新・ことば事情
3993「ねざくる」
先日、郵便学者の
「岐阜出身の妻の母(義母)の語彙で、東京出身の私がわからなかった言葉に『ねざくる』があります。意味は『こすり付ける』とか、『なすり付ける』とか、そんな感じなんですけど」
という話が出ました。
「ねざくる」
なんて初めて聞いた言葉です。全然知りませんでした。
後日、飯間さんからメールが届きました。
「内藤さんが、たしか奥様の岐阜方言として『ねざくる』をご紹介くださいました。枕カバーに寝汗を『ねざくってはだめ』というように使うとのことでした。『ねざくる』は手元の方言辞典にも見えないのですが、語源は、
『ぬたくる→ねたくる→ねたぐる・ねだくる→ねざくる』
かと考えました。そうだとすると、ずいぶん変化したものです。以下の文献がありました。
山田達也・山口幸洋・鏡味明克『東海の方言散策』中日新聞本社 p.76
---(引用開始)
ネタクル『泥など、ねばつくものを、こすり付ける』
訳が少々長いが意味が狭いからやむを得ない。ネダクルともいう。 昔、どの程度の共通性があった語か分からない。『広辞苑』にもないが、方言としては岐阜県などのネタグル『塗る、なすり付ける』と同類である。尾張の農村。小学校一年生の腕白小僧。私の仲間は皆、着物の袖{そで}口がゴワゴワ、ピカピカしていた。鼻紙、ハンカチなどとは無縁の時代で、だれでも青ばなを袖口でふいて、ネタクッタからである。鼻の下にレールが付いて、出たり、入ったりする青ばなを最近は見かけなくなった。世の中が進むと青ばなも出なくなるものであろうか。(達)---(引用終了)」
そこで私はこんなメールを返しました。
「『ねたくる』は、私も三重出身なので聞いたことがあります。
『ねたくる』の『た』が濁って『ねだくる』、その『だ』が『ざ』に転化して『ねざくる』となるのは、可能性ありますね。『ねたくる』自体も、
『ぬりたくる』→『ぬったくる』→『ねたくる』
と変化したのではないでしょうか?」
それに対して塩田さんが、
「『日本国語大辞典』に以下の項目があるのを見つけました。
ねじくる (中略)[方言](中略)②ぬぐう。 兵庫県但馬652
『ねざくる』との関連を疑わせます。
西日本の一部に、『ねざくる』『ねたくる』『ねじくる』『ねじゃくる』などの変異形が見られることばなのでしょうか。」
そこでまたまた私が、
「『ねじくる』・・・・わたくし、『ねじめ正一』を思い浮かべてしまいました。」
と茶化すと、塩田さんから、
「『ねたくる』は、『日国』にも掲載があるのですね。
ねたくる[他ラ四]こすりつける。ぬりつける。ぬたくる。
煤煙(1909)<森田草平>一九『その儘濡れた掌を男の口髭にねたくり附けた』
で、その『森田草平』は岐阜出身です。
http://100.yahoo.co.jp/detail/%E6%A3%AE%E7%94%B0%E8%8D%89%E5%B9%B3/
あと、『ぬたくる』の用例で江戸時代のもの『化粧ぬたくりて』が挙げられています。
これは、『ぬりたくって』から来たと考えるのが自然な気がします。
もし、『ぬたくる』と『ねたくる』が同源だとすれば、飯間さん・道浦さんのご指摘どおり、
ぬりたくる > ぬったくる > ぬたくる > ねたくる > ねだくる>ねざくる
という壮大な語形変化のルートが想定できるかもしれませんね。『ねじくる』は関係ないかもしれません。あるいは『ねたくる』と『ねじくる』の混交形が『ねざくる』かも?『やぶる』と『さく』から『やぶく』ができたように。」
とさらに詳しい分析メールが!
もしかしたら方言の専門家には既に解明済みのことかもしれませんが、一つの言葉からいろいろと、話が広がり、楽しかったです。(おもに飯間さんと塩田さんの対話なのですが。)