 | コメント (0)

新・ことば事情

4091「菅総理と日本料理店」

日経新聞の2面の下のほうに「首相官邸」というベタ記事・・・というか記録があります。首相の動向を報じたもので、各新聞、同じようなコーナーはあるのですが、日経新聞が一番シンプルでわかりやすいように思います。そこで、毎日スクラップしています。

一日一日を見ていても特にどうということはないのですが、毎日の記録を通して「読んで」みると「おや?」というようなものが見えてくることがあります。

菅総理大臣になってから2か月足らずですが、その間に食事に出かけた「店の種類」に、偏りがあるように感じるのです。いえ、特定の店に入り浸りというのではなく、特定の種類の食事の店に、という意味。「それがどうした」と言われれば、それまでなのですが。

6月13日から7月27日までに食事に出かけた店で、「首相官邸」の記事で名前が明らかになっているのは「20回」なのですが、そのうちの、

「13回が『日本料理店』」(65%)

なのです。残りは中国料理店が3回(15%)、鉄板焼き店、すし店・焼き肉店・そば屋が各1ということで、「日本料理店」の回数が群を抜いています。

ちなみに、鳩山由紀夫前首相は、昨年9月18日から今年6月7日までに67回、食事に行った記録がありますが、日本料理店は22回(33%)。そのほかは中国料理12回(18%)、すし店・レストラン各5回(8%)、居酒屋・イタリア料理店各4回(6%)、焼き肉店・シーフードレストラン・フランス料理店・その他各2回、そば屋・うなぎ屋・ちゃんこ店・カフェ・家庭料理店・ドイツ料理店・米沢牛専門店各1回でした。かなりバラエティに富んでいますね。

さらにその前の麻生さん。去年の8月・9月の2か月だけの15回で、しかも選挙戦に入っていたので、あまり参考にならないかもしれませんが、すし店・レストラン各3回(20%)、焼き肉店・うどん店各2回(13%)、中国料理店・日本料理店・うなぎ屋・ステーキハウス・天ぷら屋各1回と、こちらも結構バラエティに富んでいて、選挙戦で体力をつけようということか、焼き肉やステーキハウス、うなぎなどが目を引きます。うどんは、選挙演説で飛び回っている時の「昼ごはん」です。

 

菅総理が行った「日本料理店」は具体的には、

     「なだ万」(Hニューオータニ)

     「山里」(Hオークラ)=各2回

     「はなの」(ウエスティンH大阪)

     「海鮮竜宮」(山口県)

     「あみもと」(青森グランドH)

     「紀尾井町 藍泉」(Hニューオータニ)

     「なだ万」(Hニューオータニ)

     「千羽鶴」(Hニューオータニ)

     「梅林」(平河町・都市センターホテル)

     「さかなや富ちゃん六本木店」(六本木)

     「雲海」(ANAインターコンチネンタルH東京)=各1回

「中国料理店」は、

     「タイカンエン」(Hニューオータニ)=2回

     「楼外楼飯店」(赤坂)

で、「日本料理店」が多い理由の一つ、地方に行った時に会合というか食事をするホテルで一番いいところが「日本料理店」ということもあるのかもしれませんが・・・どうだろう?あと、「Hニューオータニ」がお好きなようですね、菅総理は。6月19日に「首相公邸入り」するまでの2週間、ずっと「Hニューオータニ」に宿泊していたみたいですし。

鳩山前総理も、「なだ万」と「山里」には各4回、行ってます。そのほか目立つのは、赤坂の日本料理店『一つ木竹林亭』に5回、赤坂の中国料理店「楼外楼飯店」2回、永田町の中国料理店「溜池山王 聘珍楼」に3回、Hオークラの中国料理店「桃花林」3回、ANAインターコンチネンタルHの中国料理「花梨」2回、赤坂の中国料理店「過門香」2回といったところでしょうか。鳩山さんが総理在任中に菅さんと食事をともにしたのは4回。日本料理「銀座うち山」、日本料理「あかさか弥市」、中国料理「花梨」、日本料理「山里」です。やはり「日本料理」が多いですね。

以前、「平成ことば事情2513 村儀理容室」で、小泉元総理の食事の傾向を書きましたが2006315日)、それを再掲します。それによると、17のうち「日本料理」6回(35%)、イタリア料理4回(24%)、中国料理、レストラン各3回(18%)、フランス料理1で、イタリア料理の多さが目立ちます。「そば・うどん」「焼き肉」がないのも目を引きます。小泉さんは「洋風」、しかも「イタリアびいき」のように感じます。好きな「オペラ」と関連が?具体的な店の名前は、以下の通り。

日本料理店「津やま」(赤坂)=3回

日本料理店「福田家」(紀尾井町)=1回

日本料理店「吉兆」(H西洋銀座)=1回

日本料理店「源氏香」(ロイヤルパークH)=1回

イタリア料理店「グラナータ」(赤坂)=3回

イタリア料理店「アトーレ」(H西洋銀座)=1回

中国料理店「タイカンエン」(Hニューオータニ)=2回

中国料理店「桃花林」(Hオークラ)=1回

レストラン「ブルーガーデニア」(赤坂プリンスH)=2回

レストラン「トップオブザスクエア宴」(大手町ファーストスクエア)=1回

フランス料理店「トリアノン」(赤坂プリンスH)=1回

 

けさ(7月28日)の産経新聞朝刊に、きのう(27日)菅総理が側近に行き先も告げずに首相官邸を後にして、向かった先は、

「歯医者さん」

であったと。こういった"職場離脱"は、危機管理上いかがなものか?という記事が載っていました。実は1週間前の20日の夜にも同じ歯医者さんに行っています。ということは、

「来週の火曜日も治療の日」?

菅総理が"歯が悪い"(かどうか分からないけど、治療している)ことと、「日本料理好き」は、もしかしたら関係あるのかもしれませんね。

「首相官邸」、まとめて読むと、このように結構面白いものです。

 

(2010、7、28)

2010年7月29日 12:52 | コメント (0)

新・ことば事情

4090「非差別部落」

7月27日の毎日新聞朝刊に「訂正記事」が出ていました。そこには、こう書かれていました。

「訂正・26日夕刊10面『非戦の僧100年の教え』の記事で、『非差別部落』とあるのは『被差別部落』の誤りでした」

早速、前日の夕刊を読んでみると、大逆事件で獄死した真宗大谷派の僧侶に関する資料集が発行されたという内容。このお坊さん(高木顕明)は、当時の大谷派幹部を批判してまで「仏教の極楽は、大義を立てて戦争を起こすことではない」などとその著で主張した「非戦の僧」大逆事件(1910年)からちょうど100年の今年、そういった資料集を出すことの意義を説いた記事なのですが、その中に2か所、

「非差別部落問題など」「非差別部落を訪れて」

というように、

「非差別部落」

という言葉が出てきますが、これはもちろん正しくは、

「被差別部落」

が正しい。うーん、「非」と「被」、意味が全く逆になってしまいます。「非戦」の「非」に引かれてしまったのでしょうか?毎日新聞は「署名記事」が多いのですが、これは「久木田照子」記者の署名があります。久木田さん、無念のことでしょう。今後は、より注意深く・・・。そしてこれを見逃した「校閲担当者」も、無念の思いは強いでしょう。お察し申し上げます。

それとともに、この訂正記事で感じたことは、「被差別部落」という言葉も、すでに遠くなってしまったのではないかということ。もちろん「差別」がなくなったわけではないでしょうが、少なくとも「部落差別」ということが、実体としても昔よりは少なくなったと。それはある意味(差別が少なくなっているなら)「よいこと」ですが、これまでの歴史もそれと同じように忘れられてしまう(なくなってしまう?)ということは、いかがなものか、ということです。

先日、教えに行っている甲南大学で、「放送上注意したい言葉」について話しました。「部落差別問題」などは、ある程度学校でも学ぶのかもしれませんが、比較的、生活の中で出てきそうな「身体障害者に対する差別的な呼称」、たとえば視覚障害者に対する差別的な呼び方である、

「めくら」

などは、

「その言葉は、聞いたことがありません」

「きょう初めて知りました」

という学生も、結構多かったのです。マスコミをはじめ家庭や生活環境の中でも、そういった言葉が使われなくなったことは喜ばしいことでしょう。しかし、「歴史は知っておいた方がいい」のではないか、と私は思いました。

 

(2010、7、27)

2010年7月29日 10:51 | コメント (0)

新・ことば事情

4089「アナウンサーなだけあって」

 

今年も、6月に2度ほど講義をした神戸女子短大の学生さんたちの、私の授業を受けての感想文が送られてきました。概ね好評で、

「ことばのおもしろさを実感できました」

「声がきれいでびっくりしました」

などという「ウシシ」な内容でした。

そんな感想文の中で、数人が書いていた表現で気になったのが、こういうものでした。

アナウンサーなだけあって喋りがとても上手いし面白いし、とても慎剣に聞くことができました。」

アナウンサーなだけあって、声のトーンや話し方のテンポがとても丁寧で聞き取りやすかったし、なぜか落ち着いた気持ちになりました。」

アナウンサーなだけあって、人をひきつける話し方をするなあと思いました。」

おいおい最初の人、「真剣」の「真」が、「慎重」の「慎」になっているよ。

それはさておき、私が気になったのは、

「アナウンサーだけあって」

という表現です。

「アナウンサーだけあって」

なら特に気にならないのですが、

「アナウンサーだけ」

「な」が入るのはおかしい。「アナウンサーだけあって」なら「アナウンサー」は「名詞」だけど「アナウンサーだけ」「な」が付くと、

「『アナウンサー』という『形容動詞』」

になってしまう。これは、

「問題日本語」

の「な」と同じ、「問題のある日本語の使い方」ですね。「問題な」だけでなく「アナウンサーな」にまで、コトは進んでいるということを感じて、

「みんな喜んで、一生懸命聞いてくれたのはいいけれど、日本語の進んでいる道は"茨『な』道"だなあ・・・」

と感じたのでした。あそうそう、学生さんの中には、

「さすがアナウンサーだと、感心しました」

という意見もあったことを、付け加えておきます。感心されてしまいました・・・・。

(2010、7、27)

2010年7月28日 18:50 | コメント (0)

新・ことば事情

4088「秒写」

ケータイのコマーシャルを見ていたら、こんなセリフとスーパーが。

「美しい秒写ケータイ」

1320万画素、なんだそうです。いまや「ケータイ」は「電話」ではなく「カメラ」です。デジカメ。1320万画素って、うちのデジカメよりも性能がいいんじゃないですか?

ここで注目した言葉はもちろん、

「秒写」

「びょうしゃ」と読むんでしょうね。この音だけ聞くと、

「描写」

という言葉を思い浮かべますが。

「秒○○」という言葉で見た(聞いた)事があるのは、

「秒殺」

ですかね。実際に「瞬間に殺す」場合よりも、

「ひと目ぼれ」

のケース、あるいはスポーツなどで、

「相手の行動を取れないように封じ込めるケース」

「一瞬で圧勝するケース」

などで使われているのではないでしょうか。それ以外で「秒○○」って、何かあるかなあ。

Google検索(727日・日本語のページ)では、

「秒写」=   5040

「描写」=1780000

「秒殺」= 364000

でした。「秒写」は、まだそれほど広がっていないようです。

(2010、7、27)

2010年7月28日 10:47 | コメント (0)

新・ことば事情

4087「武村元官房長官」

 

6月初めに菅総理の著書『大臣・増補版』(岩波新書:20091218)を読んで、

「いま読んでいると、『枝野幸男』とか『荒井聡』とかの名前が出てきて、彼らと菅直人とは、これが最初に書かれた時、つまり『1998年からの仲間』であり、それはすなわち今回の内閣が、『旧・新党さきがけ内閣』だということを示しているのだなと思いました。内閣のサプライズで民間人起用で、あるいは顧問として、武村正義とか田中秀征が出てきたりして」

64日の段階でメモしていたが、

「(結局、そんなことは「なかった」のですが)」

と、「2010読書日記116」に書きましたが・・・そんなことが、"あった"みたいなのです。

723日の菅総理の動向を記した日経新聞「首相官邸」(7月24日掲載)を見ると、菅総理は23日金曜日、武村正義・元官房長官とホテルニューオータニの日本料理店「なだ万」で約1時間、食事をともにしているのです。

また、同じく日経新聞1面の「政権大10部捻転②」~「『力は数』を超えて」にも、

「参院選の直後、枝野と国土交通省の前原誠司(48)は、たちあがれ日本の幹事長、園田博之(68)、前衆議院議員の渡海紀三朗(62)らと都内で密会。23日昼には菅自ら元蔵相の武村正義(75)らと都内のホテルで向き合った。93年結成の新党さきがけ。その人脈もねじれの先を見越して動く。小沢が反小沢と目されてきた前原を対抗馬に担ぐとの見方すら出てきた。」

とあります。

このところの猛暑は1994年以来と言われていますが、94年の猛暑はその前年、自民党が下野して日本新党の細川内閣ができ、その細川総理が4月に首相をやめ、羽田、"村山"と目まぐるしく総理が変わった年。そういえば日本相撲協会の理事長代行は"村山"(弘義)さん・・・なんだか16年前と構図が似ているような。16年前の亡霊が現れそうで、怖いです。(どんな亡霊?)あの年もワールドカップ(アメリカ大会)があったなあ、まだ、日本は出られなかったけど。(前年の「ドーハの悲劇」のおかげで)あの時はPK戦で、イタリアのR・バッジオ選手がはずして、ブラジルが4度目の優勝をしましたね。

 

(2010、7、25)

2010年7月27日 18:46 | コメント (0)

新・ことば事情

4086「誰にお願いしているの?」

5月20日のNHKの午前10時のニュースを聞いていて、思わず噴き出してしまいました。

国の天然記念物「トキ」の卵がカラスに盗まれたというニュースだったのですが、男性アナウンサーは真面目な口調で、

「トキ保護センターでは、『トキには、外界にはカラスのような存在がいることを学習してほしい』と話しています」

と、平然と原稿を読んだのです。トキ保護センターの人、こ、これは・・・・ギャグ?

いくら、

「学習してほしい」

とコメントしても、トキは日本語・・・というか、人間の言葉はわからないでしょう?

