今回の配達先は、スペイン。ここで家具修復士として奮闘する光部(こうべ)聡子さん(43)へ、静岡県で暮らす父・行正さん(70)、母・嘉子さん(70)の想いを届ける。
バルセロナから車で1時間、カタルーニャ地方の小さな田舎町・ピネダネマールに家具修復工房「タジェール ウベコ」を構える聡子さん。実はこの町で家具専門の修復士をしているのは聡子さんだけで、大都市のバルセロナでも数人しかいない。そもそもスペインには古い家具を直して使う文化がないのだという。だが、3年前に工房を立ち上げるとクチコミで評判が広まり、これまで300点もの家具を修復。今やオーダーが絶えない工房となった。
母親の実家が材木店だったため、幼い頃から木と慣れ親しんできた聡子さん。ものを作ることが好きで、家族の恒例行事だったのが“工作パーティー”。聡子さんが企画し、両親、祖母、弟にもそれぞれ紙や箱で作品を作ってもらって発表する会をよく開いていたという。22歳の時、語学留学で訪れたスペインで、職業訓練校に木工家具コースがあることを知り入学。そこで家具修復の基礎となる木工の技術を2年間学んだ。15年前に結婚した後も趣味として修復をしていたが、40歳を機に工房を持ちたいという夢が膨らみ一大決心。夫のガブリエルさんも「やりたいことをしたらいい」と後押ししてくれ、普段も運搬や納品などを手伝ってくれているという。
そんな聡子さんが現在取り組んでいるのが、築130年の邸宅にあるモデルニスモ様式の家具をまるごと修復するという依頼。モデルニスモとは、カタルーニャ地方を中心に19世紀末から20世紀初頭にかけて流行した芸術様式。多種多様な花をあしらった華やかな装飾が特徴で、建築の巨匠・ガウディが手がけたサグラダ・ファミリアはモデルニスモ建築の傑作といわれている。そんな歴史的価値が高い家具の修復という大役を任され、工房では100年以上前の洋服ダンスに取り掛かっていた。古い家具ならではの木材の味わいや、本来持っている価値を呼び戻すことが本当の修復だと考えている聡子さん。家具をただ新しくするのではなく、時間の経過も感じられる仕上がりを狙っているという。虫食いの補修やニスの塗り直しなど、タンス1つだけでも3か月はかかる修復作業。「タイムパフォーマンス(時間対効果)やコストパフォーマンス(費用対効果)を重視すると、仕上がりが変わってしまう。もちろんビジネスなので考えないといけないけど、そっちに行きすぎないように、『家具はどうしてほしいかな?』と家具の声を聴くような感じで進めます」。こうして気の遠くなるような地道な作業を経て、失われた100年以上前の記憶が聡子さんの手により少しずつ蘇っていく。
聡子さんの両親は、コロナがあったため3年前に開いた工房にはまだ行ったことがないそう。現地で作業に打ち込む娘を見て、母・嘉子さんは「いい仕事ですね」と感心した様子。一方の父・行正さんも「親としてはビジネスとして成り立つのか心配ではあったけど、なんとかこのまま続けてくれれば」と応援する。
工房は1人で切り盛りしているが、自分の軸となるものに気付かせてくれた家具修復士の師匠や、共同で作業する家具の革張り職人など、志を共にする人たちとの出会いによって仕事も広がっていった。大切に抱き続けた大きな夢を40歳にして叶え、今では職人の世界でしっかりと根を張る娘へ、両親からの届け物は聡子さんが小学5年生の時に作った木製のパズル。木工の原点ともいえる作品だった。父が綴った手紙には、「現地でその姿を見せてもらいたいと思います。訪問を楽しみにしています」とのメッセージも。両親の想いに触れ、涙があふれる聡子さん。そして「4年間コロナで帰れない間、帰りたい気持ちを封印してたんです」と明かし、「やっぱり自分の家族じゃないと分かってもらえないこともあるし、メールじゃ物足りないときもある。まだまだ見せたいものもあるし、そろそろ親孝行をする時期かな…」と再会を心待ちにするのだった。