新・ことば事情
3883「『めいぼ』は『目のイボ』ではない?」
去年の9月、関西外国語大学の名誉教授で、「広辞苑」で有名な新村出先生の財団の理事長でも知られる堀井令以知先生の講演会が、うちの近くの公民館で開かれたので聞きに行きました。先生は、ご近所さんなんです、実は。
1時間半の予定の講演が、会場からの質問に堀井先生が答えているうちに、なんと2時間10分にもなり、その間こちらは椅子に座っているのに、先生は立ったままで・・・会場の方もお年寄りが多かったんですが、その会場の人たちよりも、講師の堀井先生が一番のご高齢なもんで、気を遣う、気を遣う・・・。
「先生お座りになったら・・・」
と声を掛ける方が出ましたが、
「いや、私は立ってる方がラクなんです」
と毅然として言い放つ堀井先生。こういう方のことを、
「かくしゃくとしている」
と言うのでしょうね。漢字で書くと、
「矍鑠としている」
です。うわあ、大変なことだ、これは!
もう、お話はとってもおもしろかったのですが、中でも「目からうろこ」が落ちたのは、
「めーぼ」「めぼ」=京都
「めばちこ」=大阪
という話。これは知っていました。標準語では、
「ものもらい」
というものですね。医学的には「麦粒腫(ばくりゅうしゅ)」。
この「ネーミング=名づけ」に関してなんですが、私は「めーぼ」「めぼ」「めいぼ」は、当然、
「目のイボ」
だと思っていました。すると先生は、
「『めーぼ』は『目のイボ』ではありません!」
とおっしゃるではないですか!じゃあ、一体何なの?と、その先のお話に引き込まれて聞いていたら、
「『めぼ』は、元は『めぼいと』と言ったんです。それが短くなって『めぼ』。『ほいと』というのは『乞食』のことです。つまり、この病気は『人から物をもらうと直る』という『病気の治し方』が、病気の名前になっているんです。『ものもらい』も同じです。民間療法では『小豆を井戸に投げると治る』とか『櫛を目に当てると治る』というのもある。」
そうだったのか!
「めぼいと」→「めぼ」→「めーぼ」
なのか!さらに先生は、この病気の名前の呼び方が、地方によって様々であることに触れて、
「九州では『ななし』とも呼ぶが、これは本当の名前を言うのがはばかられるから『名無し』。タブーを避けているのです」
これを聞いてすぐに思い浮かべたのは・・・・・そう、宮崎駿監督の『千と千尋の神隠し』で出てきた「顔無し」です。あれも本当の顔を見るのがはばかられるから?また、「ハリーポッター」シリーズで、「悪の魔法使いの名前」(ヴォルデモード)を言うのがはばかられていましたね。おんなじだ!
さらに、
「九州などでも『だんなさん』とか『おひめさん』なんていうふうに『良い呼び方』で呼ばれることがあるが、これは『病気が悪いものだから逆によい名前をつけている』のです」
とのこと。うーん、奥が深い!!さらにさらに、
「『ナイス』という英語は18世紀までは悪い意味だった。『バカな』とか『愚かな』という意味。元はラテン語で『ネ・スキオ』。『スキオ』は『わかる』で、『ネ』が否定。それが『ネ・スキュース』になって『ナイス』になった。その間に、意味も逆転した」
なんて話は正に「ナイス!」。初めて知りました。また「目からうろこ」。
堀井先生のお話を聞いて、「めいぼ」の語源に関して「目からうろこ」が落ちたんですが、それからしばらくして読んだ『大阪のことば地図』(
「モノモライ」「メバチコ」「メバチョコ」「メバチ」「メバツコ」「メボツコ」「メバスコ」「メボシ」「メイボ」「ネイボ」「メバ」「デバツコ」
といった少なくとも12種類のバリエーションがあるそうで、この「麦粒腫」を直す「おまじない」は、
「井戸に小豆を投げ入れる」
「櫛(主に柘植=ツゲ)を畳に擦り患部につける」
「小豆を熱したりする」
「糸に結び目をつける」
「包丁を患部に当てる」
「針で突くしぐさをする」
「赤い煙管(キセル)で患部を擦る」
「他人にうつす」
「藁に結び目をつくる」
「雨だれを目に入れる」
といった具合。解説を読むと『日本国語大辞典・第二版』から、全国に多様な名称があるが、大きく分けると、
(1)「コジキ類」(モノモライ、メコジキ、メボイト、メカンジキ)
(2)「メイボ類」(メイボ、メボ、メンボ)
(3)「メバチコ類」
(4)「その他」
の4つに分けられるそうです。そして「コジキ類」は、
「この病気を患った際に、他人から米などの特定の食物をもらうと治るという、治癒に関するまじないの行為からきた名称」
だそうで、これは堀井先生のお話に合致しますね。そして、「メイボ類」ですが、これは、
「目にできる疣(いぼ)からの命名」
だそうです。あれ?やっぱり、そうなの?私が最初に思っていた通り!堀井先生のお話と違うぞ。
「その他」では、宮城県を中心とした「バカ」、九州全域の「インノクソ(犬の糞)」や「オヒメサン」「目+性器」などは、
「禁忌への発想からの命名」
とされています。これも、堀井先生のお話にありましたなあ。
そして「メバチコ類」ですが、これは大きな分布勢力を持ちながら、
「命名の由来がわからない」
のだそうです。なんじゃ、そりゃ!!
でも「推測」として、古くは「メバツコ」であり、これは、「メ」と「ハツコ」に分けられる。「ハツコ」は「鉢」+「子」ではないか?そうすれば「托鉢」のように「物をもらう行為」を意味するので、「治癒の方法による命名」につながるのではないか?と書かれていました。
うーん、やはり語源は難しいですねえ。