そう思うのはトキ保護センターの人の勝手です。「希望」ですからね。でも、このコメントに意味があるのでしょうか?それをまた平然と読むのは・・・度胸いりますよねえ・・・そう感じて笑ってしまったのでした。

 

(2010、7、25)

2010年7月27日 10:41 | コメント (2)

新・ことば事情

4085「食料と食糧」

 

(古い話で恐縮です。最初につけた番号は「3345」でしたから2年ぐらいほったらかしでした)

2008年イタリアのローマで開催された

「食糧サミット」

この「りょう」の漢字は「糧」でした。

一方同じ200886日の新聞記事、

「食料自給率が40%に回復」

は、朝日新聞だけが、

「食糧自給率」

という表記で、ほかの新聞は全て、

「食料自給率」

としていました。データを発表する農林水産省は、

「食料自給率」

としているようです。そこで朝日新聞の知り合いに聞いてみたところ、

「本来は『穀物』というか『コメ』の話だったと思われるので『食糧』を使っていたが、農水省が『食料』を使っていることもあり、現在では『朝日新聞用語の手引』の例示はしていない。07年度の記事は『食糧自給率』でいった(農水省の発表は「食料」)。使い分けの基準は新聞協会の用語集とだいたい同じで、

『食べ物全般=食料』

『穀物中心の主食物=食糧』

また朝日では『食糧』に『抽象的概念としての食物』という定義もあることはある。

最近はだいたい『食料』が一般的になっており、『食糧』は『戦後の食糧難』や『かつてあった食糧管理制度』という使い方をするくらいではないかと思う。」

とのことでした。

一方、読売新聞の知り合いに聞いたところ、

「『食糧』と『食料』の使い分けは、『食べ物全般=食料』『穀物中心の主食物=食糧』。ただ、『食料』のメーンとなるものは『穀物』で、『食糧』抜きにして『食料』は考えられない。そこで『食糧』を中心とした『食料』全般を『食糧』で表す場合もあるかと思う。

『ごはんを食べに行こう』『今日のごはんは何かな』

などは、米だけを指しているわけでなく、おかずもすべて含めて言っているのと同じ理屈。そういう意味では、『食糧』の方が"上位概念"であるとも考えることができるのではないだろうか。」

なお、『日テレ放送用語ガイド』では、

「食料」=食べ物全体 <例>食料品(店)、生鮮食料、配給の食料

「食糧」=穀物を中心とした主食物、米・麦など <例>食糧自給、食糧問題、食糧支援、食糧備蓄

と載っていました。『日テレ放送用語ガイド』では、北朝鮮への、

○「食糧支援」 △「食料支援」

のようです。

 

また、200878日付の各紙朝刊で、洞爺湖サミット(懐かしい!)の記事が出ていました。その中でサミットでの議題として出てきたのが「しょくりょう問題」で、その表記は各紙バラバラでした。

(読売)食料

(朝日)食糧

(毎日)食糧

(産経)食糧

(日経)食料

でした。

また、2009年2月2日の産経新聞夕刊では、

「食料サミット」

「食料」が使われていました。

 

(2010、7、25)

2010年7月26日 22:48 | コメント (0)

新・ことば事情

4084「高画質初放送」

 

7月23日の日本テレビ『金曜ロードショー』で、

『となりのトトロ』

が放送されました。映画館では『借りぐらしのアリエッティ』が公開されたばかりなので、「宮崎作品」をテレビでも流して「メディアミックス」というか、映画もテレビも「宮崎ワールド」に浸してしまえ!という作戦ですね。

ご存じのように「トトロ」は、宮崎作品の中でも特に人気のある作品で、実はテレビで放送するのは、

「今回で10回目」

なんだそうです。しかも前回(つまり9回目)の放送でも20%以上の視聴率を取った、いわばオバケ番組。10回目とはいえ、今回も高視聴率を期待しているわけです、テレビ局としては。親子そろって安心して見られる作品ですしね。

その「トトロ」の番組宣伝のコーシャルが流れているのを見てびっくりしました。そこには、

「高画質初放送」

と書いてあるではないですか!

え?初放送?10回目じゃないの?「高画質」は「初」って・・・つまりこれまでの放送は「低画質」だったと告白しているということ?

うーん、ここまでして「初」という文字を付けないといけないのだろうか?「初」を付けたらどれだけ視聴率が伸びるのだろうか?誰か研究してくれませんかね?

視聴者も最近はとっても賢い(テレビ意業界のことを良く知っている)から、正直に、

「堂々10回目の放送」

と、そのキャリアを誇った方が見てもらえるんじゃないかなと私は思いましたが、いかがでしょうか?

 

(2010、7、25)

2010年7月26日 19:46 | コメント (1)

新・ことば事情

4083「モウリーニョとムリーニョ」

 

机の片づけをしていたら、6年前(2004年5月28日)の新聞記事の切り抜きが出てきました。サッカーの欧州チャンピオンズリーグで、ポルトガルのポルトがフランスのモナコを下して1987年以来2度目の王座についたという記事でした。

古い記事ですが、そこで取り上げられているのは選手ではなく、両チームの監督。ポルトのモウリーニョ監督は41歳、モナコのデシャン監督は35歳。

今をときめくモウリーニョ監督の輝かしい経歴のスタート?ぐらいのときでしょうか。(前の年に欧州連盟杯も取っていますが)

なぜこの記事の切抜きがあるかというと、朝日・毎日・産経・日経がすべて、

「モウリーニョ」

と表記しているのに、読売新聞だけが、

「ムリーニョ」

と表記しているからです。その後どうなんだろ?あまり気にしてなかったのですが。

今ネット検索(Google)してみると(7月25日)

「ムリーニョ監督」 =   21

「モウリーニョ監督」=53800

ということで、現在は「モウリーニョ」圧勝です。

「ポルト」のあとは、イングランドプレミアリーグ「チェルシー」の監督を経て、イタリア・セリエAの「インテル・ミラノ」でまた欧州チャンピオンズカップを制し、この新しいシーズン(20102011)からは、スペインのリーガ・エスパニョーラ「レアル・マドリード」の指揮を執っています。「ウィキペディア」には、

「ポルトガル語での発音に近い日本語表記はジュゼ・モリーニョ」

とありました。「モリーニョ監督」も検索してみましょう。

「モリーニョ監督」=44100

おお、これは結構多い。つまり、

「モウリーニョ」「モリーニョ」

どちらか、ということですね、今は。

 

(2010、7、25)

2010年7月26日 17:45 | コメント (0)

新・ことば事情

4082「シャンソンのアクセント」

平成ことば事情4081「シャンソンと中島みゆき」でも書きましたが、7月17日、シャンソンの大御所(日本のシャンソン会の草分け)石井好子さんが亡くなりました。87歳でした。お亡くなりになったことは、21日に一般に知られました。

そのニュースを『ミヤネ屋』で伝える際に、「シャンソン」のアクセントが気になり、『NHK日本語発音アクセント辞典』を引いてみました。

すると「シャンソン」のアクセントは、

(1)   シャ\ンソン(頭高)

(2)   シャ/ンソ\ン(中高)

の順番で載っていました。私は最初、(2)中高アクセントの、

「シャ/ンソ\ン」

ではないかな、と思ったのですが、アクセント辞典に従って、「頭高」の、

「シャ\ンソン」

で読みました。宮根さんは、「中高」の、

「シャ/ンソ\ン」

と言っていました。おそらく、もともとは「シャ/ンソ\ン」で、新しい方のアクセントが「頭高」の「シャ\ンソン」ではないでしょうか?

ちなみに、女子バスケットボールのニュースなどでよく耳にする、

「シャンソン化粧品」

ですが、これは「化粧品」とくっついているので、コンパウンドして、

「シャ/ンソンケショ\ーヒン」

ですが、略称は「頭高アクセント」の、

「シャ\ンソン」

ですね。略称では「中高アクセント」の「シャ/ンソ\ン」というのは聞いたことがありません。

 

(2010、7、25)

2010年7月26日 15:44 | コメント (0)

新・ことば事情

4081「シャンソンと中島みゆき」

 

7月17日、シャンソンの大御所(日本のシャンソン会の草分け)石井好子さんが亡くなりました。87歳でした。お亡くなりになったことは、21日に一般に知られました。お名前はもちろん存じておりましたが、実際に歌ってらっしゃるところなどは拝見したことがなかったように思います。

インタビューでお悔やみのコメントを述べる加藤登紀子さんのお姿も拝見しました。

「シャンソン」って、私なんかは少し縁が遠い感じがしますが、知っている曲といえば『枯葉』とか『シェルブールの雨傘』とか、そんなイメージ。あとは越路吹雪さん『ろくでなし』や『愛の讃歌』、あれ?結構、知ってるな。そのほか加藤さんの『百万本のバラ』なんかは「シャンソン」なんでしょうか?違う?

あらためて「シャンソン」に思いを馳せると、加藤さんも歌われましたが研ナオコさんの歌でヒットした、

『この空を飛べたら』

も、なんだか「シャンソン」ではなかったのか?という気がしてきました。そして同じく研さんのヒット曲、

『あばよ』

「シャンソン」ぽいぞ。そしてこの2曲はともに、

「中島みゆきの作詞作曲」

ですよね。さっそく家で、『この空を飛べたら』が入ったCDアルバムを探しましたが、見当たりません。

「もしかしたら・・・」

LPレコードを探したら・・・ありました!アルバム『おかえりなさい』の中に『この空を飛べたら』が!おそらく何十年ぶりかでレコードに針を落としました。

うーん、いいんじゃないですか。これ、「シャンソン」やで。

「そうだったのか!中島みゆき(C)池上彰」

といった新鮮な驚きが!

桜田淳子さんも歌った『しあわせ芝居』も入っていたので聴いてみましたが、これもちょっと「シャンソン」ぽいです。このアルバム『おかえりなさい』1979(昭和54)年11月発売。当時私は高3で、大学受験直前。ということは、受験勉強をしながら聴いていたのか、私は。同じアルバムに入っている『世迷いごと』も、やはり「シャンソン」ふう。日吉ミミのような感じの曲です・・・って、日吉ミミさんも歌ってました。イメージどおり!

初期の中島みゆきは、もちろん「フォークソング」の分野だったと思うのですが、この時期は「シャンソン」にはまっていたのか?根っこがずっと「シャンソン」だったのか?

ついでに聞いた、やはり桜田淳子さんが歌ってヒットした『追いかけてヨコハマ』も、アルバムに入っていたので聴きました。イントロが中国風。「横浜中華街」を意識したのか?またなぜかシンセ音が「キューン、キューン」と入っていますが、これはあきらかに当時流行った「インベーダーゲーム」の音だと思われます。「YMO(イエロー・マジック・オ-ケストラ)」の流行る前年ぐらいでは?

『声と日本人』(米山文明、平凡社選挙書:1998223という本を読んでいたら、163ページに、「シャンソン」について書かれた部分で、

「シャンソンであるから語りに近い曲が多い」

というくだりがありました。つまり「語りに近い」という部分において「中島みゆきはシャンソン的である」と言えるのではないでしょうか?もちろん全部の曲ではなく、「ごくごく一面だけ」ですが。中島みゆきさんの音楽の多様性というのは、そんな一つの方面だけで捉えられない気がします。ポルトガルの「ファド」なんか、絶対歌えると思います。もう歌っているか?

「石井好子→加藤登紀子→中島みゆき」

という連想で、シャンソンが中島みゆきさんに結びつきました。

(2010、7、25)

2010年7月26日 11:43 | コメント (0)

新・ことば事情

4080「吸イーツ」

最近よく目にする(耳にする)コマーシャルに、外国人が次々と顔のサイズで出てきて、何語か分からないけど、なにやらひとこと、言葉を発しているものがあります。その最後には、

「新感覚・吸イーツ ドロリッチ」

という文字が出てきます。グリコの飲み物のコマーシャルですが、「飲み物」にしては感覚が新鮮、ということなのでしょうね。このCMの字幕の表記に注目しました。

「吸イーツ」

というもの。「飲む」というより「吸う」感覚が特長なのでしょう、そしてそれはデザート(甘味)のようなものなので、「スイーツ」と「吸う」を引っ掛けた表記「吸イーツ」が生まれたのでしょう。

その背景には、

「スイーツという言葉が定着した」

ということがあると思います。だからこそ、その変形の「吸イーツ」が出てきたのでしょうね。

私個人のイメージとしては、「吸」という漢字を見ると、

「吸血鬼」「吸盤」

を思い浮かべてしまうのですが。チュー・・・・っと。血ィ吸うたろか。これは間寛平さんのギャグでした。

 

(2010、7、25)

2010年7月26日 10:42 | コメント (0)

新・ことば事情

4079「生訪問・生配達・ナマ配達」

 

「情報ライブミヤネ屋」が714日に放送1000回を迎えたのを記念して、視聴者の方・1名様に「3Dテレビ」をセットでプレゼントしようという企画には、なんと7万通を超える応募を頂きました。ありがとうございます。そして惜しくも落選した方、ごめんなさい。7万分の1、ですからご容赦を・・・・。

その3Dテレビ、当選した方に配達する様子を番組中に中継しようという企画が、723日〔金〕に行われました。広島県の方に当たったのですが、五十嵐アナウンサーが「配達人」として現地に向かい、中継してくれました。

その模様を表した表現で、スーパーに、

「生訪問」「生配達」

というのが出てきて、思わず、

「うーん・・・。」

とうなってしまいました。

これは確かに「生」(中継)で「訪問」「配達」の様子を伝えるというところがメインなワケで、「生」を外すとインパクトも弱くなるし、伝わりにくい。しかし「生訪問」「生配達」なんて言葉・表記は、もともとあり得ないわけで・・・。

結局悩んだ末、「生訪問」はそのまま使い1回だけだけど)、「生配達」は1か所のサイドスーパーは「生」をカタカナにして、

「ナマ配達」

という形にして、あとは「生」を「○」で囲んだ形

「(生)配達」・・・( )=○

というデザインの表記にしました。苦肉の策です。

でも・・・実はその1週間前に、

「コンサートで生報告」

というスーパーもOKで通していたんです・・・。「生」に苦しむ毎日せめて仕事終わりには「生」をのどに流し込んで・・・。

 

(2010、7、25)

2010年7月26日 06:41 | コメント (0)

新・ことば事情

4078「あらへん2」

 

「平成ことば事情4074あらへん」に関して、「京都人」さんから感想・質問を頂きました。

 

「今回のテーマも興味深く読ませて頂きました。でも、疑問が一つ。大阪弁では『しーへん』と言うんですか?京都というか、私は、『せえへん』か『しーひん』と言っていると思います。『する』は『くる』と同様に、イレギュラーな動詞だからだと思うのですが。この私が使う、『しーひん』の『ひん』は文法的な規則なのか、なまったものか、疑問は尽きません。これからも、オモシロ日本語の解説、楽しみにしています。」

 

すみません、ご説明が足りませんでした。普通は大阪弁では、

「せえへん」

ですね。「しーひん」「しやへん」が京都弁で、大阪弁と京都弁の融合形が「しーへん」で、ご指摘どおりこれはちょっと例外的なものだと思います。そういう形もあるということで。

またアメリカ在住のI先輩(京都出身)からもメールをいただきました。

 

『「あらへん」のこと。

ぼくも不思議に思ってました。

そもそも関西弁の「へん」って何なんでしょうか。

「広辞苑」によると「室町時代以降、口語の否定の助動詞としては、三河以東は「ない」、尾張以西は「ぬ(ん)」を用いた(東西方言の大きい相違のひとつ)」とあります。それを踏まえて想像するに、「し・ない」の意味の古語の「せ・ぬ」→「せん」→「へん」になったのではないでしょうか。

名古屋方言ではまだ、「せん」は残ってます。例:「おえりゃーせん」。それが関西ではsen音がhen音に変化した、というのはどうでしょうか。

それにしても、「ある」に「ない」が結合しないのは不思議。

「ある」と同じく、古語ではラ行変格活用の「おる」についても、「おらへん」はいけますが、「おらない」は言いませんね。

それから、標準語の口語では「ある」の否定として「ない」はつきませんが、「あり・ません」はありますね。

話は少し変わりますが、アメリカの高校生に日本語を教えていたときに、

口語で「です」の否定が「ではありません」になるというのを説明するのに苦労しました。

「です」が短いのに、なんでその否定形がそんなに長いんやと思うわけです。

関西弁なら「~とちゃう」でええんですけど・・・。

この疑問、ぜひ研究なさって、その結果を世に知らしめてください。

「あらへん」問題で悩んでいる人はきっと多いと思います。』

 

いやあ、そんなにたくさんは「おらへん」のとちゃうやろか、とは思いますが・・・、しっかりと反応してくださってありがとうございます。

「来ない」の意味の「けーへん」に関しては、元・大阪大学大学院教授で、現在は奈良大学教授の真田信治先生が、

「きはせぬ」→「きやせん」→「きゃへん」(「きーひん」)「きーへん」→「けーへん」

というような変化を教えてくださったことがあります。つまり、

「せぬ」の「せ」→「へ」&「ぬ」→「ん」=「へん」

ということでしょう。つまりI先輩のご指摘どおりです!

