今回の配達先は、フランス。ここで料理人として奮闘する中村陵さん(30)へ、沖縄県で暮らす父・昭一さん(66)、母・規子さん(66)の想いを届ける。
フランスとベルギーの国境に位置する街・リールは中世の面影を今に残す美しい街並みが人気の観光都市。陵さんが働くフレンチレストラン「ブルー・カナール」は飲食店激戦区であるテアトル広場周辺にあり、店の入れ替わりも激しい中、今年で5年目を迎える人気店だ。メニューは、料理長を務める陵さんがすべて考えている。フランス料理をベースに、様々な国のエッセンスを加えるのが自身のスタイル。中には、豚の三枚肉や落花生豆腐など故郷・沖縄の味を組み合わせたメニューも。午後7時に開店すると、1時間ほどで店内は満席になる。この日、店が終わる11時まで厨房に立ち続けた陵さんは50人分のコースをさばいた。閉店後には、この日のメニューをファイルに保存。2年前に料理長に就任してから500種類以上のレシピを考案し、週替わりで提供するメニューはひとつとして同じものはないという。
陵さんの原点は、父・昭一さんに連れられ何度も釣りに出掛けた沖縄の海。昭一さんは、「釣りをはじめて、魚を自分でさばいて。この頃から食に目覚めたんじゃないですかね」と振り返る。ただ、母・規子さんは特に一緒に料理をしたことはないそうで、昭一さんは「陵は独学で覚えてくるんですよ。不思議な子で…」と、幼い頃から息子には料理の才能があると感じていたと語る。
そしてフランス料理の世界に入るきっかけとなったのが、フランス人の妻・アリックスさん(24)。同じ時期にワーキングホリデーで訪れていたイギリスで出会い、一目惚れした陵さんからの熱烈なアプローチの末、交際を始めた。だがアリックスさんは帰国が決まっていたため、陵さんも2019年、彼女を追ってフランスへ。何のあてもない中、見習いアルバイトとしてレストランの厨房に入った。こうしてアリックスさんと一緒にいるために始めた仕事だったが、働くうちにフランス料理の奥深さに目覚め、料理とフランス語を猛勉強。わずか1年で調理担当に昇格したのだった。現在、料理長となった陵さんの大きな目標が、いつか故郷の沖縄に戻ってフレンチレストランを開くこと。夫の夢を後押ししたいと、アリックスさんもスイーツ店に勤めてパティシエの勉強を始めたという。
そんな陵さんが定期的に開催しているのが、フランス料理界の有名シェフを招き、一緒に料理を作って振る舞うというイベント。今度は現地の人気料理番組で知られるカンボジア系フランス人のサリカ・サーさんを迎え、共通のルーツであるアジアの食文化を感じられる料理を提供することになった。イベントに向け、コースのメニューを考える2人。技術も経験も全てにおいて格上のサリカさんに対し、陵さんも負けじとアイデアをぶつけていく。迎えた当日。準備をしながら、いつにも増して複雑で高度な作業や40種類以上もある食材に手こずる陵さん。そんな中、前菜に陵さんのレシピが採用される。日本のイカソーメンと細切り大根、パスタを合わせて3種類の食感が楽しめる一皿は、温かい沖縄風のダシを加えることでイカの甘みがさらに引き立つ。一方、サリカさんの料理も海鮮ソースを使った鴨のローストをはじめ、海の幸と山の幸を同時に味わうことができるさすがの出来栄えだ。2人で腕を振るった一夜限りのスペシャルコースは、店に集まったたくさんのお客さんたちを満足させた。
いつか故郷の沖縄で自分の店を構えるという大きな夢に向かって挑戦を続ける陵さんへ、両親からの届け物はアーサやクスガラスなど幼い頃から慣れ親しんだ沖縄食材の詰め合わせ。息子がいつでも故郷を思い出せるよう、さらに料理作りのヒントになればと選んだものだった。懐かしい味をしっかりと噛み締める陵さん。そして両親へ「沖縄に帰ってきてほしいと常に思っているのはひしひしと伝わっていて、それでもフランスにいる道を選んでいるんですが…でもいつかは沖縄に帰って、自分の店をやって親孝行をしたいなと思ってます」と今の想いを伝えるのだった。