今回の配達先はタイ。ムエタイ選手として奮闘する上野優翔さん(19)へ、神奈川県で暮らす母・真喜さん(42)の想いを届ける。ムエタイとは、パンチ、キックに加え、肘打ち、膝蹴りなどの攻撃も可能な「立ち技世界最強」と称されるタイの国技。優翔さんは格闘技好きの母の影響で小学1年生の時にキックボクシングを始め、中学に入るとムエタイに転向。卒業後、更なる高みを目指して単身本場タイへ乗り込んだ。現在は首都バンコクから車で1時間の場所にある「ヌンポンテープ ムエタイジム」に所属し、トレーナーのジャオさん一家と共同生活をしながら、20人ほどの選手とともに武者修行している。戦績は15勝5敗。チャンピオンになれば莫大なファイトマネーを得ることができるが、今のランクでは1試合5千円から多くて3万円程度。これまでの獲得賞金は20~30万円ほどで、ムエタイで食べていくにはまだまだ道のりは遠い。
優翔さんの1日は朝6時、10kmのランニングからスタート。その後はジムで徹底的に腹筋を鍛え上げる。膝蹴りがあるムエタイでは、腹筋の弱さは命取りとなるのだ。午後は、3分間必死で動いて1分間のインターバルを取るという試合同様の練習をひたすら繰り返す。遊ぶ暇などはなく、ムエタイ漬けの日々をおくっている。夜はジャオさんが料理を作り、一家や選手たちとともに夕食。「ジムは家族」 という生活は優翔さんにとって楽しいものであり、互いに助け合いながらみんなで目標に向かうタイのスタイルのおかげで気持ちが強くなり、成長したと自負している。
タイでは、ムエタイは貧しさから這い上がるための手段。幼い頃からプロと同じく防具無しで戦い、容赦無く経験を積ませることが本場のやり方であり強さでもある。子どもの時にタイのムエタイ合宿に参加した優翔さんは、そんな厳しさを十分に理解していた。それでもここへ来たのは、物心つく前に離婚し女手一つで育ててくれた母への想いがあったから。働きながらジムへの送迎をしたり、ご飯を用意してくれる母の大変さが分かるようになると、次第に「日本でやるより、タイに来た方がチャンピオンになれるのも早い」と考えるようになったといい、今は「とりあえずチャンピオンになって、家とか建てたいですね」と目標を明かす。そしてもう1人、タイ行きを後押ししたのが小学5年生の時に亡くなった母方の祖父。「大きくなったらお母さんとお姉ちゃんを守れよ」と言われたことが忘れられないという。今回、そんな息子の想いを知った母・真喜さんからは、「そう思っていてくれたんだなと。嬉しいですね」と笑顔がこぼれる。また、タイでの生活や練習風景を見たのは初めてだそうで、「みんなにすごく優しくしてもらっているのが分かったので安心しました」とほっとするも、思いのほか激しい練習の様子に驚く。
ある日、優翔さんの試合が行われることになる。対戦相手は内戦が続くミャンマーの選手。彼もまた夢を掴むためタイへ渡ってきたのだった。互いに打っては打ち返す、気迫のこもった試合は両者一歩も引かず壮絶な打ち合いに。遂には最終ラウンドまでもつれ込み…。単身タイに渡り3年。ムエタイチャンピオンを夢見て険しい道をゆく優翔さんへ、母からの届け物はキックパンツ。初めての試合が決まったときに祖父が買ってくれたものだ。少しでも息子の励みになれば、という母が込めた想いに優翔さんは「自分がやりたいこと、夢に向かっていることを、お母さんやおじいちゃんや周りの人が応援してくれていてすごく嬉しい。もっともっと強くなってチャンピオンになるので、これからもサポートお願いします」と改めて感謝を伝えるのだった。