関西弁で「サ行→ハ行」は現在も多くて、

「さようなら」→「それなら」→「そんなら」→「ほんなら」→「ほな」

「それで」→「ほいで」→「ほんで」

「そうしたら」→「そしたら」→「ほたら」

といった感じですね。

また、ご意見お待ちしています!

 

(2010、7、25)

2010年7月26日 00:38 | コメント (0)

新・ことば事情

3946「生ライブ」

千原ジュニアとケンドー小林のトーク番組『にけつッ!!』(読売テレビの制作です)4月21日の放送を見ていたら、

「船上生ライブ」

なる言葉が出てきました!

「"生"ライブ」

って...「生」でない「ライブ」があるんかい!?しかもその模様を「録画」して放送しているのに・・・。つまりなんですか、

「生ライブの録画放送」

を見ているわけですか、私たちは。

という理不尽な思いは置いておいて、なぜこんな「生ライブ」なる言葉が出てきたか?

うーん、あ、そうか、ここで言う「ライブ」というのは、

「コンサート」「演奏」「(演劇や漫才、トークなどの)舞台」「ステージ」

のことで、「生」なのか「録画」なのかは意味していない。こういったものはこれまでは「生」が当たり前だったけど、それが収録したり中継されて本当の意味で「生」じゃない形で提供されることも増えてきたと。その中で、本当に「生」であるということを強調するために「生」とつけたと。「ライブ」は直訳した「生」の意味ではなくて「コンサート」「(演劇や漫才、トークなどの)舞台」「ステージ」「演奏」の意味であると。

意味の分化が起きたことと、強調語としての「生」という漢字・一文字の言葉が出てきたことで(参考:平成ことば事情3919「生ゲンカ」)、

「生ライブ」

という言葉が生まれたのではないか。うーん、不思議なもんですな、言葉って。

『三省堂国語辞典』で日本語としての「ライブ」を引いてみたら、

「ライブ」(1)なま演奏(のコンサート)。また、舞台での演奏。(例)「ライブ盤」「ライブ活動」(2)<ラジオ・テレビの>実況(放送)。現場中継。

うーん、まあそうですね。「ライブ盤」は「生演奏の録音記録」ということで・・・でも「生演奏でない録音記録」ってあるのかな?山下達郎が一人でバックコーラスもやってしまったものなどはそれにあたるか?そちらの方が例外的?でも「カラオケ」で歌っている様子を録音すれば、生演奏でないものと生演奏がミックスされたものの録音になるな・・・混乱してきました。

あと、

「(千原)ジュニア」

のことを「さん付け」で呼ぶ時に、

「ジュ/ニアサン」

「平板アクセント」なのにも驚きました。

(2010、4、22)

(追記)

日経新聞に挟み込まれている「日経REVIVE(リヴァイブ)20106月号」という情報紙は、「音楽」「LIVE」を楽しもうという特集でした。その中で、

「(音楽の)醍醐味を存分に味わうためには『生』をお勧めしたい」

として、「生」を使った言葉が3段階で紹介されています。。

「LIVE 生音を堪能しよう。」

「PLAY 生演奏を楽しむ。」

「BAND 生ライブに挑戦。」

ここでも「生ライブ」が出てきました。

(2010、7、25)

2010年7月25日 23:54 | コメント (0)

新・読書日記 2010_135

『神の手(ゴッドハンド)のミッション福島孝徳~すべてを患者さんのために捧げた男』(徳間書店取材班編、徳間書店:2008、7、31)

 

うーむ、日本にもこんなにすごいお医者さんがいたとは!全然知りませんでした。素人は知らないだけで、こういったスゴイお医者さんは、結構たくさんいるんだろうな。ちょうどこの間読んだ、海堂尊の『ブレインズメス1990』(講談社:2010715)の主人公の先生のよう。「事実は小説よりも奇なり」なのか。こういった先生は日本では生きにくくて、海外で受け入れられるというところもよく似ている。海堂さんのノンフィクションで去年読んだ『外科医 須磨久善』(講談社:2009722)の須磨先生もすごかったけど。

この本、徳間書店の取材班が書いたということで、ちょっと「ヨイショ」系の感じがしないでもないが、「こういう人がいるよ」と知っただけでも価値はあると思う。

福島先生のモットーは「手術一発全治」「血一滴、金一グラム」だそうで、こういった天才と一緒に仕事をするのは、周囲の人は大変だろうとは思います。


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(2010、7、24読了)

2010年7月25日 22:34 | コメント (0)

新・ことば事情

4077「みつばちハッチとみなしごハッチ」

723日朝の読売テレビ「す・またん」で紹介していたアニメ映画のタイトルは、

「みつばちハッチ」

でした。いやあ、なつかしいな「ハッチ」、子どもの頃にやっていたな、と思いながら「ちょっと待てよ」と。昔のタイトルは、

「みなしごハッチ」

だったよな。これ、「みなしご」ではなく、「みつばち」になっている。もちろん主人公は「みつばち」なんだけど...やはり「みなしご」はまずいのか?

そういえば同じ頃放送していたプロレスのアニメ『タイガーマスク』のエンディング曲の歌詞にも、

「"みなしご"さ」

という部分がありましたが。最近「みなしご」って言葉は聞きませんよね。

「時代」かな・・・と思っていたら、たまたま読んでいた『声と日本人』(米山文明、平凡社選挙書:1998223という本の中に、美空ひばりの話とディスコグラフィーが出てきました。そこに美空ひばりの曲名で、

『みなし子の歌』(昭和25年・1950年)

というのが堂々とありました。

調べてみると、『昆虫物語・みなしごハッチ』は、昭和451970)年から461971)年、『タイガーマスク』は、昭和441969)年から461971)年に放送していたようです。時期は重なっていますね。戦後すぐの美空ひばりの『みなし子の歌』の時代から、これらのアニメ放送があった昭和40年代半ばまでは、「みなしご」は生きた言葉だったのでしょうが、その後実態がなくなって「死語」となったのか?まず「みなしご」という言葉が「差別的だ」と排除されたのか、そのあたりはわかりませんが、いずれにせよ、21世紀の現代においては「使われない言葉」になっており、40年ぶりに「ハッチ」の映画を作るにあたって「みなしご」をそのまま使うことはそぐわないという判断がされたのでしょう、と推測しています。

 

(追記)

昨夜、子どもに寝る前に読んでやった絵本「小公女」に、

「みなしご」

という表現が出てきました。絵本の世界では「みなしご」は生きていました。子どもは、「アルプスの少女」に出てくる先生(ロッテンマイヤーさん)と、「小公女」に出てくる意地悪な先生(=ミンチン先生)「同じ人」だと思っているようです。確かにこのシリーズの絵本では、年格好や服の色などよく似ています。

                      (2010、7、27)

 

(追記2というか訂正)

yoshi-qさんからご指摘を受けました。

「(追記に出てくる)ハイジに出てくる女執事の名前は「ロッテンマイヤー」です。」

あれ?そう書かなかったっけ?あ、「ロッテンイヤー」と書いたかな?と思って見てみると、

「ロッテンイヤー」

と書いてありました。あ、「マ」が抜けている・・・マヌケ・・・。

yoshi-qさん、ありがとうございました。

 

 

 

 

(2010、7、25) 

2010年7月25日 19:40 | コメント (1)

新・ことば事情

4076「ぱくり」

けさ、5歳の娘と保育所に行く途中のこと。「しりとり」をしながら、手をつないで行きました。いつものように「しりとり」で「り」から始まります。

「りんご」「ゴリラ」「ラッパ」

とつながって、娘の番。

「ぱくり」

「・・・!ちょっと待ったぁ!『ぱくり』って、どんな意味か知ってるの?」

「しってるよ!」

「どんな意味なん?」

「ひとのものを、かってにとることやん」

「なんでそんな言葉を知ってるの?誰が言ってたん?」

「みずきちゃんがいってた」

コワイなあ、家でしゃべってる言葉、全部、保育所でしゃべられて、それを他の子が覚えてしまうなんて・・・みずきちゃんのお父さん、お母さんも大変ですね。

ハッ!うちの中の言葉も、もしかして・・・・。

(2010、7、23)

2010年7月25日 13:14 | コメント (0)

新・ことば事情

4075「しかも」

 

けさ、5歳の娘と保育所に行く途中の会話。

最近ずいぶん背が伸びて(実際、先日の「身体測定」の結果を見ると、先月より1センチ以上、背が伸びていました)、手も足も大きくなった感じのする娘。

「おっきくなったなあ。きのうよりも背ぇ、伸びたんちゃう?」

というと、ほめられているように思うのか、すごくうれしそう。自慢げです。でもちょっと、照れている感じもあります。そんな表情での答え。

「ごはん、いっぱいたべてるし。しかも、くつはいてるし。このくつ、底が厚いねん。だから大きく思うんとちゃう?」

おお!この、

「しかも」

という言葉の使い方が、「5歳」児ともなるとできるのかあ!と感心。論理的だあ!

体の成長とともに、頭(=ことば)の成長に感心したのでした。

(2010、7、24)

2010年7月25日 10:13 | コメント (0)

新・ことば事情

4074「あらへん」

以前から気になっていたのだけど、ふと思い付きました。それは、

「『ある』の『否定語』は、標準語にあるのか?」

という問題。標準語だと「ある」の「反対語」としては、

「ない」

ですが、「ある」の「否定語」は、存在しないのではないか?

ところが大阪弁の場合は、「ある」の「否定語」として、

「あらへん」

という言葉があります。これにあたる語が、標準語にはないのではないか?という話。

そして、「あらへん」と「ない」の違いは?

大阪弁の場合、「否定辞」の「へん」は、標準語の「ない」に置き換えられますね。つまり、標準語の、

「こない」

「ない」を「へん」に置き換えて

「こーへん」

という「ネオ方言」(BY真田信治先生)にすることが可能。そのほか、

「食べない」→「食べへん」

「寝ない」→「寝-へん」

「走らない」→「走らへん」

「着ない」→「着―へん」

「しない」→「しーへん」

という各動詞でも置き換えられます。

「ありえない」→「ありえへん」

もOK。で、「あらへん」を逆方向の矢印で変換して、

×「あらない」←「あらへん」

不可ですね。なんでやろ?

前まえから気になってたんだけど、まだ答えは出ていません。"宿題"ということで・・・。

(2010、7、24)

2010年7月24日 19:12 | コメント (1)

4073「ペディグリー」

『週刊文春』の「阿川佐和子のこの人に会いたい」。722日号のゲストは、漫画家の西原理恵子さんでした。読んでいたら、そのページに載っていた本の広告に目が止まりました。

『血統~ペディグリー』

え?ペディグリーって、あのペットフード

「ペディグリーチャム」

「ペディグリー」?「血統」という意味だったのか!!

あわてて英和辞典を引きました。

Pedigree

(1)家系、血統、由緒ある家柄(純血種の家畜の)血統

(2)(人のすぐれた)経歴、背景:(物の)歴史

(3)系図、家系図(純血種の動物の)血統書、純粋種の動物

そうだったのか!!全然知りませんでした。ペットも飼ってないからかな?え?英語が弱いから?それはそうなんですけど・・・。

(2010、7、22)

2010年7月24日 10:21 | コメント (0)

新・読書日記 2010_134

『ルリボシカミキリの青』(福岡伸一、文藝春秋:2010、4、25)

 

本業は生物学の先生なのに、文章がめちゃめちゃうまく、おもしろく、僕達にとって新鮮で目新しい事実を教えてくれる「福岡ハカセ」。文章がオシャレだ。でも、この自称「福岡ハカセ」というのはキライだ。やめてほしい。「僕」とか「私」にしてくれたら、ずっと好感度が増すと思うのだが・・・。通じるところがあるのは、若き日の「藤原正彦先生」かな。

『週刊文春』での連載は、イラストがあまり好きではないことなどもあいまって、あまり読んでいない、週刊誌の連載で1ページを読むよりも、こうやってまとまって読む方が、価値が上がるように感じるのだ。なんでだろ?『文春』では小林信彦のエッセイ(見開き2ページ)は読むのに。1ページということで凝縮しすぎているからだろうか?あまり読む気がしないのは。

この単行本、デザインも良い!表紙の上に描かれた「ルリボシカミキリ」。そしてバックの縦じま。かっこいい。

 


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(2010、7、18読了)

2010年7月23日 19:52 | コメント (0)

新・ことば事情

4072「ソウル五倫」

 

毎日のように「ミヤネ屋」で字幕スーパーのチェックをしていると、思わず笑ってしまうような間違いもあり、放送に出る前だと、気分も和みます。出た後だと眉間にシワが寄りますが・・・。

きのうはこんな間違いを発見!

×「ソウル五倫」

うーん惜しいなあ。「人べん」と「車へん」の違いか。しかしこんな漢字、変換で出るかね?これだと「オリンピック」ではなく、「フリンピック」ぽい感じがしてしまいます。(思わず、うまいっ!の声)しかしもちろん正解は、

○「ソウル五輪」

ちなみに、辞書を引いてみると、

「五倫」

という言葉もあるのですね!その意味は、

「儒教で基本となる五つの対人関係。父子・君臣・夫婦・長幼・朋友。人倫。またその間にあってそれぞれ守られるべき道」

を言うそうです。ちゃんと「五倫」を守って「五輪」と書いて下さいね。あれ、宮本武蔵は「五輪書」だっけ?「五倫書」だっけ?(正解は「五輪書」)

(2010、7、23)

2010年7月23日 19:21 | コメント (0)

新・ことば事情

4071「間際と間近」

映画の宣伝で来日したハリウッド俳優「ニコラス・ケイジ」に、子どもマジシャンの「山上兄弟」がインタビュー!722日の「ミヤネ屋」の中での一コマです。6年前にヒットした(そうです)山上兄弟も、もう15歳と14歳。すっかりおにいちゃん。今回「リポーター」役は、初挑戦です。

2人は、ニコラス・ケイジが歩いてくる「レッドカーペット」の近くまで行きスタンバイ。その時のコメントが、

「レッドーカーペットの間際に来ました!」

でしたが、うーん、惜しいな、それを言うなら、

「レッドカーペットの間近に来ました」

だよな。基本的には、

「間」=「時間」

「間」=「距離」

ですね。

「出発間の出来事」

「スターを間で見た」

というふうに使います。でも・・・必ずしもそうでないところが問題で、実は

「滝の間に立った」=距離

「出発が間だ」=時間

という使い方もOKですよね?つまり、

「時間と距離の関係には、似たところがある」

ということなのでしょうか?「光の速さ」を基準にした単位

「光年」

「距離」を表すところからもそれは推測されますが、なかなか使い分けは難しいようです。Google検索では(7月23日)

「出発間」=6万2800件

「出発間」=6万2300件

で、ほぼ同数ですね。

「発車間」=4万5400件

「発車間」=  2870件

これだと「時間」は「間」が優勢。また、

「滝の間」=3万6700件

「滝の間」=7万4600件

で、これで見ると「距離」を表す場合は(「滝」だと)「間」の方が使いやすいのかもしれません。

(2010、7、23)

2010年7月23日 18:02 | コメント (0)

新・読書日記 2010_133

『<わかりやすさ>の勉強法』(池上彰、講談社現代新書:2010、6、20第1刷・2010、7、2第3刷)

すごーい、売れてるんだ!池上さんの現代新書シリーズ第3弾。たしか1冊目を読んで、大体わかったので、その後はマークしていなかった。というのも、私が普段実行していること、考えていることと「まるっきり同じ」、というと言い過ぎだとしても、「ほぼ同じ」ことが書かれているので「わざわざ買って読まなくても・・・」と思った次第。

今回は、パラパラ立ち読みをしたら、「キモ」という言葉が多様されていたので、「キモ」について書く予定の私としては「参考書」として購入。

内容は妥当だが、全部読まなくても、帯と目次を読めば8割方OK。あとはおもしろそうなところを拾い読みすればいいのではないでしょうか。いま旬の人ですからね、池上さんは。読む価値はあり。

 


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(2010、7、21)

2010年7月23日 16:38 | コメント (0)

新・読書日記 2010_132

『世界ヒコーキ紀行』(チャーリィ古庄、イカロス出版:2010、4、20)

「イカロス出版」と言えば、知る人ぞ知る、知らない人は知らない、飛行機の写真の本をいっぱい出している出版社。「チャーリィ古庄」といえば知る人ぞ知る、知らない人は知らない航空フォトジャーナリスト。ずっと年上の人かと思ったら、1972年生まれ!?若いじゃん!

