今回の配達先は、ベトナムのハノイ。美容師として奮闘する阪下正樹さん(40)へ、大阪府で暮らす父・司さん(75)、母・弘子さん(65)の想いを届ける。実家は理髪店で、司さん、弘子さんも理容師。弘子さんは息子に対して、「場所は違うけれど、同じような職業をやってくれているのは嬉しい」と喜んではいるものの、「言葉が通じないのに、仕事ができているのかどうか…」と心配もあるという。
ベトナムの首都・ハノイはホーチミンに次ぐ第2の都市。正樹さんはこの地で、ヘアサロン「tetote」を経営している。ベトナムでは美容師や理容師に資格はなく、街のあちこちでフリーの野外散髪店が営業している。カットの相場は250円~500円と格安で、女性の利用が多い一般的なヘアサロンでも1000円以下がほとんどだ。そんな中で「tetote」は日本式のハイレベルな技術とサービスを提供する高級店であり、比較的裕福なベトナム人に利用されている。現地では今、ジャパニーズスタイルの髪形が人気で、参考用に日本人の画像を用意する人もいるほど。簡単なベトナム語は話せる正樹さんだが、お客さんの希望を細かいニュアンスまで聞き逃さないよう、接客では通訳を使っている。また、希望のヘアスタイルに仕上げるだけでなく、髪質のケアまでするのが美容師としての役目だと考えているため、強いパーマなど現地式の方法により髪にダメージを受けているお客さんには、髪に負担の少ない日本の薬剤で施術をやり直すこともある。
祖父の代から続く理髪店に生まれた正樹さんは、美容系の専門学校を卒業。しかし就職はせず、ブレイクダンスの道に進んだ。海外の大会にも出場するほどだったが、ケガによりその道を断念。12年前、同じくダンサーだった妻・有佳さんとの結婚を機に日本のヘアサロンに就職した。だが店を任されるようになると多忙を極め、産まれたばかりの娘にも会えない時間が続くように。そこで状況を変えなければと、有佳さんのアドバイスもあって日本の髪型が流行り始めていたベトナム行きを決意したのだった。そんな正樹さんの原点は、実家の理髪店でカットをしている両親の背中。職人気質で無口な父からは何かを教わったり、叱られた記憶はほぼなく、仕事について話したこともない。だが「もう教えることは何もない」と言われたことだけは忘れられないという。美容師となった今、「いざやってみると、髪の毛を切る仕事自体が全然嫌じゃなくて、ずっと楽しいんです。そう思えるのは、両親がその仕事をしているからなんやろなと思ったりします」と打ち明ける。
現在、正樹さんが力を入れているのはベトナム人スタッフの育成。お客さん第一という日本の考え方を理解してもらいながら、美容師として必要な技術を教えている。店をオープンして8年。日本式のヘアサロンを定着させベトナムの美容業界を変えようと遠い異国の地で奮闘する息子へ、両親からの届け物は祖父が使っていたハサミ。実は以前、正樹さんが美容師になったときに一度持ち出そうとしたが、当時は許してもらえなかったものだった。父からの手紙には「一度でいいからオトウが元気なうちに正樹にカットしてもらえる事を期待しています」と、面と向かっては言われたことがなかった願いが綴られており、「そうなんだ! 次に日本に帰ったらすぐ切ります」と笑顔になる正樹さん。「今までも『切ったろか』と言ったことはあると思うんですが、『ええわ』って言われていたので、切らなくてもいいんだと思っていました。だから大事ですね、話をするということは…」と、まさかの届け物と初めて聞いた父の想いに感激するのだった。