新・ことば事情
3905「バームクーヘンか?バウムクーヘンか?」
大阪大学の岡島先生から久々にメールがありました。
「今日の夕刻の読売テレビの番組で、豚に『バームクーヘン』を食べさせているという話が出て来た。(「バームクーヘン豚」と呼ばれていた。)これは、『バウムクーヘン』に訂正していないのでしょうか。発音としては、『バームクーヘン』であっても、文字上では『バウム』とするのが普通かなと思っていたので。道浦さんは、『クーベルタン』のところで、『バウムクーヘン』とお書きでしたね。ネット上では、『バーム』もたくさんありますけれども。(辞書は今のところ、引いていません)」
おお、久しぶりです!早速お返事しました。
「番組のチェック、ありがとうございます。『バームクーヘン』は当然『バウム』です。『Baumkuchen』ですから。もし『バーム』となっていたとしたら、チェック漏れでしょうね。 私は『ミヤネ屋』の担当で手一杯なので、夕方の番組まではチェックしていませんが、一応、デスクがチェックし、また読売新聞校閲部OBの人にも、チェックをお願いしているのですが、すり抜けてしまったのか、もしくは『完パケ』といって、字幕スーパーをテープに事前に焼き込んでしまっているために、直せなかったのかもしれません。夕方の番組ということは『ten!』ですね。今週はいつもより1時間早く、15:50から放送しています。その部分かもしれません。『バーム』では『タイガーバーム』のようですね。いま、担当者に伝えておきました。ありがとうございました!」
岡島先生からは、
「いえ、もうテレビの字幕では『バーム』でよくなったのかと。それならば、いつからそうなったのかを聞きたかった」
とのこと。そこで、
「もう『バームクーヘン』で良い、というわけではなく、『バウム』です。ただ『新聞用語集』にも、読売新聞社の『読売スタイルブック』にも、カタカナ語の例としては『バウムクーヘン』は載っていませんでした。『パエリア』『パエリヤ』は載っているのに・・・」
と、ここまで書いて、気になって、Google検索をしてみたら、
「バウムクーヘン」=377万件
「バームクーヘン」=422万件
と「バーム」が数の上では多かったです。しかも羽田空港などで人気の「ねんりん屋」が、
「バームクーヘン」
という表記を使っていました。(私も買ったことがあります。去年の12月には新幹線・東京駅の構内にも進出していました)
二重母音の表記では、専門的になればなるほど「ー」を使うのを嫌がる傾向があると私は思うのですが、それに逆らった感じです。もしかしたら、「バウムクーヘン」が「ドイツ菓子」=「ドイツ語」という意識が薄れて「英語感覚」になっているのではないでしょうか?もちろん、英語でも二重母音だとは思いますが。
辞書も引いてみました。手元にある『精選版日本国語大辞典』『広辞苑』『明鏡国語辞典』『デジタル大辞泉』『新明解国語辞典』『新潮現代国語辞典』『三省堂国語辞典』は、すべて見出し語は「バウムクーヘン」で、「バームクーヘン」はありませんでした。
ただこの中で『三省堂国語辞典』だけは、見出しは「バウムクーヘン」しかありませんでしたが、その説明文の中で「バームクーヘン」とも書かれていました。
また、去年秋に出たばかりの『岩波国語辞典・第7版』は、なんと「バウムクーヘン」も「バームクーヘン」も載せていませんでした。新しい言葉「バウチャー」は載せてるのに・・・。
辞書は「バウム」派ですが、ネットでは「バーム」が優勢で、新しい言葉を早く取り入れることで知られる『三省堂国語辞典』は、見出しにこそしていないが「バーム」という表記も載せているところから見ると、時代の趨勢はいま、「バーム」に傾きかけているのかもしれません。うちの『ten!』で「バーム」としたのも、その「時代」を先取りしたか、もしくはもしかしたら商品名がそうだったということがあるのかもしれませんね。
これ、ブログに載せていいですか?と岡島先生に伺ったら「どうぞ」というお返事とともに、
「この場合、『アウ』が『アー』になるので、二重母音といっても、『イウ』→『ユー』や『オウ』→『オー』などとは少し問題が違うように思っています。『アウ』が『アー』になった例としては、『ファウル』→『ファール』などが思い出されますが、それほど多いものではありませんね。(「ラーメン」の源は「ラウメン」である、という説に従えば、これもその例になりはしますが)『シャウプ勧告』を『シャープ勧告』と間違えたりとか、『カウボーイ』を『カーボーイ』と洒落てみたりとか。)」
なるほど、一口に「二重母音」と言っても厳密には違いがあると。そう言えば、
「イナバウアー」
は「イナバーアー」にはなりませんね。「イナバウワー」にはなっても。うーん、難しい。「ファウル」を「ファール」と言ってしまう傾向は強く、日本テレビ元アナウンサーの芦沢さんが、その昔、
「『ファウル』はしっかり『ファウル』と言うように。『ファール』ではありません!」
と、研修会などで口を酸っぱくしておっしゃってました。
また、いろいろ調べておきます!岡島先生、ご指摘ありがとうございました!
(2010、3、25)
(追記)
早稲田大学非常勤講師で『三省堂国語辞典』を編集に携わっている
「バームクーヘンを示すのは三国だけですか。これもうれしいですね。岩波は、クレーム・ブリュレ、ティラミス、ナタデココ、ブリオッシュ、マカロンなども載せないので、こまかい菓子名は載せない方針なのでしょう。
「バーム~」は、手元の用例では、
〈それでも、間髪いれず、「私、ダイヤの指輪が半額で買えるルート知って
ますから」/ と突っ込むあたり、だてに人生の年輪を◆バームクーヘンし
てない私。〔イシバシマリコ〕〉(『週刊朝日』1994.7.1 p.100)
〈ユーハイムとは、◆バームクーヘンを日本に紹介した、いまも盛業中のユー
ハイムの創業者である。〉(小菅桂子『にっぽん洋食物語大全』講談社+α
文庫/1994.10.20〔1983.12新潮社『にっぽん洋食物語』を大幅に加筆・改
筆〕)
といったところが古いのですが、Googleブックスで見ると、『日本生活文化史1 日本的生活の母胎』(河出書房新社, 1975)p.195に〈バームクーヘンのように〉とあるらしいことが分かります。Googleにはかないません。
もっとも、該当箇所は、横長の画像に縦書きの文章が示されているため、前後関係がさっぱりわかりません。これは英文書籍の表示を想定しているからですね。」
ということです。さすが飯間さん、しっかりと「バーム」のほうの用例を示してくださいました。ありがとうございます。