今回の配達先は、静岡県沼津市。深海魚ビジネスを行う青山沙織さん(41)へ、兵庫県で暮らす父・三郎さん(73)、母・弥生さん(68)の想いを届ける。娘との関係はあまり良くないという三郎さん。「潜在的に性格が似ているところがあるから、お互い妥協しないところがある」と明かす。近況を聞くのも弥生さん経由だというが、「漁港でそういう仕事に従事している女性はほぼ1人だと思うので、漁師さんと打ち解けていくまでは相当苦労したんじゃないかな…」と様子を気に掛けている。
沼津市の戸田(へだ)地区は、四方を海と山に囲まれた小さな集落。沙織さんはここで深海魚を販売するビジネスを立ち上げた。戸田の港からつながる駿河湾は日本一深い海で、水深は2500メートルにも。そのため「深海魚の聖地」と呼ばれるほど多種多様な深海魚が生息している。地元の漁師が底引き網漁でアンコウやテナガエビなど高値で取引される深海魚を狙う中、漁に同行する沙織さんが選り分けるのは、見慣れない不思議な姿の魚たち。これまでは網にかかっても捨てられていたような深海魚にも価値があると考え、それらをまとめて買い取っているのだ。自分で事業を起こしたいと思ったのが36歳の時。そこで勤めていた航空機メーカーを退職し、沼津市の地域おこし協力隊に参加した。都会から来た素人が始めた前例のない挑戦にもかかわらず、熱心な仕事ぶりに漁師たちも協力してくれたという。
漁を終えると、自宅兼事務所で獲ってきた深海魚の梱包作業に取り掛かる。全国へ発送する「深海魚直送便」には深海魚料理が名物の戸田地区以外にはなかなか出回らない種類の魚を詰め合わせているが、何が入っているかはその時のお楽しみ。また、食用に向かない深海魚をまとめて送る「ヘンテコ深海魚便」という商品もあり、大学の研究機関やアーティストらに購入されているという。ただ直送便だけでは安定した収入を得るのは難しいのが現状。そこで深海魚を使った様々なビジネスも模索している。そのひとつで、昨年商品化された「しんかいソーセージ」は沼津市をPRする商品としても注目され、沼津市長からも「本当においしい」とのお墨付きをもらい期待をかけられている。
安定志向の両親の下で育った沙織さんは、ずっと「ちゃんとしたところに勤めることが正解だと思っていた」という。一方で大人になるまで好きなことができず、「若いときにいろいろな経験をしておきたい」という願望もあった。そんな中、30歳の時にワーキングホリデーでオーストラリアへ。飲食業や真珠の養殖業など様々な仕事を体験し、さらに転職にも前向きな海外の人たちを見て「いいところに就職しているからとやりたいことを我慢するより、辞めて新しいことを続けていく方が大事だと思った」。そんな想いが起業の決断につながったと語る。
「将来的にはここで深海魚のテーマパークを作れたら」という夢を持ち、今はまだ種を蒔いている段階だという娘へ、両親からの届け物は家族旅行の写真。旅行好きの父が撮りためていたたくさんの思い出の写真が1枚のフレームに納められていた。フレームの裏側には、「いろんなところに行き、遊んだ家族旅行。今の沙織の大きな原動力になっているのかな。これからも大きく羽ばたいてください」と、父がこれまで伝えることができなかった想いが綴られていた。「今も旅行が好きでいろいろ行きたいと思うのは、こういう小さい頃からの経験があったからだと思います。海にも連れて行ってもらいましたし…」とうなずく沙織さん。さらに“元気な間にまた家族で旅行に行きたい”という父のメッセージに、「じゃあ近々、家族で海外旅行に行ってみたいです」と笑顔で応えるのだった。