まあ"鉄ちゃん"の"ヒコーキ版"だと思っていただければ...フォトジャーナリストですから"撮り鉄"ならぬ"撮り航"?そしてもちろん"乗り航"。こんな言葉があるかどうか知りませんが。

素晴らしく美しい写真と、飛行機マニアでなければあまり意味を感じないのでは?という写真が満載。貴重な記録だと思う。そして大変詳しい航空会社の事情のリポートも。たぶんチャーリィさんは、飛行機ももちろん好きだけど、それを運航する人たちのことも基本的に好きだと思う。零下30度の中、オーロラと飛行機のツーショット写真を撮るなんて、『イッテQ』並みの努力とバカらしさの果ての美しい一枚の成果なのではないでしょうか。ローコストキャリア(LCC=格安航空会社)の質の向上というところが大変興味深く感じられた。

本に出てくる航空会社で私も乗ったことがある航空会社に「プーケットエア」がある。しかし・・・その後この会社は運航停止になったとか。ランキングで「世界一危険な航空会社」になったとかいうニュースを聞いたのは、乗ったあと。無事に日本に帰ってきたあとだったけど・・・。チャーリィさんの危ない飛行機の見分け方は、機内や機体の掃除か行き届いていない飛行機、なのだそうだ。飛行機も「見た目が9割」か?

なお、特に"ヒコーキおたく"でもない私が、こんなマニアックな本を手に入れたきっかけは、著者の名前や作品を小学生時代から知っていた"マニアックな息子(中1)"のおかげである。

 

 


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(2010、7、19読了)

2010年7月23日 14:37 | コメント (1)

新・読書日記 2010_131

『即答するバカ』(梶原しげる、新潮新書:2010、7、20)

「即答」できるのは、「頭の反射神経がいいから」だと思うのだが、ここで言う「即答するバカ」というのは。いわゆる「考えなし」のヤツのことだろう。

例によって新潮新書、『バカの壁』を当てたものだから、なんとかの一つ覚えのように「バカ」を使った刺激的なタイトルを・・・普通ならわたしは買わないが、梶原さんの本なので買った。きっとタイトルを付けたのは梶原さんではなく、編集サイドなんだろうと思う。だって内容は、タイトルみたいに失礼な話ではないから。非常に"慎重に"昨今の言葉の乱れを嘆き、また市井の、そして芸能界の巧みな話術の実例などを紹介しながら、よりよいコミュニケーションの取り方を教えてくれる。そこに梶原さんのお得意な"心理学の知識"もまぶされる。後半、NHK放送文化研究所の研究発表の結果を紹介しながら、私の知り合いでもある塩田雄大・専任研究員も登場!最後の方には私のブログも紹介してくれてあった!ありがとうございます!

出たばかりの本の感想を「即答」した私でした。

 


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(2010、7、19読了)

2010年7月23日 12:36 | コメント (2)

新・読書日記 2010_130

『名文どろぼう』(竹内政明、文春新書:2010、3、20第1刷・2010、4、30第4刷)

 

いや、脱帽です。うまい!おもしろい!!ためになる!!!

たしか3月に出たときにもチェックしていましたが、タイトルから「引用」を紹介しただけなんじゃないの?と思って手に取りませんでした。しかし!著者が読売新聞の「編集手帳」の筆者だと知りガゼン興味が湧き購入すると、なんと初版からたった1か月あまりで4刷ではないですか。すごい売れ行き。

読んでみると、さもありなん。うーん、この幅広い知識と、それらを首飾りのように見事に繋いでいる筆の進み方は「見事!」というしかない。

私は甲南大学の「マスコミ言語研究」の授業の中で、冒頭、社説やコラムの段落分けと100字要約を学生にやらせていますが、毎年見ていても、読売の「編集手帳」のうまさは群を抜いています。日経の「春秋」も悪くない。ふた昔ほど前ならこういったコラムと言うと朝日の「天声人語」だったんですが・・・。「産経抄」も石井さんが書かなくなってからは「おお!」というものが見当たらない気がします。それ以外のコラムでいつも読むのは、日経・木曜日スポーツ面の豊田さんのコラム。これも絶妙。

さて、この本では「方言と余情」「バクチと運」「マイクと声」などは、「ウーム」と唸って「ハハハ」と笑った。また巻末の「引用索引」は、実はこういった名文を書けるようになるための「参考図書の文献」。つまり「おすすめの本」、ブックガイドとしても使えるということです。活用されたし。

 


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(2010、7、20読了)

2010年7月23日 10:35 | コメント (0)

新・読書日記 2010_129

『ふたたび、時事ネタ』 (斎藤美奈子、中央公論新社:2010、6、25)

これも呉智英さんと同じく「久々!」に見つけた斎藤美奈子さんの本。雑誌に書いていたものを、まとめたもののようですが。あとがきはなんとこの「62日」に書いたという新しさ。

いつものように、キレています。

でも、以前は気付かなかったのだけど、斎藤さんはかなり「左」の人なんだなあと、この本を読んで初めて感じました。「時事ネタ」なので政治関係の噺が多くなっているからか。

「私たちの前には麻生新内閣が忽然と誕生しているのである。」(161ページ)

(「とてつもない新政権」誕生す)で、「忽然と誕生」という「忽然」+「現れる」という形の文章が出てきました。やはり「忽然」は「消える」だけじゃないのね。

 


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(2010、7、12読了)

2010年7月22日 23:34 | コメント (0)

新・読書日記 2010_128

『言葉の煎じ薬』(呉智英、双葉社:2010、6、20)

久々に呉智英さんの新しい本を見つけて読んだ。『バカにつける薬』(だっけ?)以来続く、双葉社の「薬」シリーズ。・・・でも調べたらあと『言葉につける薬』『言葉の常備薬』があるだけだから、シリーズと言えるかどうか。それでも双葉社は、呉さんの本をたくさん出している気がします。文庫でも出てるし。『マンガ狂につける薬』というのはリクルートから出てるな。薬づけだなあ・・・呉さんはそういった意味では、"知的世界のお医者様"、"薬剤師"か?

いつも「新しい発見」に驚かされる。ワクワクしながら読める本。しかも、池上さんの本みたいに「そうだったのか!」と口に出して言ってしまうような。

ちょうど気になっていた「ひもとく」も出てきたので、参考にさせていただきます!

 


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(2010、7、10読了)

2010年7月22日 19:55 | コメント (0)

新・ことば事情

4070「パウルか、パオルか」

 

715NHKBS1午前350のニュースで、あの南アフリカのサッカーワールドカップで、ドイツ代表の試合結果を全て当てたタコのニュースをしていました。そう、

「パウル君」

です。しかし、NHKのそのニュースでは彼のことをこう呼んでいました。

「ドイツのタコ・パオル」

え?パオル?それって、「パウル」とは別人?・・・いや別タコ?・・・濁ったら別ダコ?

ドイツ語では「パオル」なのでしょうか?NHK以外のテレビや新聞は、私が見た限りは全部「パウル」です。NHKはなぜ「パオル」?

Google検索では(720日)、

「タコ、パウル」=158000

「タコ、パオル」=   902

でした。一応、

「パウル」=3260000

「パオル」= 14200

でもありました。あ、「君」もつけてやろう。

「パウル君」=758000

「パオル君」=   4010

「1字違い」で大違い。

(2010、7、20)

2010年7月21日 10:53 | コメント (2)

新・読書日記 2010_127

『ブレインズメス1990』(海堂尊、講談社:2010、7、15)

散髪の帰りに淀屋橋の本屋に寄って見つけて買った8冊のうちの一冊。339ページを、買ったその日のうちに読み切った!おもしろかった!ここの登場人物たちが、後のほかの海堂作品にもつながっている意味では「スピン・アウト」であり、『スターウォーズ』の「エピソードなんちゃら」のようでもあり、これまでの作品を読み返したい衝動に駆られる。そのタイミングで過去の作品の文庫版が出るとか、「やっぱり、上手にお商売してるなあ」と。

気になった表現。

*「藤原婦長」(119ページ)<1990年は当然、「婦長」でしたね、「師長」ではなく。>

*「よろしくな、ジュノ。君だけが頼りさ。私は日本では、ひとりぼっちのみなしごだから」(119ページ)<「みなしご」という表現。>

*「手渡された本のタイトルは『モナコを歩き倒す』」(51ページ)<「歩きまくる」ではなく「歩き倒す」。関西風。>

*「ウケを狙った唐突な比喩は、会場からは完全にスルーされた。」(277ページ)<海堂さんは「スルー」という表現が好き。>

*「後の東城大の歴史を紐解けば」(338ページ)<おお「紐解けば」!「繙く」ではないのか?しかも「歴所」ではなく「歴史を」紐解く。やっぱりもう一般的な表現だよなあ。


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(2010、7、19読了)

2010年7月20日 20:22 | コメント (1)

新・ことば事情

4069「小沢一郎こと小澤一郎」

 

7月15日、東京第1検察審査会が、民主党の小沢一郎・前幹事長の資金管理団体「陸山会」の2007年分の政治資金収支報告書の虚偽記入疑惑を巡って、不起訴処分とした東京地検特捜部に対して、

「不起訴不当」

と議決しました。これは、11人の検察審議会の委員のうち「過半数」の決定で出されるもので、11人中8人以上で出される、

「起訴相当」

の議決よりは弱いものです。

その議決が書かれた小さな紙が掲示板に張り出される様子をテレビニュースで見ていたら、対象者の名前のところに、

「小沢一郎こと小澤一郎」

と書かれているのがチラッと見えました。え?「こと」って、どういうこと?と思って一瞬考えて、

「そうか!」

とひらめきました。戸籍上は小沢さんの「さわ」は、旧字体の難しい「澤」だけど、現在、一般的には本人も含めて「沢」を使っている。通名の表記が「小沢」で、戸籍上が「小澤」なので、さすが法律に関する役所ですね、そこのところ、漢字の違いを「こと」をもって示しているということですね。

でもほんとに「チラッ」と「こと」が見えただけなので、「そうじゃないかなあ」と思っただけで、確信は持てないのですが。

(2010、7、16)

2010年7月17日 13:08 | コメント (0)

新・ことば事情

4068「スナメリ死亡」

 

暑いです。梅雨明け間近です。きのう(7月15日)会社の近くで、この夏初めてセミが鳴いているのを聞きました。夏です。

暑いと体調を崩すことも。人間だけではありません。動物も。

そこで「スナメリ」です。

大阪の水族館「海遊館」のスナメリ「クリン」君が、突然体調を崩し、死にました。生前、彼とは、私は面識はありませんでしたが・・・。それを報じた716日朝日新聞朝刊の見出しは、

『スナメリ「クリン」突然の別れ~海遊館』

というふうに、

「突然の別れ」

という表現を使っていましたが、本文の方は、

「スナメリのクリン(オス、2歳)が15日、死亡した」

「同日午後に死亡した」

というように、「死んだ」ではなく、「人間」と同じように、

「死亡した」

を使っていました。このニュースを扱っていた他の新聞では、

<読売>

(見出し)海遊館スナメリ「クリン」死ぬ~おじぎのしぐさ人気

(本文)死んだ。

<産経>

(見出し)「海遊館」人気者スナメリ天国へ

(本文)死んだ。

「死亡」は使っていませんでした。(毎日、日経では、記事が載っていなかったか見逃したかで、わかりませんでした。)

この動物の「死亡」に関しては、

「平成ことば事情136海くん、死亡」

「平成ことば事情271犬、死亡」

「平成ことば事情489死亡牛・廃用牛」

もお読み下さい。

 

(追記)

2011118日の朝刊に、福岡市動物園で飼育していた国内最高齢の西ローランドゴリラ「ウイリー」が死んだという記事が出ていました。推定年齢は4547歳、人間なら80歳代に当たるということです。その記事の見出しは、

「国内最高齢ゴリラ 天国へ」(読売)

「国内最高齢ゴリラ天国へ~トップの座は短命でした」(産経)

「国内最高齢ゴリラ逝く~福岡『ウイリー』推定45歳以上」(朝日)

で、読売と産経は全く同じ大文字の見出し文字。産経の「トップの座は短命でした」というのは、去年12月に名古屋・東山動物園の53歳のゴリラが死に、ウイリーは国内最高齢になったばかりだったから、ということです。合掌。

 

 

 

 

(2010、7、16)

2010年7月16日 17:20 | コメント (0)

新・読書日記 2010_126

『東京の副知事になってみたら』(猪瀬直樹、小学館101新書:2010、6、6)

タイトルだけ見たら「体験記」みたいだけど、まあ、「体験記」だよなあ。普通、一般人は「副知事」になれないし、ずっと専門職として行政や政治家をやってきたというわけではない「作家の猪瀬氏」が、たまたま「副知事になってみた」わけだから。そういう意味では「副知事の仕事内容ってどんな感じなんだろう?石原都知事は、普段はどんな感じなのかな?また周囲の人たちは、知事や副知事にどんなふうに接しているんだろうか?」というような興味が掻き立てられる本だ。

実際、"部外者""異分子"の「猪瀬副知事」が、都庁の中に入って戦っていく様子などはワクワク・ドキドキしておもしろい。素人目線で、

「お役所の『当たり前』」が「一般市民の『非常識』」

であることを暴いていくのは、快感である。

ただ、きっと猪瀬さんの任期が終了したあとは、また元に戻ってしまうのだろうなあ・・・という気が、どうしてもしてしまう。でも、「やらないよりは、やった方が良い」に決まっているのだ。

 


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(2010、7、13読了)

