今回の配達先は、カナダのトロント。ここで料理人として活躍する中川龍介さん(35)へ、愛媛県で暮らす父・浩行さん(63)、母・いそみさん(59)の想いを届ける。
美食の町としても知られるカナダ最大の都市・トロント。そのダウンタウンに店を構える日本食レストラン「あぶり華」は2020年にオープンし、龍介さんが料理長を務めている。季節に応じた京懐石のコース料理を提供し、昨年はミシュランガイドの1つ星を獲得した。実は今年もミシュランパーティーの招待状が届いているが、当日の発表までは星を獲得したかどうかもわからないという。そんなミシュランの星は、「取りに行かないと取れないもの」だという龍介さん。「そこに向けて付加価値をつけていく行為をしていかないと、ミシュランには近づかないんじゃないかと思います」と語る。
日本では伝統的な懐石料理を手掛けてきた龍介さん。一方、トロントで提供するメニューは、「本格的な日本料理の15歩手前ぐらい。懐石料理を知らない人たちの最初のステップになれば」との思いで、親しみやすさや見た目の可愛さも考慮しているという。そんな龍介さんの代表作が「マグロ花造り」。マグロの刺身を花に見立てた料理で、ヒノキの香りがするドライアイスが沸き上がる演出を加えることで味覚と視覚で日本を感じてもらえるような一皿に仕上げている。ほかにも、子どもの頃に食べたそうめんをアレンジした料理や、アジフライを提供したことも。昔、母が作ってくれた家庭の味も料理に取り入れている。
龍介さんの故郷は、愛媛県の最南端にある愛南町。海と山に囲まれた自然豊かな場所で育った。たまたまテレビで見た料理人に憧れを持つようになり、高校を出るとすぐ滋賀県の和食料理店で働き始めた。同じ頃、ミシュラン3つ星を獲得する京都の名店「菊乃井」で働く機会があり、高いレベルに刺激を受けたことが人生の転機に。その後、経験を買われわずか26歳でホテルの料理長に抜擢された。そして自分の料理をSNSにアップしたところ、カナダから突然ダイレクトメールが。それが、「一からレストランを作って、ミシュランを持っていないシェフと一緒にミシュランを取りたい」というオーナーからのオファーだった。カナダへは妻の美稲さん(35)、娘のりおちゃん(6)とともに移住。家でもあまり変わらないという龍介さんだが、ミシュランの星を取り目標を達成した直後は、燃え尽き症候群のような状態になっていたという。だが星を守り、次は2つ星を…と改めて沸き上がった思いが龍介さんを立ち直らせたのだった。
実は、息子の料理を食べたのは「渡航前に、働いていたホテルでコースをいただいたのが最初で最後でした」という父・浩行さんと母・いそみさん。トロントで提供する料理を見たいそみさんは、「またグレードアップしているなと。日本では本当に割烹料理だったので、どういうところからアイデアが出てくるのか…」と感心。そしてその根底には母の料理があったと知り、さらに驚く。
迎えた「ミシュランガイドトロント2023」の発表当日。会場には、緊張した様子の龍介さんの姿があった。まずは、ミシュランガイドのオススメレストランを発表。ここでの選出は星を落とすことを意味するが、「あぶり華」の名前を呼ばれることはなく、龍介さんはひと安心する。こうしていよいよ星付きレストランの発表へ。1つ星は14店、2つ星は1店、3つ星は該当なしという結果の中、「あぶり華」は見事2年連続となる1つ星を獲得した。
これからもさらなる星を目指す息子へ、両親からの届け物は地元・愛南町の麦みそと醤油。どれも子どもの頃から慣れ親しんだ思い出の味だ。大好物だった母の味噌汁を懐かしそうに思い返しながら、「こういう味の影響は受けているだろうなと思いますし、家の料理がうまくなかったら、今の俺が作ってる料理もうまくならないかなと思います」と龍介さん。そして照れながらも両親に感謝を伝えると、「やっぱり楽しいですね、料理人は。まだまだやめられないですね」と大きな笑顔を見せるのだった。