今回の配達先は、タイのチェンコーン。ゲストハウスを経営する髙橋明子(ひろこ)さん(44)へ、大阪府で暮らす母・いそ子さん(65)の想いを届ける。タイ北部の中心都市・チェンマイからバスで6時間。チェンコーンはラオスと国境を接する小さな町で、大通りを抜け脇道に入ると東南アジア5か国を流れる大河・メコン川が広がる。そこから山側へ10分、人里から少し離れた場所にあるのが、明子さんのゲストハウス「パパイヤヴィレッジ」。夫のシンさん(37)と2人で山を切り開き、母屋とゲストルームを手作りして2011年にオープンした。ここでシンさんと6歳になる娘の3人で暮らしている。客室は4つで、お客さんのほとんどは日本人。旅を愛する人たちが集い、それぞれが思い思いのスタイルで明子さん一家とともにゆったりと時間を過ごす。
地元・大阪の高校を卒業後、絵描きを目指していた明子さん。友人の勧めでタイへ一人旅をしたとき、たまたま泊まったゲストハウスで働いていたシンさんと出会い、一目惚れした。さらにチェンコーンの町の雰囲気や、聖なる川と呼ばれるメコン川に魅了された明子さんは、この地で子育てがしたいとの思いが湧き、シンさんとの結婚を決意する。しかし、ラオスの少数民族・カム族出身のシンさんの父はラオス内戦を逃れタイへ渡った難民で、シンさんも国籍がなかった。タイでの居住は許されており、特に苦労はなかったというものの、様々な制限があって良い職につくことはできない。そこで、子どもを育てるために始めたのがゲストハウスだった。実は、夫婦の間には今年16歳になるもう一人の娘がいる。明子さんにとっては、我が子をこの環境で育てたいと思ったほどチェンコーンは最高の場所。だが長女は田舎の生活を嫌がり、今は日本の高校へ進むため明子さんの母のもとにいる。その意思を尊重する明子さんだが、受験を控えていることもあって長女のことが気がかりで仕方がないという。
朝7時、明子さんがかまどでもち米を炊くところからゲストハウスの1日が始まる。周辺に良い香りが立ちこめると宿泊客が自然と集まり出し、明子さん家族と一緒に食卓を囲む。夕方にはお客さんを連れて町へ降り、週に一度開かれるマーケットへ。タイならではの食材がずらりと並ぶ中、それぞれで好きな食材を買い込んでパパイヤヴィレッジに戻り、夕食を楽しむ。こんな賑やかな食事ができるようになったのは実に3年ぶり。コロナ禍の間は収入が無くなり、危機的状況に陥ったこともあった。そのとき家族を支えたのは、カム族として育ったシンさん。無一文になっても動じず、山に入ってタケノコからモグラまで様々な食材を調達してくれたといい、「無敵やなと思います。シンがいなくなったら私はここに住めないですね」と明子さんは言う。
そんな娘の姿を見て、「すごく楽しそうなので、それでいいかなと思います」と安心する母のいそ子さん。かつて明子さんからタイで住むと聞いたときはすごく寂しかったというが、「止めても本人に嫌われたと思います。子どもの時から自分の意思を貫くというか、我が道を行くという感じでしたので」と当時の心境を明かす。
旅先で出会ったシンさんと聖なるメコン川に一目惚れし、自分の想いに真っ直ぐ生きる娘へ、母からの届け物はマフラー。朝晩は冷え込むタイ北部で暮らす娘の体を気遣った母が手編みしたものだ。母らしい届け物に思わず笑い出す明子さん。しかし「いつも応援しています」という母の手紙を読み始めると、涙があふれる。そして、「今、娘も世話になっているし、私も大事に育ててもらってこんな遠いところに行って申し訳ないと思うときもあるけど、でもやっぱりここでこういう風に生きてるのが私は幸せ。だから応援してもらってるのもうれしいし、本当にありがたいです」と感謝の気持ちを伝えるのだった。