2010年7月16日 13:23 | コメント (1)

新・ことば事情

4067「福岡県で生誕」

 

劇作家のつかこうへいさんが亡くなりました。その訃報を伝えるニュースで、つかさんの軌跡をたどっていたら、こんな言葉が出てきました。

「福岡県で生誕」

え?「生誕」・・・「生誕」はオーバーじゃないか、ここはやはり、

「福岡県で誕生」

でしょう。たしかに「生誕」と「誕生」は、漢字が入れ代わっていても「同じ意味」です。しかし、この言葉を、

「誰に使うか?」

という点では違いがあります。「誕生」は誰にでも使えますが、「生誕」は、

「歴史的な偉人(=完全に過去の人)」

にしか使えません。つかさんは、もちろん偉人ですけど、まだちょっと過去の人になるには早い。そう感じて国語辞典を引いてみたのですが、あまりそういうふうには書かれてはいませんでした。調べた中では、『明鏡国語辞典』が、

「ふつう偉人などについて使う」

『岩波国語辞典』には、

「多く、偉人などについて言う」

と書かれていました。たしかにふつうは、

「山田君の所に、女の子が"生誕"したそうだよ」

とは言いませんもんね。

(2010、7、15)

2010年7月16日 10:21 | コメント (1)

新・ことば事情

4066「栄養ドリンクかユンケルか」

 

酒気帯び運転容疑で逮捕された武庫川女子大学の教授が、警察の調べに対して、

「栄養ドリンク『ユンケル』を40本飲んだが、酒は飲んでいない」

容疑を否認していた事件が昨日(714日)の新聞に載っていましたが、けさ(715日)の朝刊を見ると、

「栄養ドリンク『ユンケル』は10本飲んだが、缶ビール(350ミリリットル)も5本飲んだ」

容疑を認めていると出ていました。

そうだろうな、「ユンケル」40本は飲めないだろうし・・・。

その供述の「おかしさ」にも目を引かれましたが、もう一つ気になったのは、新聞によって「飲んだもの」を示す表現が違ったことです。

朝日・産経は「栄養ドリンク」

毎日・読売は「ユンケル」

スポーツ紙は「ユンケル」(写真まで載せて40本分、という新聞も)

日経は記事が載っていませんでした。

つまり「ユンケル」という「商品名」を出すかどうか、ですね。

こういった、犯罪で捕まった人の発言の中に商品名が出てくるのは、それを販売している会社にとっては「マイナスイメージ」ですし、本当にその会社の商品が使われたかどうかも分からない場合に、その商品名を出す意味があるのか?ということもあります。なかなか難しい問題です。

「ユンケル」という商品名を出した新聞記事では、「ユンケル」の製造販売元「佐藤製薬」にも取材してそのコメントを載せていました。確かに33種類ある「ユンケル」には最高で3%のアルコール分が入っているそうです。しかし、

11本という服用基準も書いてあるし、40本飲むなど想定外。普通は数本も飲むと気持ち悪くなるはずだ」

という声が載っていました。

(2010、7、15)

2010年7月15日 21:20 | コメント (0)

新・ことば事情

4065「携帯電話の数え方」

先日、日本相撲協会を解雇された「大嶽親方」が、部屋から出てきたところを、報道の記者が歩きながらインタビューを試み、「元」大嶽親方がそれに答えていました。その中で記者が、

「(押収された)携帯電話の台数は?」

という質問をしたところ、「元」大嶽親方はこう答えました。

「台数?1個しかないっす」

つまり、記者は携帯電話の数え方(助数詞)は、

「台」

だと思ったのに対し、「元」大嶽親方は違和感を覚えて、

「個」

で答えたというシーンでした。

私も所属している日本新聞協会新聞用語懇談会放送分科会2008年9月にまとめた『放送で使用する助数詞』という冊子によると、「携帯電話」は「電話」と同じく、

「台」

で数えることになっています。「元」大嶽親方は42歳助数詞は何でも「個」で数える世代なんでしょうかね?

(2010、7、13)

2010年7月15日 10:55 | コメント (0)

新・ことば事情

4064「シリコーン」

 

56日の日本テレビ「ニュースゼロ」で、

「シリコン」

で指紋を偽造したという韓国人の男が捕まったというニュースを放送していました。しかしそのニュースを聞いて私は、

「あれ?」

と思ったのです。これ、実は「シリコン」ではなく、正しくは、

「シリコーン」

なのです。『新聞用語集2007年版』によりますと、

「シリコン(silicon)」=ケイ素

「シリコーン(silicone)」=ケイ素樹脂

つまり「元素」としての「ケイ素」は「シリコン」だけど、その「シリコン(ケイ素)」を使った「樹脂」は「シリコーン」なのです。スペルも違うし。

ちょうどこのニュースのすぐ後の、518日の毎日新聞に、

「シリコーン製で安心 玩具『ノシリス』開発~守口のデザイン研究所」

という見出しの記事に、

「シリコーン」

が出てきました。本文にも、

「母親の肌の感覚を再現するため、シリコーンを使用」

と書かれています。ちなみにこの幼児用の玩具「ノシリス」というネーミングのは、

「英語の『silicon』をさかさまから読んだ」

のだそうです。ありゃ?こちらは「シリコン」か。ややこしいな。

 

(2010、7、13)

2010年7月14日 23:44 | コメント (0)

新・ことば事情

4063「ナナがつ」

7月」

と書いて普通は、

「シチがつ」

と読みますが、

「ナナがつ」

という読み方も一般的にはあります。読売テレビでは「シチがつ」と読むことになっていますが、関西人は「ナナがつ」と読むことも多い。

ところが関西以外で、「ナナがつ」と言っているのを、最近テレビで、耳にしました。

まず、628日、大相撲の外部委員会の伊藤座長(早稲田大学特任教授)が、

「ナナがつ場所」

と言っていました。

また、テレビ東京の「第3回ONE PIECE王決定戦」という番組の中のコマーシャルに出てきた女の子が、

「ジャンプSQ (スクエア)ナナがつ号は、ただいま発売中です」

と言っていたのです。

「ナナがつ」、増えているのかなあ?

 

(2010、ナナがつ、13)

2010年7月14日 22:42 | コメント (0)

新・ことば事情

4062「ヤワラちゃんの言い間違い」

 

参議院議員選挙も終わりました。

タレント候補、今回はなかなか厳しい戦いだったようです。そんな中、悠々と当選したのはヤワラちゃんこと谷亮子候補、いや当選したので、谷亮子参議院議員ですね。

その彼女、522日に演説をしている様子がニュースで出ていました。そこで、ちょっとした言い間違いをしたのを、私は聞き逃しませんでした。谷さんは、こう言ったのです。

「本日は、おま...お集まりいただき、ありがとうございます。」

この、

「おま・・・」

というのは明らかに、

「お招き(いただき)」

と言おうとしたのですね。「お待たせして」ではないと思います。

これまでの谷さんは、

「『ゲスト』『来賓』として」

いろいろな集まりに呼ばれることばかりだったのでしょう。ですから、何かの集まりで挨拶をするときの口癖として、つい、

「おま(ねき)」

と言いかけて、「ちょっと待てよ」と。いまは「参議院議員候補者」として支持者の皆様に、

「集まってもらっている」

という状況ですから、当然、

「お集まりいただき」

と言うべきところですが、いやあ、身についた習性というのは恐ろしいですね。

ただ、参議院議員に当選した谷議員が、今後何かの「集まり」に出るときは、また、

「お招きに預かり」「お招きいただき」

というシーンが増えそうなので、両方の言葉をうまく使い分ける必要がありそうですね。

(2010、7、13)

2010年7月14日 20:41 | コメント (0)

新・ことば事情

4061「パクトヘスカル」

 

言い間違いシリーズ。大田アナウンサーの言い間違い。

「パクトヘスカル」

正しくは、

「ヘクトパスカル」

ですから、「ヘ」と「パ」が「音韻転換」していますね。

「ヘクト」「パスカル」

2つに分けた場合の、それぞれの頭の音が入れ代わって

「パクト」「ヘスカル」

になったと。同じパターンの間違いの例では、

「ゲリラ豪雨」

と言うべきところを、

「ゴリラ・ゲイウ」

と言ってしまった・・・という話は聞きませんが、ちょっと間違いそう・・・。

梅雨も後半、「ゲリラ豪雨」と「ゴリラ・ゲイウ」にはお気をつけ下さい。「パクトヘスカル」の影響でしょうかねえ。ころで、んな。

(2010、7、13)

2010年7月14日 18:41 | コメント (0)

新・ことば事情

4060「ジョディか?ジョディーか?」

「ミヤネ屋」の芸能コーナーのパネルを担当しているディレクターから質問です。

「道浦さん、ハリウッド女優の『ジョディ・フォスター』の『ジョディ』は、最後に『-』が要るんでしょうか?要らないんでしょうか?」

うーん、どうだろう?英語系統は語尾を伸ばす場合は長音符号「-」を付けるのが原則だけど、人名だしなあ。なんとも言えないなあ。

読売新聞社の『読売スタイルブック2008で、「外国人歴史名前」の欄を見て、似たような名前がないか探しましたが、わかりません。アメリカ大統領の名前だと、たとえば、

「ケネディ」

伸ばしてないですね。でも「ジョディ」か「ジョディー」かは、わからないな。

そこで、Google検索しました。(78日)

「ジョディ・フォスター」=26万9000件

「ジョディー・フォスター」=2万4300件

ということで、「伸ばさない」方の「ジョディ」が、13倍も使われていることが分かりました。

「ここは、伸ばさない方で行きましょう」

ということになりました。

 

(20010、7、13)

2010年7月14日 16:40 | コメント (0)

新・ことば事情

4059「予選リーグ」

 

ワールドカップも終わっちゃいましたが・・・

625日、デンマーク戦に31で勝利し、

「1次リーグ突破」

「決勝トーナメント(ベスト16)進出」

を決めたあとの岡田武史監督の記者会見の様子をテレビで見ていたら、フリーランスの記者がたくさんいました。後藤(健生)さんも質問していましたね。その意味では、

「開かれた記者会見」

だったのですね。その中で岡田監督も日刊スポーツの記者も、

「予選リーグ」

と言っていました。実況の日本テレビ鈴木健アナウンサーは、

「グループリーグ突破をかけた戦い」

と言っていました。628日の「ニュースゼロ」でも、

「グループリーグ」

と言っていました。読売テレビでは、

1次リーグ」

と言うようにしていたのですが、日本テレビは「グループリーグ」なのかな?

少なくとも南アフリカのゲームは「本大会」なので、

「『予選リーグ』ではない」

と思うのですが、なぜか実際に戦っている岡田監督が「予選リーグ」と。

また、サッカー関係者の中にも、「予選リーグ」と言う人がいます。今回ワールドカップでスタジオのゲストで出演していた、

「木村和司さん」

です。彼も「予選リーグ」と言っていました。もしかしたら、以前はみんな「予選リーグ」と言っていたのかもしれませんね。

なお、4年前のドイツワールドカップの時に書いた「平成ことば事情2581・1次リーグとグループリーグと予選リーグ」もお読み下さい。

それにしてもかわいそうだったのは「試合の警備員」の皆さんです。だって、1メートル間隔ぐらいで立っている警備員の皆さんは、どんなに盛り上がっていても、

「観客席の方を向いて警備」

しているのですから。誰よりもピッチに近いところにいるのに、試合の様子は全く見られない。ああ、かわいそう。

(2010、7、13)

2010年7月14日 14:39 | コメント (0)

新・ことば事情

4058「カメラ盗む」

息子が見ていた「第3回ONE PIECE王決定戦」というテレビ東京(大阪)の番組を、ちらちら眺めていたら、ONE PIECEに対するラブレターを読むコーナーがありました。そこで、小島よしおが手紙を読んでいる様子を見ていたうちの一人の発言が、

「何が気持ち悪いって、カメラ盗むのが気持ち悪い」

というものでした。この、

「カメラ盗む」

というのは、もちろん、「カメラ窃盗」という意味ではなくて、

「ちらちらカメラを見る」

「カメラを盗み見(チラ見)する」

ことを意味しています。たぶん「テレビ業界用語」だと思うのですが、

「視線を盗む」

というような言い方も耳にしたことがあるように思います。でも、「一般的には、あまり耳にしない言葉だな」と思いました。

 

(2010、7、13)

2010年7月14日 14:37 | コメント (0)

新・ことば事情

4057「ギネ・海容・Mother」

 

去年(2009年)の話ですが・・・20091014日から始まった藤原紀香さん主演日本テレビの「水曜ドラマ」のタイトルが、

「ギネ 産婦人科の女たち」

この「ギネ」が何のことやら分かりません。説明によると、

「産婦人科のことを、業界内ではそう呼ぶ」

らしいです。ちょっと調べてみると、

「ギネ 」=gynecology、医者が使う略語で婦人科のこと。

ということでした。この言葉はそんなに流行りませんでしたが、「おや?」と思わせるタイトルでした。そしていま社会問題化している「産婦人科」を巡る問題を取り上げたドラマでした。

その前にやはり「水曜ドラマ」でやっていたのが、

『アイシテル~海容』

稲森いずみさん主演のドラマでした。今年の2月には「ミヤネ屋」が終わったあとの午後4時台に、読売テレビでは再放送していました。この

「海容」

の意味が分かりませんでした。辞書を引くと、

「かいよう(海容)」=(海が広くて何物でも受け入れるように)寛大な心で相手の罪やあやまちを許すこと。現代ではほとんど書簡の洋語となっている。海恕(かいじょ)。」(『精選版日本国語大辞典』)

とありました。なるほど、このドラマも「社会派」のドラマで、子供(小学生)が友達を殺してしまうという、重い内容のドラマでした。

凡人は「海容」ばかりしていると、「潰瘍」になりますが。

そして、この間まで放送していた「水曜ドラマ」が、

Mother

でした。これはン別にタイトルに難しい言葉は使っていません。しかし、Mother』の「t」の文字が「十字架」に見えました。「母親に捨てられた子」が主人公で、その子の「母」になることを決めた主人公の松雪泰子さんもまた、「母親に"捨てられた"子」だったという、「入れ子状態」、「マトリョーシカ」のような状態で、いやあ、はまりました。毎回、伏線がしっかりしていて・・・・子役の女の子の態度(演技)・セリフに泣かされ・・・「レナ」が「つぐみ」になり、その「つぐみ」ちゃんの好きな色は「水色」。インコも鳥かごも、カバンも、みんな「水色」。テーマソングの『泣き顔スマイル』も良かった。田中裕子の演技もよかった。

いま、毎日のように「虐待」のニュースがテレビや新聞に出る

「母と子=親子関係」

が問われている中で、「本当の親子」とは?血がつながっていなくても「親子関係」は築けるのか?「血」よりも濃いものは??など、もう本当にいろいろと考えさせられて泣かされるドラマでした。「渡り鳥」の研究者である松雪、「レナ」も「鳥の名前」である「つぐみ」を自ら選ぶ。最後に「つぐみ」ちゃんが収容された施設の名前が、「道南白鳥園」と、また「鳥」の名前。「鳥」はその翼で自由に羽ばたいていける、・・・はず・・・。

うーん、本当に広がりのあるドラマでした。

日本テレビの「水曜ドラマ」、今後もご注目下さい!

