新・ことば事情
3907「虎視眈々か?虎視眈眈か?」
「こしたんたん」
という四字熟語を漢字で書くときに、
「虎視眈眈」と「虎視眈々」
どちらが正しいのでしょうか?辞書の見出しは、「繰り返し符号(々)」を使わないで、
「虎視眈眈」
ですよね。でも用例を見ると「々」を使って、
「虎視眈々」
だったりするのですが・・・
「々」を使う、使わないに関しては、たとえば、
「山梨日日新聞」
のような場合には「使わない」というのは分かりますが、「こしたんたん」のような場合はどうすればいいのでしょうか?
早稲田大学非常勤講師の飯間浩明さんにうかがったところ、
『「虎視眈眈」か「虎視眈々」か、という問題ですね。これについては、私も
考えていたところです。辞書で「虎視眈眈」などと「々」を使わずに書くのは、辞書特有の書き癖という面が強いです。『新潮日本語漢字辞典』の小駒勝美さんは、「人人(ひとびと)」にすら「々」を使わない不自然さを指摘しています。
(http://www.sanseido.net/Main/Words/Patio/Article.aspx?ai=f4a7b9d8-da45-4d20-8e2a-2eb1e9aec075)
「国語辞典の謎 第1回 国語辞典に「々」はない? その1」
(http://www.sanseido.net/Main/Words/Patio/Article.aspx?ai=370c6d61-5c22-45fd-a1ae-9c757ff83b5f)
「国語辞典の謎 第2回 国語辞典に「々」はない? その2」
たしかに、一般の文章の書き方を示すべき辞書に「特有の書き癖」があっては困ります。こういうものは、今後正していくべきだと、私も考えます。
この方針で行けば、「人々」はもちろん、「興味津々」「威風堂々」「意気揚々」「奇々怪々」「虚々実々」「是々非々」など、すべてこの通りに書くことになります。「虎視眈々」も当然こう書きます。これでほぼ不都合はないという気がします。
ただし、「三々五々」は「三三五五」と書く作家がたまにいます。「三人、また三人、五人、また五人」と集ま(ってい)る感じを出すためでしょうか。それから「官官接待」のようなのは「官々接待」とは書けませんね。』
というお返事を頂きました。これに対して、
『早速ありがとうございます。たしか「第一生命」の保険商品で
「堂堂人生」
というのがあったかと。また、「代々木ゼミナール」の座右の銘である
「日日是決戦」
も「日日」だったような。漢文では「々」は使わないのでしょうね。とすると、その手の四字熟語は「々」を使わない方がいいでしょうか?また、「ヒトヒト感染」も漢字で書くと
「人人感染」
さらにいうと、
「人ー人感染」
でしょうね。
「人々感染」
だと「ひとびと」となってしまいます。「々」を使うと「連濁」して、遣わないと「連濁しない」ですね。つながりの強さの違いがあるのではないでしょうか?』
とメールしたところ、
『「堂堂人生」「日日是決選」の例、ありがとうございます。私の思いつく
「々」を使わない例は、
朝日新聞のコラム「時時刻刻」
大河ドラマ「黄金の日日」
筒井康隆著『日日不穏』(日記集)
といったところです。前便でお示しの「山梨日日新聞」など固有名詞はけっこうありますね。漢文の引用は、さすがに「々」は使えないと思います。つまり「日々是好日」と書いてもいいけれども、古文書を引用するときは「日日是好日」となる、という違いはあると思います。読み下すときも、「桃の夭夭たる、灼灼たる其の花」(詩経)と書くのであって、「桃の夭々たる、灼々たる其の花」とすると、何だか違う感じがします。
「官官接待」「ヒトヒト感染」の類例は、あとは「老老介護」ですか。「認認介護」という過酷なものもあるとテレビで知りました(認知症同士の介護)。
「官官接待」を「官々接待」としないならば、「是是非非」も「是々非々」(新聞の表記はこれ)はよくないという気もします。「正々堂々」のような単なる繰り返しではなく、「是は是、非は非」と、主語と述語に分かれる言い方だからです。』
というお返事が来ました。
「々」を使っても間違いではないでしょうが、漢文系のものは繰り返し符号「々」を使わない方がいいのかもしれません。
(2010、3、3)
(追記)
「虚々実々の応酬」
という見出しは3月17日の毎日新聞。第59期王将戦、第6局。羽生善治王将と挑戦者・久保利明棋王に関しての見出しでした。「虚虚実実」ではなく「虚々実々」でした。
(2010、3、24)
(追記2)
上でご紹介した・・・というか、飯間さんが紹介してくれた、新潮社の小駒勝美さんからメールを頂きました。それによると上記2つのコラムには、掲載されなかった「第3回」があったというのです。小駒さんのご了承を得て、その原稿をここに掲載します。
*********************************『国語辞典に「々」はない──その3』
『三省堂国語辞典』『大辞林』の両辞典の正書法欄で共通して「々」が使われている唯一の項目が「おのおの」です。
おのおの[(各)・(各々)](三省堂国語辞典)
おのおの【各・各々】(大辞林)
ここでは、他の場所では使われない「々」の記号が使われています。これはどうしてなのでしょう。
じつは、ヒントは正書法欄の中に隠されています。これらの国語辞典には表外音訓の場合、そのことを示す記号「▽」が付けられているのですが、「各々」には▽がありません。つまり、「各々」は常用漢字表で認められている表記形なのです。常用漢字表を調べてみると、「各」の字の「おのおの」という訓の「備考」の欄に、
「各々」とも書く。
という注が記されています。
常用漢字表の「前書き」には、「備考」の欄は「個々の音訓の使用に当たつて留意すべき事項を記した」と書かれています。「備考」に「々」が出てくるのはこの一カ所だけですから、これに従って例外として「各々」という表記を認めたのでしょう。
常用漢字表は、内閣告示、内閣訓令であり、国が認めた正式なものですから、国語辞典がこれに従うのは当然といえます。
しかし、ここでさらに疑問が生じます。常用漢字表は他の箇所でも「々」の使用を認めているのです。
常用漢字表の「備考」の欄に「々」が使われているのは「各々」だけです。しかし、「例」の欄には「々」を使用した語例が三十カ所以上出ていて、訓読語では
「我々、時々、津々浦々、次々と、荒々しい、千々に」
など、音読語では
「区々、徐々に、堂々と、唯々諾々」
などの語例が挙げられています。それに対して、「々」
を使用しないで同じ漢字を並べた語例は一つも出ていません。さらに「前書き」でも
「個々、個々人」
の語で「々」を使用しているのです。
常用漢字表の趣旨に従えば、「われわれ、つつうらうら、じょじょに、いいだくだく」などの正書法欄には「我々、津々浦々、徐々に、唯々諾々」と「々」を使用してもいいはずです。しかし、多くの国語辞典は常用漢字表よりも、繰り返し記号を使用しないという原則を重視し、備考欄に書かれている「各々」だけを例外として認めているのです。
うーん、確かに世の中の実体としては「々」符号を使う傾向が強いようですし、辞書もそれを認識した上で「々」を「使わない」のなら、その基準をはっきりさせるべきかもしれませんね。小駒さん、ありがとうございました。