今回の配達先はアイルランド。首都・ダブリンでDJとして奮闘する重田笑依(えみい)さん(34)へ、茨城県で暮らす母・壽美子さん(64)の想いを届ける。娘がDJをしていることはテレビで知ったという壽美子さん。偶然見たアイルランドのニュースで、笑依さんが「DJ Emmy」として映っていたのだという。驚いた一方で、DJという仕事に対しても「夜のクラブに出たりする、危ない、怪しげな職業じゃないのかな…」というイメージがあり、娘を心配する。
アイリッシュウィスキーやギネスビールが有名なアイルランド。代表的な文化であるアイリッシュパブは地域の老若男女が集まる場所で、ファミリーレストランのような感覚で来る人も多いそう。昼間からお酒を囲む人たちで賑わうパブでは、DJは昼夜関係なくごく当たり前に存在し音楽を流している。そんな中、笑依さんは“シティポップ”に詳しいアイルランド唯一の日本人DJとして注目を集めている。1970年代後半から80年代にかけて発売され、独自に進化した日本のシティポップ。それが今、世界で大ブレイクしていて、ダブリンでも人気急上昇中なのだ。そこで、老舗のパブで行われるイベントでは、笑依さんがトップバッターとして、まだお酒が入っていないお客さんを盛り上げるという大役に抜擢された。1曲目に選んだのは、桑名晴子の「そして電話のベルは」。さらに石川セリの「フワフワ・WOW・WOW」など、ロマンティックなボーカルと優しいメロディのナンバーで客の心を掴んでいく。曲の知名度は関係ないというが、中盤で予定にはなかったナンバーをセレクト。松原みきの「真夜中のドア~stay with me」は現在、世界中の若者の間で大ヒットしている曲で、笑依さんは客が温まり始めたところを見計らってより盛り上がるようレコードを切り替えた。全15曲をかけ、フロアを盛り上げた笑依さんは、見事トップバッターの大役を果たした。
映画のサウンドトラックが大好きで、東京・渋谷のレコード店で働いていた笑依さん。ある時入荷したアイルランドの音楽家が奏でる独特の音色に衝撃を受けた。直感的に「行きたい」「住みたい」と思った笑依さんは母の反対を押し切り、2018年に語学留学を名目にアイルランドへ。そこで足繁く通っていたレコードショップの店員が主催するイベントに参加したことが、さらに人生を変えた。会場で顔見知りから「DJはやらないのか?」と聞かれた笑依さんは、とっさに「やっている」と答えてしまい、経験ゼロながら見よう見まねで日本のレコードをかけることに。するとイベントが大いに盛り上がり、以来オファーが殺到。「DJ Emmy」として生きることになったのだった。
笑依さんが4歳のときに両親が離婚。母は昼も夜も働き詰めで、親子の関係はいつしかすれ違っていった。中学生の頃には、母子家庭だからこそ勉強や生活をきちんとさせようとする母に反発し、心無い言葉をぶつけたことも。実はアイルランドでDJをしていることも母にはずっと知らせてこなかったという。
今やダブリンのパブには欠かせない人気DJとなった笑依さん。思いがけずデビューしたことで人生が一変し、アイルランドでさらなる奮闘を誓う娘へ、母からの届け物は手編みのセーター。添えられた手紙には、「夜は笑依と一緒に過ごしたかった。一緒にご飯を食べ、お風呂に入り、いろんな話をしたかったです」と子どもの頃、仕事で夜も不在にして寂しい思いをさせたことへの後悔の言葉が綴られていた。「私は母と日常的に一緒にいたかったんですよね。夜いないことが本当に寂しくて…でも母はその分働いてくれて努力していたのに、それをまったく分からずにいて…」とさまざまな思いがこみ上げ、涙が止まらない笑依さん。そして「私が生まれたときの母子手帳を見たことがあるんですが、そこには一緒に映画を見に行ったり、コンサートに行ったり、ショッピングしたりしようねって書いてあって…将来の夢であふれていたんです。なので、その書いてあったことをしたいですね」と、これから母の願いを叶えていくことを約束するのだった。