(2010、7、13)

2010年7月14日 12:36 | コメント (0)

新・ことば事情

4056「ハリマオ、二題」

『図解・世界のサッカー愛称のひみつ~国旗とエンブレムで読み解く』(斉藤健仁、光文社新書:2010520という本を読んでいたら、サッカーの「ブルネイ代表の愛称」は、

「ハリマウ・ビンタン」

というのだそうです。そして、

「ハリマウ」

というのは「ヒョウ」を意味すると。つまり「ハリマウ・ビンタン」は、

「ビンタン島のヒョウ」

ここで私は「ピーン」と来ました。そうです、

「『怪傑ハリマオ』の『ハリマオ』は、『ヒョウ』のことではないか?」

と。

それからしばらくして。いつも車で通る、枚方市三栗(めぐり=「平成ことば事情4018「『三栗』を『めぐり』と読む理由」参照)に、自動車の修理屋さんがあって、その看板にこう書かれていました。

「ハリマオート」

おお、これは・・・漢字を交えて書くと

「播磨オート」

だとは思うけど、明らかに

「マリマオ」

を意識してますよね!?

実は私自身は、「怪傑ハリマオ」に関する記憶はあまりないのですが、名前だけは強烈に焼きこまれている感じがします。なぜだろう?そもそも「ハリマオ」って、いつごろ放送されていたのかな?ということで調べて見ると、ウィキペディアですが、

「『快傑ハリマオ』(かいけつハリマオ)は、196045 - 1961627日まで日本テレビ系ほかで放送されていた日本のテレビ映画である」

ああ、やっぱり、私が生まれる直前。リアルタイムに見たことはないな。さらに「概要」によると、

『抑圧される東南アジア(第4部を除く)の人々を解放すべく、正義の使者ハリマオが活躍する。(中略)第2部以降のオープニングに「ハリマオとは? マレー語で 虎のことである」というテロップが表示された。』

ほほう、「ハリマオ」はマレー語で「虎」ですか。「ハリマウ」が「ヒョウ」というのは、もしかしたら同じものを指しているのかもしれません。

「マレーのトラ」

というのも聞いたことがあるな。もっと時代が下った『怪傑ライオン丸』は見てたんだけどな・・・。

あ、思い出した!私より5歳年上の先輩「辛坊治郎」が、何かにつけて「ハリマオ」の歌を歌っていたんだ!だから疑似体験的に「見たことがあるような気がしていた」んだ。なんてこったい・・・・・!!

(2010、7、12)

2010年7月14日 10:35 | コメント (0)

新・ことば事情

4055「祓魔師の読み方」

息子が見ていた「第3回ONEPIECE王決定戦」というテレビ東京(大阪)の番組を、ちらちら眺めていたら、あるマンガを紹介していました。それは、

「青の祓魔師」

というものでした。このタイトルを見て、

「祓魔師」

というのは一体何と読むのか?と疑問に思いましたが、その疑問はすぐに解決しました。漢字の上に、

「エクソシスト」

と、カタカナでルビが振ってあったからです。つまり題名の読み方は、

「あおのエクソシスト」

読めました。意味は、「青」の「魔を祓う人」。それも分かります。でも漢字で書かれた、

「祓魔師」

の読み方はわかりません。

「ばつまし」「はらいまし」

ぐらいしか読み方が分からないのですが・・・。カタカナ(英語)の読み方しかないのですかね、これ。不思議な表記です。

そして、そのマンガの紹介の仕方を見て「あっ!」と思いました。画面に出てくるマンガは、「アニメ」ではないのです。紙のマンガを映しているだけなのです。つまり画面の中に「セリフの文字」が見える。それを「吹き替え」て、音声でも聞かせているものの、「アニメ」のように画面に「セリフの字がない」・・・状態ではないのです。これはどこかで見たな、と思ったら、

「ケータイで読むマンガと同じ」

なのです。つまり、

「電子書籍」

です。電子書籍のマンガをテレビ画面で写している、という、なんとも倒錯した感じの画面になっていたのでした。これも「祓魔師」のせいなのでしょうか??

今後、こういったものが増えてくるかもしれませんね。

(2010、7、12)

(追記)

なんか、この「ワンピース」というアニメの声優が、なんか"大変なこと"でつかまったという記事を見て、びっくりしました。「ワンピース」なんて、話の内容も何も知らないのに、こうやって書いたら「コト」が起こってしまって・・・ビックリです。

なお、ネット検索したら「祓魔師」は、

「ふつまし」

と読むそうです。「ふつ」かあ。『漢字源』を引くと、たしかに「祓」の字音は、

「フツ(漢)」「ホチ(呉)」

で、訓読み(意読)は、

「はらう」「はらえ」「はらい」

でした。「払(フツ)」と同じ系統なんだそうです。「ふつまし」でも、辞書には載ってないけどね。

(2010、7、13)

2010年7月14日 02:25 | コメント (0)

新・ことば事情

4054「血肉の読み方」

 

参議院選挙が終わりました。

タレント候補がいっぱい立候補しましたが、思っていたほど当選しなかったような気がします。

「いくら『知名度』があっても、やはり『それだけ』ではだめなんだ」

ということに、多くの有権者が気付いてきたという意味では、いいことじゃないかなと思います。

タレント候補として注目を浴びた一人に、大阪選挙区で民主党の2人目として立候補した岡部まりさんがいます。おなじみ某ABCの『探偵ナイトスクープ』の「秘書役」21年もされて、大阪人にはすっかりおなじみの女性です。しかし今回は残念ながら、大阪の3つの席のうちの1つの獲得には届かず、落選してしまいました。その敗戦の弁を読売テレビ(日本テレビ)のニュースで見ていたら、このような言葉をおっしゃっていました。

「今回の選挙には寸分の悔いもなく、私のチニクとなりました」

この中の、

「チニク」

ですが、漢字で書くとやはり、

「血肉」

となるのでしょうね。でも・・・これ、本来の読み方は、

「ケツニク」

なのではないでしょうか?というのも、「ち」は「訓読み」で、「ニク」は「音読み」なのです。ほら、「肉汁」の正しい読み方は「ニクジュウ」で、よく間違って読まれるのが「にくじる」。これは「にく」が「訓読み」だと思っているところから生じているようだ、という話と同じです。「チニク」だと「湯桶(ゆとう)読み」になるのです。(「肉汁」に関しては、「平成ことば事情187肉汁」「平成ことば事情274肉汁2」「平成ことば事情487肉汁3」をお読み下さい。)

「チニク」は、おそらく、

「血わき、肉おどる」

からの連想で「ち」「にく」と言って(読んで)しまうのでしょう。

しかし、この岡部さんが言った言葉の字幕スーパーフォローで、1語で「ちにく」に、

「血肉」

と漢字をあててしまうと、

「チニクは正しい熟語、だとテレビ局も思っている」

と取られるからでしょうか、「血肉」の策・・・いやいや「苦肉」の策として昨日(11日)、日本テレビ(だったかな?)が使っていたのが、

「『血』と『肉』の間に『、』を入れる」

という手法でした。つまり、

×「血肉となり」→○「血、肉となり」

という形です。実は今日(12日)の「ミヤネ屋」でも、同じシーンを使いましたので、コメントフォロー・スーパーでは、それをそのまま、マネさせてもらいました。

(2010、7、12)

(追記)

ちょっと不安だったので、『精選版日本国語大辞典』で、「ちにく」を引いてみると・・・何と「ちにく」(血肉)が載っているではないですか!

一方、『デジタル大辞泉』『明鏡国語辞典』『広辞苑』『岩波国語辞典』『新明解国語辞典』『新潮現代国語辞典』には「ちにく」は載っていなくて、「けつにく」しか載っていませんでした。

『三省堂国語辞典』は「ちにく」が載っていました!しかも、「けつにく」は、

「けつにく」=(文)血のつながった一族」

という簡単な説明なのに対して、「ちにく」は、

「ちにく」=(文)①血と肉。また、肉体。②血のつながった一族。肉親。

意味が2種類あり、「ちにく」を使った言い回しとして、

「血肉を分け合った」「血肉化」

も載せていました。ふーむ、そうすると、「ちにく」という読みで、いいのかな?そもそもの前提が、少し崩れてきました。それにしても「ちにく」を載せている辞書が少ないです。(私が調べた範囲では。)

(2010、7、13)

2010年7月13日 22:10 | コメント (0)

新・ことば事情

4053「ガーリーな生活」

出社途中に配っているパンフレットのような雑誌をつい受け取ってしまい、あとで見てみると、表紙にこんな文字が。

「大人ガーリーな生活」

なんだろう、この、

「ガーリー」

って。「ガーリック」みたいなものか?それともやせていること?ダイエット?ガリガリ?ガリクソン?と、30秒ぐらい考えて「あ、そうか」と思い当たりました。

girly

なんですね。きっと。

「女の子的」

あるいは今の流行の言葉を使えば、

「女子的」

ということか。

「大人の女子的生活」

うーん、どんな生活なんだろうか?

でも、私に配ってもあまり意味がないと思うんだけど、 この雑誌。さて私も「大人ガーリーな生活を目指すか!・・とならないわけだし・・・。どうなんでしょうか?

いずれにせよ、「ガーリー」という濁音の響きは、ちっとも「女の子的」じゃないと、私は感じました。まだ、

「ガーリィー」

の方がかわいらしい。あ、その見出しの前にこんな文句も載っていたぞ。

「いくつになっても気分は女の子!」

左様ですか。

これ、男の子相手の商売では、あり得ないなあ。

「いくつになっても気分は男の子!大人ボーイーな生活」

って・・・フラフラしているだけじゃないのかなあ。

「もしかしたら載ってるかな?」と思って『現代用語の基礎知識2010年版』を引いてみたら・・・載っていました!

「ガーリー(girlie, girly)」=女の子っぽい雰囲気のファッション。英語では女性ヌードが売り物の雑誌の意。

Oh!意味は「和製英語」なんですね。注意して使わないといけませんね。

(2010、7、9)

2010年7月12日 21:09 | コメント (0)

新・ことば事情

4052「『すな』『こな』の『な』」

 

呉智英さんの最新刊(だと思う)『言葉の煎じ薬』(双葉社:2010620を読んでいたら、「いつのまにか死語になった言葉」として「こ」を挙げていました。

「身を粉にして働く」

「粉(こ)」です。その中で、「粉(こな)」は、「粉(こ)」に、

「接尾語の『な』」

が付いたもので、これと似たものには、

「砂(すな)」

があると。「砂(すな)」は、元は「す」で、それは「洲」から来ているいうのです。

へえーへえーへえー(古いか!?)。

しかし、私も「接尾語」で似たようなものを思い浮かべました。 鳥の名前の、

「すずめ」「つばめ」

「め」です。また、同じく鳥の名前の、

「からす」「うぐいす」「かけす」「ほととぎす」

「す」。これも「同類を表す接尾語」ですよね。ないことは、ないな。

『精選版日本国語大辞典』「こな」「語誌」の欄を見ると、

 

「(1)この語が使われるようになるのは、挙例のような近世からで、それ以前はコであった。上代には、ア(足)、ハ(羽)など多くの一音節語が存在したが、語の不安定性、上代特殊仮名遣の区別が失われるなどの音韻変化による同音衝突を避ける目的もあり、次第にアシ(足)ハネ(羽)など複数音節語への交替現象が見られるようになった。この変化は、特に近世にさかんで、コもこのような変化の中で、コナと交替しはじめた。

(2)現代では、コナが一般語となり、コは独立用法をなくし、「小麦粉」「メリケン粉」などの複合語の造語成分や「身を粉(コ)にする」などの慣用句に見られるのみとなる。」

 

へえー。「コ」が消え始めたのは「近世」からか。もうずいぶん経ちますね。

ついでに「すずめ」の「語誌」も見てみよう。

 

「(1)「本草和名」には「和名 須々美」とあり、そのほか「観智院本名義抄」「色葉字類抄」にも「スズミ」「ススミ」の両訓があるから、古くはスズミの形も存在したと思われる」

 

へえー。「つばめ」の「語誌」は、

「(1)「色葉字類抄」にツハメ・ツハクロメの語形が見られる。ツバメ・ツバクラメ・ツバクロメのメは、カモメ・スズメなど、鳥類に共通する接尾語か」

おお、これこれ、やっぱりね!

ついでに(またか)「からす」「うぐいす」の「す」。「ほととぎす」の「語誌」にありました。

「(1)「ほととぎす」の「す」は「からす」「うぐいす」などに見られる「す」と同じく鳥を表す語で、「名告り鳴くなる保登等芸須(ホトトギス)」(万葉―四0八四)とあるように、鳴き声からついた名とされる。」

そうなのか!そうすると鳴き声のある鳥は、

「(その)鳴き声+す」

という命名法で、鳴かない鳥で、小さいのは語尾に「め」が付くのかな?

あ、鳥じゃないけど「す」が付くものがあった!

「キリギリス」

「キリギリ」と鳴く虫だから「キリギリス」かな?「キリギリ+す」。

うーん、なかなか奥が深いというか、広いですね。辞書を引くといろんなことが載っているなあ。

 

(2010、7、9)

2010年7月11日 19:55 | コメント (0)

新・ことば事情

4051「撮了」

 

79日の産経新聞朝刊を読んでいたら、

橋本奈美さんという記者?の人が、映画についてこう書いていました。

「映画『大奥』が撮了した。」

この中の、

「撮了」

という言葉、見慣れない言葉です。ちょっと中国語っぽい感じもしますが(「了」の字が)、意味はすぐにわかります。

「撮影終了」

ということですね。普通は英語で、

「クランクアップ(crank up)」

というところですね。(『広辞苑』によると「和製英語」、『精選版日本国語大辞典』では「洋語」のようですが。)

「撮了」は、辞書には載っているんでしょうか?

『精選版日本国語大辞典』には載っていませんでした。同じ「サツリョウ」の音の見出しで、

「刷了」

という言葉は載っていました。意味は、

「印刷が完了すること」

でした。なるほど。そのままですね。『デジタル大辞泉』「刷了」はあっても「撮了」はない。『明鏡国語辞典』はどちらも、もちろん載っていません。『広辞苑』『三省堂国語辞典』『岩波国語辞典』『新明解国語辞典』『新潮現代国語辞典』にも両方載っていませんでした。

Google検索(79日)では、全体では、

「撮了」=44000

あり、「日本語のページ」に限ると、

「撮了」=8800

でした。トップに出てきたのは、

「多部未華子&三浦春馬『君に届け』撮了に万感」(映画.com

でした。やはり「撮了」は、

「映画の撮影が完了すること」

という意味で良いようですね。辞書に載らない言い回し、専門用語のようです。

(2010、7、9)

2010年7月10日 21:55 | コメント (0)

新・ことば事情

4050「牛が3つで犇く」

 

「犇く」

という漢字は、

「ひしめく」

と読みます。同じ漢字を3つ並べて「~めくと」読むもの。結構、画数が多くて難しそうな感じです。でもこれって、他にも作れそうですよね。

作ってみよう!!

「品く」=「しな」だけど、「口」が3つで「ざわめく」。

以下、三つの配置は「品」「犇」と同じです。

「波波波く」=「波」3つで「さざめく」。

「声声声く」=「声」3つで「どよめく」

「驚驚驚く」=「驚」3つで「でどよめく」

「揺揺揺く」=「揺」3つで「よろめく」

「光光光く」=「光」3つで「きらめく」

「犬犬犬」=「犬」が3つで「ほたえる」。あれ、ちょっと違うか。

皆さんも作ってみてはいかが?ちなみに、

「蠢く」=「うごめく」

は、3つ同じ漢字ではありませんでした。同じかと思ってました。あ、似た字で「蠢く」ものがあったぞ!

