今回の配達先は、町の中心地の多くが世界遺産に登録されているイタリア北部の都市・モデナ。ここで絵画修復技術士として奮闘する小西結衣さん(27)へ、大阪府で暮らす父・賢一さん(49)、母・由佳さん(48)、弟・颯太さん(25)、祖母・淑子さん(74)の想いを届ける。
ベテラン修復士のシルビアさんが主宰する修復工房「アルテモーザ」で働く結衣さん。「修復士」よりひとつ下のランクにあたる「修復技術士」の資格を持ち、シルビアさんに依頼が来た仕事の手伝いをしている。ヨーロッパでは古い絵画は修復するのが当たり前とされ、工房には個人で所有する油絵などが持ち込まれる。修復する際は、元の絵に使われた画材とは違う材料を使わなければならないというルールがあり、あえて修復した部分は後から剥がせるようになっている。大抵の場合、持ち込まれた絵はすでにどこかが修復されているので、まずはその部分を少しずつ剥がして、別の画材で作った色をのせていく。欠落したほんの小さな箇所を塗り直すだけでも数時間を要する、気の遠くなるような工程だ。
幼い頃から絵が大好きだった結衣さんだが、「自分はクリエイターに向いていない」と感じ、中学の時には修復士になると決めていたという。その夢を叶えるため、大学では古典絵画の模写を専攻。卒業後、2019年秋にフィレンツェの修復学校に入学した。しかしその直後にコロナ禍となり、ロックダウン。学校にも通えず外出すらできない中、結衣さんは1秒たりとも無駄にするまいとひたすら勉強に打ち込んで過ごしたという。2021年末に学校を卒業。就職先を探すも、コロナの影響もあり簡単には見つからなかった。そこへ声をかけてくれたのがシルビアさんで、藁にもすがる思いで半年前モデナにやってきたのだった。
修復士はその絵がいつ描かれたのか、どんな材質や画法で描かれたのかを診断しなければならないため、知識と経験がものを言う仕事。「コロナで出遅れた」と常に感じてしまうという結衣さんは、特にこの1年は新しいことを吸収しようと貪欲に走り続けてきた。あるときの仕事場は、国立公園に隣接するモデナ・レッジョ・エミリア大学植物園。国からの依頼で、園内の大広間にある壁画の調査と修復を行っている。結衣さんにとって壁画の修復は専門外だったが、こうしてシルビアさんの下で仕事をしながら新たな技法を学ぶことができる今の職場は「すごくうれしい環境」だと語る。
娘が実際に働いている姿を初めて見て、「思っていた以上に絵画以外のことをやっていた」と父の賢一さん。「なにより彼女がイキイキしている感じがとてもうれしく思います」と目を細め、母の由佳さんらも大きくうなずく。
今では様々な修復を手掛ける結衣さんだが、大学生の頃、制作した作品を見た教授から「あなたは修復士に向いていない」と言われたことがあった。辛辣な言葉にその場で泣き崩れてしまったというが、悩み抜いた末に残ったのが、「やっぱり修復という仕事が好きだ」という気持ち。その後も壁にぶつかったときは当時の気持ちを思い出すといい、むしろ「あのときに諦めなかった。今となっては必要なタイミングだったと思う」と振り返る。
その時にできる最高のパフォーマンスを常に心がけ、夢の舞台を着実に前進し続ける娘へ、日本の家族からの届け物は結衣さんの大好物である祖母が作ったひじきの煮物。父からの手紙には、「結衣には頑張れとは言いません。休憩したくなったらいつでも帰って来てください。家族みんなで待ってます」と綴られていた。あたたかいメッセージを受け、涙がこぼれる結衣さんは「家族に弱音を吐いても、『帰っておいで』と言ってくれる安心感があるからこそ、まだいけると思います」とその想いに感謝を伝える。そして「でもまだそうは言ってもらいたくないので、まだまだ頑張ります」と改めて奮起を誓うのだった。