「蟲」

です。「むし」。「虫」が3つで「蟲」

そのほか、

「色色色」=「色」3つで「いろめく」

「春春春」=「春」3つで「はるめく」

「夏夏夏」=「夏3つで「なつめく」

「秋秋秋」=「秋」3つで「あきめく」

「冬冬冬」=「冬」3つで「ふゆめく」

とここまで書いて、「春めく」「秋めく」は言うけど、「夏めく」「冬めく」はあまり言わないなあと。なぜ?たぶん「春」と「秋」は、「ピークのない通過する季節」だから?もしくは「プラスマイナスゼロのちょうどよい季節が待ち遠しい」から「春めく」「秋めく」はあるのかなあ??これ、前も似たこと書きましたね。季節のピーク「冬の深まり」に関して。「秋深し」はあっても「夏深し」「冬深し」はないのはなぜ?という話でしたね。(「平成ことば事情47冬の深まり」=19912月に書きました。)

また今度、時間のあるときに考えます!

 

(2010、7、9)

2010年7月 9日 21:54 | コメント (0)

新・読書日記 2010_125

『ネット帝国主義と日本の敗北~搾取されるカネと文化』(岸博幸、幻冬舎新書:2010、1、30第1刷・2010、5、10第2刷)

 

ネット帝国主義の帝国主義国は、「アメリカ」である。規制がないのをいいことに、素早く帝国主義的にその版土を広げている。「敗北」という文字のタイトルの本、そういえば『ゲノム敗北』という本を以前読んだな。

「無料」を武器にシェアを広げ独占的市場を作ってしまう商売の方法・・・なるほどなあ、と。

読んでいて頻繁に出てきたのが「レイヤー」というコトバ。「層」と訳していたけど、途切れ途切れで読んでいるうちに、よくわからんようになって、結局「会社」に置き換えてもいいし、読み飛ばしてもよい感じだと途中で気付いて読み飛ばしたら、わかりやすかったです。

日本のメディアがネット帝国主義と戦うための体制をとるのが遅れているというのは、非常に実感を持ってよく分かりました。

著者は、読売テレビの番組(「たかじんのそこまで言って委員会」など)にもよく出てくれていて、親近感がありました。(スタジオなどでお会いしたことはありませんが。)

 

 


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(2010、7、6読了)

2010年7月 8日 22:27 | コメント (0)

新・読書日記 2010_124

『コトバの戦略的思考~ゲーム理論で読み解く気になる日本語』(梶井厚志、ダイヤモンド社:2010、2、12)

著者は京大経済学研究所教授。1963年の広島生まれ、ほぼ同世代で年下が「准教授」ではなく「教授」になっているということは、「若いつもりだけど、年取ったよなあ」と実感するところ。

新聞か雑誌の書評欄で見つけて購入。著者は日本語の専門家ではなくて、ゲーム理論がご専門。そういった分野からの日本語の分析に興味を持ったので読んだ。

「よろしくお願いします」に始まって、言葉の持つ戦略的意義、「お疲れ様」と「ご苦労さま」の関係、「とんでもありません」はとんでもないのか?などなど、日ごろ身近な言葉の謎に果敢に挑戦しているように思える。ゲーム理論ってよく知らないんだけど、哲学的なものなのかな?

3章「新型・若者コトバ編」には興味を持ち期待したが、これはそれほどでもなかった。第4章「経済コトバ編」は、著者の専門分野のようで、ちょっと本来のコトバの話からは、ずれてしまったような気がした。

感想書くのが随分(2か月ほど)遅くなってしまいました。

 


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(2010、5、4読了)

2010年7月 8日 19:21 | コメント (0)

新・ことば事情

4048「野望」

平成ことば事情3612「あなたの野望はなんですか」で書いた「野望」と同じですが、「追記」ではなく、新たに項目立てしました。)

 

73日の深夜(74日の未明)に放送していたワールドカップ南アフリカ大会、準々決勝「アルゼンチン対ドイツ」は、予想外の大差(4対0)でドイツが勝利を収めるという結果になりました。

前半3分、あまりにも早い時間での失点でアルゼンチンのペースが狂い、そのアルゼンチンの反撃・猛攻を防ぎきったドイツの2点目で、勝負はついたといえるでしょう。

さて、試合終了のホイッスルが鳴ったとき、中継していたTBSのアナウンサーが、こう言いました。

「選手としての優勝、そして監督としての優勝というマラドーナ監督の野望、潰(つい)えました!」

・・・いいのかなあ、「野望」って言っちゃって。

「マラドーナさあ、おまえいろいろあったんだからさあ、たしかに5人抜きはすごかったし選手では優勝できたけど、神の手?あれハンドだろ。あれで優勝しておいて、監督でも優勝だ?それはちょっと、どうなのよ、その"野望"はさあ」

という意図は全くなかったと思いますが、「野望」は、ここでは使わない方がよくなかったですか?言い換えるなら、シンプルに、

「(大きな)目標」

とか。ああ、パンチに欠けますね、たしかに。

これまで「選手」としても「監督」としてもワールドカップで優勝した人は、ブラジルのザガロと、(西)ドイツのベッケンバウアーの2人しかいないそうですから、長いワールドカップの歴史で3人目を狙った(?)マラドーナ監督、残念でしたね。

でも本人は本当に、そんな「野望」を持っていたのでしょうか?「監督」というものは、チームが勝つことを一番に考えていて、自分の経歴としての優勝なんてことを考えるのかな、マラドーナほどの人が。「周りが勝手に、そう思っている」だけじゃないのかな?とも感じました。

(追記)

まさにこれを書いた77日の夜のスポニチ・ケータイニュース見出しが、

「川島、野望への第一歩」

ベルギーのチームへの移籍が決まった日本代表のゴールキーパー・川島永嗣選手のニュースで「野望」が出てきました。スポーツニュースは「野望」が好きのようです。

 

 

(2010、7、7)

2010年7月 8日 16:21 | コメント (0)

新・ことば事情

4047「きれさ、違うくて」

先週、読売寄附講座の講義で関西学院大学に行ってきました。「メディア論」の講座の中で、「テレビと言葉」ということで、話をしてきたのです。90分、話しっぱなしで、あっという間に終わりましたが、300人ほどの学生さんは熱心に聴いてくれたようです。講義の後、みんなが感想を書いてくれたものを送ってくれました。その中で、気になる表現がありました。

「声のきれさに感動しました」

これは、「きれいさ」ではなくて、「きれさ」。もちろん「い」を書き忘れた脱落に過ぎないのかもしれませんが、それ以外には脱字がなかったところから考えると、「さ」をつけて名詞形にする前はもともと、

「きれいで」

という「形容動詞」のはずでしたが、そうではなくて、

「きれくて」

のように、活用が「形容詞化」しているものだったのでしょう。そしてもうひとつは、

「少し地区が離れているだけで違うくて」

の中の、

「違うくて」

これは「違って」ではなくて「違うくて」と、語尾の活用が「形容詞化」しています。「違う」はもちろん「動詞」なのですが。関東の若者言葉では「う」も脱落して、

「ちがくて」

になっているようです。さらに「ちがうよ」は、

「ちげーよ」

と活用しています。関西の人はあまり「ちげー」は使わないかと思いますが。

そういえば、甲南大学の都都染先生が先日、

「リポート(文字)で、『違い文章が』という表現を見つけました!『違う文章』ではなく『違い文章』。これは連体形が『い』になっているのです。」

と、言葉の変化の発見をうれしそうにお話になっていたのを思い出しました。

また、きのう(76日)の『ミヤネ屋』のゲスト、元幕下・東桜山の田代良徳さんは、スタジオの発言の中で、

「一枚、番付が違うければ」

と言っていました。普通は、

「違えば」

ですが、これも「ちがくて」という活用と似た感じの傾向があると思いました。

なお、田代さんは現役時代、仲間のお相撲さんと一緒にハンバーガー店に行って、3人でハンバーガー50006000円分食べたことがあるそうです。普通のハンバーガー(=1100円)に換算すると・・・3人で5060個、一人約20個!!ゲップ・・・・。胸焼けが・・・。

ハンバーガー50~60個買った時に、店員さんに聞かれなかったですかね?

「こちらでお召し上がりになりますか?それともお持ち帰りになりますか?」

って。

「ここで食べます」

と答えたら、お店の人もびっくりしたかな。あ、でも見た目がお相撲さんだから(というか、お相撲さんそのもの)、特に不思議には感じないか。

 

 

(追記)

『辞典<新しい日本語>』(井上史雄+鑓水兼貴、東洋書林:2002,6,10)に、

「チガウカッタ」

が載っていました。しかも兵庫県氷上郡で1996年の採集。沖縄でも使われるらしい。

このほか、

「チガウクナイ」「チガウクナル」「チガカッタ」「チガクテ」「チガクナッタ」「チガクナイ」「チガクナル」

などが1980年代から観察されているそうです。「違って」の意味の、

「チガク」

は、東京外語大のレポートの文章で、

「チガクはないのか」

書いた学生(1994年)があり、茨城県の出身だそうで、形容詞としての用法が拡大しつつある、と記されていました。

 

(2010、7、7)

2010年7月 8日 12:20 | コメント (0)

新・ことば事情

4046「助数詞としてのダウンロード」

76日の『ズームイン!!SUPER』で、坂本冬美の『また君に恋してる』が、「着うた」のダウンロードの数がすごい、というニュースを伝えていました。その時に使われた助数詞は、

165万ダウンロード」

「アクセス」ではなく、「ダウンロード」でした。接触するのは「アクセス」ですが、そこから引き出してくる(しかも有料で)「ダウンロード」の助数詞は、そのまま「ダウンロード」なんですね。でも名前が長いからそのうち、

「DR(ディーアール)」

とか言うようになるのではないでしょうか?

「助数詞」といえば、20089月に、私も委員として所属している「日本新聞協会新聞用語懇談会放送分科会」が作った、

『放送で使用する助数詞』

という冊子には、助数詞として、

「アクセス数」=件・回

と載っていますが、「ダウンロード」は載っていません。この「アクセス」の助数詞も、最近は「件・回」よりも、そのまま、

165万アクセス」

のような形で使われることが多いように感じます。

たった2年か3年の間に、こうやって新しい言葉の形が決まって行くのですね。「デジューレ・スタンダード」ではなく、「デファクト・スタンダード」として。(これに関しては、「平平成ことば事情693「デファクトとデジューレ」と平成ことば事情2108「デファクトとデジューレ2」をお読み下さい。)

 

【訂正】

TMさんからご指摘を頂きました。

「『ダウンロード』は英語で『download』なので
『DR(ディーアール)』ではなくて『DL(ディーエル)』ですね。
『ダウンロード数』が『DL数』と略されることもあります。」

 

ひやあー恥ずかしい!TMさんご指摘ありがとうございます。

「ROAD(道)」だとばかり思っていましたア!!

ということで皆さん、「DL(ディーエル)」でお願いします!

 


 

 

(2010、7、6)

2010年7月 8日 10:19 | コメント (2)

新・ことば事情

4045「チリのぼてじゅう」

 

南アフリカワールドカップの決勝トーナメント「チリ対ブラジル」戦を見ていたら、アナウンサーが、

 

「チリのフォワードに『ぼてじゅう』が入っています」

 

と。

 

「え?ぼてじゅう?そんな『お好み焼き』みたいな名前の選手がいるの?」

 

と、よく選手名の字幕スーパーを見たら・・・・

 

 

 

 

 

 

「ボセジュール」

 

 

でした・・・。ゴメンナサイ。

 

(2010、7、6)

2010年7月 7日 23:18 | コメント (0)

新・ことば事情

4044「ソフトとコンテンツとアプリケーションとレイヤー」

『ネット帝国主義と日本の敗北~搾取されるカネと文化』(岸博幸、幻冬舎新書:2010)という本を読んでいて、よく出てくるのだが難しくて分かりにくいなと思った言葉が、

「レイヤー」

という言葉。

これは「会社」に置き換えてもいいし、読み飛ばしてもよい感じだ、途中で気付きました。

「レイヤー」は、

「コンテンツ・レイヤー」

「プラットフォーム・レイヤー」

という形で出てくるのですが、つまり、

「コンテンツを作る会社・企業」

「そのコンテンツを分配する役目の会社・企業」

ですね。ここで使われる「コンテンツ」10年前だったら、

「なに気取って言ってるねん、『コンテンツ』なんて、これまで言っていた『ソフト』のことやろ!」

と思っていたのですが、20107月現在、これは「コンテンツ」でないと意味が通じないなと思いました。「ソフト」ではないですね。いま、「ソフト」と言うと、

「OSソフト」

のように、作り出す内容としての創造物ではなくて、コンピューターを動かすためのシステムのようなものを連想します。そういうものを活用して作り出す作品は「コンテンツ」の方がふさわしい。

またパソコンやケーターサイトなどでダウンロードして使うことが出来るコンテンツのことを、

「アプリケーション」

と呼ぶようですが、こちらはまだ、それほど納得していない。ようやく意味がちょっとわかってきたかな、という段階です、私は。

また、日経新聞では毎日のように目にする、

「クラウド(コンピューティング)」

という言葉、今日(7月6日)の読売新聞朝刊で、日経新聞以外の新聞で初めて目にしました。案の定「言葉の解説」が付いていました。「クラウド」は日経及びコンピュータービジネス専門用語だと思います。「ロナウド」なら知っていますが。「クリスティアーノ・ロナウド」。

平成ことば事情2401「ソフトとコンテンツの違い」もお読み下さい。

(2010、7、6)

2010年7月 7日 19:18 | コメント (1)

新・読書日記 2010_123

『団地の時代』(原武史・重松清、新潮選書:2010、5、259

ともに「早稲田大学出身」で、ともに「1962年度生まれ」の政治思想家の原武史と、作家の重松清の対談集。原の『滝山コミューン一九七四』を読んで、「是非対談してみたい」と重松は思ったという。「鉄オタ(鉄道おたく)」の一面も持つ原だが、ここでは、自らが子ども時代に過ごした「団地」が持つ時代的な意味について(都会の郊外の団地の歴史的意味について)、内側から語っている。その一方で、地方(岡山)から80年代に東京にやって来た重松が見た「団地」のイメージなどと対比しながら、外側からも「団地」を浮き上がらせようとしている。私自身も「団地族」だったので、大変興味深い対談集だ。世代もほぼ同じだし。早稲田出身というのも同じだし。あのとき、同じキャンパスを歩いていて、すれ違ったかもしれないのだなあ、この人たちと。

団地の思想の中にも、西武型と東急型の思想の違いが見て取れ、それが現在の西武沿線と東急沿線の街の形に大いに影響を与えているというあたりも「なるほど」と納得した。

この本がなんと一冊1200円は安い!単行本だよ!今どき文庫本でも1000円ぐらいしちゃうというのに。「空間政治学」なる分野を打ちたてようとしている原の第一歩(第二歩?)のように感じる仕事。すぐに本屋に走り『滝山コミューン一九七四』を購入した。文庫本が6月に出たのだ!で、読み始めてから家の本棚を見ると・・・あれ・・・これって・・・単行本があるじゃない、『滝山コミューン一九七四』の。アチャー、また、やっちゃった。

 

 


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(2010、6、29読了)

2010年7月 7日 10:31 | コメント (0)

新・ことば事情

4043「勇気がない」

毎週月曜の午前中、甲南大学で「マスコミ言語研究」という講座を担当しています。前期だけですが。「放送で使う言葉」の話をしています。講義が終わって、学部事務局にチョークなどを返しにいった時に目についたポスターに、こんな文句が。

 

「アジアに興味があるけど言葉に自信がない、長期留学する勇気がない、そんなあなたにぴったりなエリアスタディ、5日間」

 

うーん、確かに最近の学生はあまり海外に行かなくなっていて、留学を募集しても、これまでだと抽選になるぐらい応募が殺到したのに、枠が余るような状態だと聞いたことがあります。経済的な問題もあるのかもしれませんが、それよりインターネットなどのバーチャルな世界で、

「世界中を見尽くした気持ち」

になっているので、

「別に現地に行かなくても、もう知ってるし・・・」

ということなのかもしれません。それはなんだか若者っぽくないですよね・・・。

しかし、です。たしかに短期の「おためし」のような形の海外体験はそれはそれでよいことだと思いますが、この惹句・コピー、どうなんでしょうか、

「長期留学する勇気がない、そんなあなたにぴったり」

というのは?

「勇気がない人におすすめ」

とうたったツアーに参加する勇気が、あなたにありますか?かえって気が引けてしまうのでは?と心配するのは、私に勇気がないからでしょうか?

ここまで言われて申し込む人がいるのかこのコースは埋まっているのかどうか、係の方に聞く勇気は、私にはありませんでしたが・・・・。

(2010、7、5)

2010年7月 6日 20:08 | コメント (0)

新・ことば事情

4042「いにしえ、ゆくえ、とこしえ」

一見、関係のなさそうな、

「古」「行方」「永久」

読み方は、

「いにしえ」「ゆくえ」「とこしえ」

という3つの言葉です。これを見て「ハッ!」と気付きました。

共通しているのは、語尾の「え」です。「え」は「へ」、「経る」かな。それとも「方向」を指すのかな?つまり、

「いにしへ」「ゆくへ」「とこしへ」

とすれば「へ」以外の部分は、

「いにし」「ゆく」「とこし」

です。「いにし」は「去にし」です。「し」は過去の助動詞ですね。つまり、「去にしへ」

「去り経たもの」「去った方向」=「過去」

です。「ゆく」は「行く」。

「行く経」「行く方向」=「未来(?)」

です。そして「とこし」は「常し」。「し」は過去の助動詞なのかな?この場合。

「常し経」「常の方向」=「永久」

と。こう考えると、3つの言葉が「時間を著す言葉の仲間」であることがわかりますね。

うーん、こういうことに自然に気付くには、随分と時間がかかりました・・・。学校では教わらなかったような気がするな。

(あとで辞書を引くと、「へ」は「方向」をさすようですね)

(2010、7、5)

2010年7月 6日 18:07 | コメント (0)

新・ことば事情

4041「W杯とウインブルドンの芝目」

今回はあまり「ことば事情」ではないんですが・・・。

 

南アフリカワールドカップの会場の、緑の芝に付いた色の違う芝の帯の幅ですが、この間、ある新聞で

55メートル幅」

と書かれていました。数えてみるとハーフコートで10本でしたから、

「5、5×10=55m」

これの2倍で

「縦のコートの長さは110メートル」

になります。

縦の芝目も数えたら14本。これの幅はわかりませんが、5メートルだとすると、

「コートの横幅は70メートル」

国際試合でのピッチ(グラウンド=コート)の広さ(長さ)は、

「縦105メートル、横68メートル」

と決められているはずなんですが・・・。まあ、大体合っていますね。

それにしても南アフリカのピッチ、芝はかなりでこぼこで、ゴルフでいうと「デポット」(でしたっけ?)が多く、ターフがえぐれている感じです。

一方、同じくこの時期に行われていたテニスの「ウインブルドン」のセンターコートの芝目にも注目しました。

こちらは、シングルスコートは縦に14本、ダブルスゾーンに左右3本ずつ6本の計20本。当然、幅が細いです。テニスのコートの大きさはよく知りませんが。

それにしても「イギリス発祥のスポーツ」と「芝」は、関係が深いなあ。

(2010、7、5)

2010年7月 6日 17:37 | コメント (0)

新・ことば事情

4040「はまーぐるーぷ」

 

5歳の娘が通う保育所の組は、20数人の保育園児が4つのグループに分けられています。まあ、昔の小学校で言うと、

「班分け」

ですね。そして、それぞれのグループには、子どもたちが話し合って名前をつけています。その名前は、

「きしゃぐるーぷ」「いるかぐるーぷ」「さくらぐるーぷ」

そして最後のグループの名前はなぜか、

「はまーぐるーぷ」

なのです。え?なに?「はまー」って?MCハマー?と思うのは、バブル世代のおっさんだけかな?「チャーリー浜」でもなさそうだし・・・。

娘に聞いてみたら、即答で、

「くるま!」

「え?くるまが『はまー』?」

「そう!くるまのおなまえ」

あ、そうか、そういえばそういう名前の外国車があったような。私は車の名前にはうといのですが、最近若者に人気の高級外車に「ハマー」というのがあったのを思い出しました。でも、なんでその名前を"子どもたち"が?誰かのお父さんが憧れているとか?

「ディズニーのアニメにでてくるねん」

あ、そうか。ディズニーに車が主人公のアニメがあったな。『カーズ』だっけ?うちに、絵本があったような。その中に出てきたっけ?

うーん、アニメおそるべし。いろいろ勉強しておかないと、子どもとの会話についていけません・・・。

(2010、7、5)

2010年7月 6日 16:06 | コメント (1)

新・ことば事情

4039「平和と戦前」

7月1日の産経新聞に、

『戦前の期待度「最低」』

という見出しが。本文には、

「戦前の期待度は過去のW杯代表の中でも最も低かった岡田ジャパン」

とありました。スポーツ中継などで、

「試合前」「大会前」

の代わりに、

「戦前」

という言葉が使われ始めてから久しい(「平成ことば事情」での初出は19999月)ですが、私はいまだになじめません。ちゃんと「試合前」「大会前」に言うべきでしょう。

私はもちろん「戦後」の生まれですが、「戦前」という言葉の意味は、

「太平洋戦争の敗戦前」

だと認識しています。つまり、

「昭和201945)年815日より前」

です。(815日か92日かとかいう論議は、さておき)それがたんなる

「(スポーツの)戦いの前」

の意味で使われることになんの違和感もなくなってきているということは、それだけ、

「戦争の記憶が薄くなってきている」

からでしょう。それはすなわち

「平和」

ということで、ある人たちに言わせると、

「平和ボケ」

と呼ばれる現象なのではないでしょうか。そこで気をつけなくてはならないのは、

「"平和"だと思った瞬間に"戦前"になる」

ということです。

ちょうど読んでいた『日本人へ~国家と歴史篇』(塩野七生、文春新書)56ページに、

「日本語の選択には苦労したものである。言葉一つとっても、次のようであったからだ。

進攻、進出、侵攻、侵略、と。

(中略)はっきりとどちらかの立場に立たないかぎり、言葉の使い方でさえも一貫しようがなかったのだ。」

とあるのを読んで、状況を説明する言葉はどちらの立場に立つかで変わってくるという、ある意味当たり前のことを思い浮かべながら、そしてゲーテの『ファウスト』で、ファウスト博士が「時間よとまれ」と願い「幸せだ」と感じた瞬間に命を奪われるという話を思い浮かべながら、NHKの若い男性アナウンサーがワールドカップの番組で「戦前」と言っているのを、また耳にしたのでした(「若い」って言っても30代ぐらいですが)。

「平成ことば事情20戦前」「平成ことば事情203戦前」もお読み下さい。

 

(2010、7、4)

2010年7月 6日 15:19 | コメント (0)

新・読書日記 2010_122

『文房具を買いに』(片岡義男、角川文庫:2010、5、25)

いやあ、とってもキレイな文庫本。栞(しおり)もおしゃれ。カラフル。なんだかウキウキする。文章は・・・好き嫌いがありますが。

でも写真とあわせて読むと味わいがある。新井敏記さんによる解説を読むと、片岡さんは、

「一枚の写真から物語を作るのが好きです。一枚の写真というのは物語なのです。写真の向こう側とこちら側に物語が流れていて、写真自体が物語そのものなのです」

という考え方らしい。それで分かった。片岡さんは「感覚」の人、ビジュアル系(見た目が、ではなく)のアーティストなのだ。そう思って「アートの本」としてみると納得。

それにしても「文房具」って、機能美と遊びが同居していて、楽しいですよねえ。

でも、こういったものを集めておもしろがるのは「男性」性。女性は共感してくれないような気がします。この本の単行本は、20038月に東京書籍から出ているそうです。

 

 


star3

(2010、7、5読了)

2010年7月 6日 13:14 | コメント (0)

新・読書日記 2010_121

『日本人へ~国家と歴史篇』(塩野七生、文春新書:2010、6、20)

「リーダー篇」を読んでから、当然、続編が出るだろうと心待ちにしていましたが、ついに出た!

でも、よく考えるとこのタイトル、ちょっとヘン...というか、かなり上から目線。

「あんた、何人(なにじん)?」

と思わず聞きたくなる。司馬遼太郎の「この国」(「わが国」でも「日本」でもなく)というのに通じるところから考えると、歴史を書く人は、自分が現代日本人であることを忘れてしまう傾向があるのかもしれません。同じく「この国」という表現をよく使う朝日新聞や故・筑紫哲也氏の場合は、メディアとして中立に振る舞おうとしているうちに、当事者であることを忘れて"他人事的"になってしまったのでしょうか?

塩野さんの場合、「映画館で観客に混じって、『硫黄島からの手紙』を観た」(47ページ)という一文に、強烈な違和感が。「あんたは観客じゃないのか?」と。これが「イタリア人に混じって」なら違和感はない。それと、「混じって」じゃなくて「交じって」では?

 

ま、そういった「いちゃもん」はさておき、大変良い本です。(一転、褒め出す。)

「そのとおり!」と手を打ちたくなるところと、「えー、そうかなー??」というところ、ごちゃ混ぜですが、いずれにせよ、著者の一本筋の通った主張がはっきりと打ち出されているので、読んでいて心地良いです。

また、「ケイタイ」なんて表記、いまどきないよな。普通「ケータイ」だけど、「ケイタイ」表記を使うのは、やはり日本を離れて外国に住んでいるからではないかな?なんてことも思いました。とにかう、読むべし!

 


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(2010、7、4読了)

2010年7月 6日 10:13 | コメント (0)

新・読書日記 2010_120

『フリーライダー~あなたの隣のただのり社員』(河合太介+渡部幹、講談社現代新書:2010、6、20)

 

本のトビラに著者二人が一緒に写っている写真を見たら「お笑いコンビか!?」と思いました。そのぐらい若い、オシャレな感じの二人です。

平易な書き方で「フリーライダー」の問題点と解決策を示してくれます。最近の講談社現代新書では、帯に漫画イラストをのっけた、わかりやすそうなビジネス本が多いように思います。それにつられて、つい買っている一人ですが。

たしかに「フリーライダー」、昔からいますよね。でも、昔はそれが許されていた。今は、それを許す余裕が企業になくなってきている。

よく聞く話で、全体の2割にあたる「働かない人」を排除したら、残りの8割の「働く人」の中の2割が働かなくなると。それじゃあ、いくらフリーライダーを排除してもキリがないのではないか?「排除」ではなく「活用」する方法を探すことの方が重要ではないか?一時、フリーライダーの人を矯正しようと頑張ったことがありましたが、頑張れば頑張るほど、相手は依怙地になって、こちらを敵だと思って攻撃してくるという悪循環に陥りました。「北風と太陽」で、「北風」では解決できないのですね。

それともっと怖いのは(本書にも書いてあるように)、気付かないまま「自分が周囲から『フリーライダー』とみられるようになっているのではないか?」ということ。これ、真夏の怪談よりコワイ話ですよねえ・・・。

 


star3

(2010、7、4読了)

2010年7月 5日 23:59 | コメント (0)

新・読書日記 2010_119

『日本の大問題が面白いほど解ける本~シンプル・ロジカルに考える』(高橋洋一、光文社新書:2010、5、20第1刷・2010、6、10第2刷)

高橋洋一さんと言うと・・・あの高橋洋一さんですよね。

お久しぶりです。あれは一体どういうことだったのでしょうか?よくわからなかったのですが・・・残念でした。でも、復活されたようで、よかったですね。今もテレビに出てらっしゃいます。タイトルおもしろそうなので購入、読んで見ました。

「政権交代とはまさに予算の組み替えにほかなりません。」

ほお、なるほどわかりやすい、と思ったのはここまでで、そのあとは少なくとも私には「おもしろいほど」は解けませんでした・・・なんか、雲の向こうに見えてるような気にはなります。これは先生(著者)が悪いのではなくて、やはり生徒(読み手)が悪いのでしょう。文系の人でも簡単に読めるかというと、そんなことはないように感じました。もう一回読んでみると、輪郭がつかめてくるかもしれません・・・そんな感じでした。

 

 


star3

(2010、6、30読了)

2010年7月 5日 21:12 | コメント (0)

新・ことば事情

4038「三人お通しください」

 

電車に乗ろうと並んでいた時のこと。電車のドアが開くと、アナウンスの声がこう聞こえました。

「お降りになるお客様を、三人お通しください」

 

え?「三人だけ」?なんで?

と思っているうちに、あとからあとから、このドアからお客さんが降りてくる。30人は有に降りてくるのを見届けてから気づきました。「三人」ではなかった、

「お降りになるお客様を先にお通しください。」

つまり、

「先に」

でした。なぜ「サキニ」が「サンニン」に聞こえたのでしょうか?その理由は、

「『キ』があまりよく聞こえなかったから」

つまり、アナウンスした人がマイクに口を近付けすぎていたので、声がつぶれてしまっていたのではないでしょうか?ま、あくまでこれは、「私の耳が悪い」という選択肢を除いた場合の原因追及ですが・・・。

(2010、7、4)

2010年7月 4日 22:36 | コメント (0)

新・読書日記 2010_118

『「決定力不足」でもゴールは奪える』(杉山茂樹、双葉新書:2009、12、13)

去年の年末に出ていたのに、今頃読みました。これも「ワールドカップ効果」の読書です。

パラグアイ戦よりも前に読み終えましたが、感想を書くのが遅くなった。これを読んでいると、

「もしかして岡田監督もこの本を読んで、参考にしたんじゃないか?」

と思わせます。というのも、今回成功した戦法が、ちゃんと去年の年末の段階で書いてある!ということは、もしかして予言の書?

タイトルに対する答えは・・・つまり、たとえ「ストライカー」がいなくても、誰でもゴールが出来るお膳立て=ラストパスを出せる人がいればよい、そうすればみんな「ごっつゃんゴール」できるというもので、デンマーク戦の岡崎選手のゴールをお膳立てした本田選手の存在を示唆した、と後付けで私は思ったわけです。

 


star4

(2010、6、26読了)

2010年7月 4日 18:27 | コメント (0)