今回の配達先は和歌山県田辺市。人里離れた奥深い山の巡礼地・熊野古道で、そば職人として奮闘する中根裕磨さん(41)へ、東京で暮らす母・万里子さん(68)の想いを届ける。実は、裕磨さんはそば職人のほかに「山伏」というもう一つの顔を持っている。山伏とは、山の中で厳しい修行をする修験者のこと。息子が山伏になると聞き、当時は「戸惑いもありました」という万理子さん。その後そばを作るようになった時も、「なぜそば職人になったのかしら…」と、予想外の転身だったと振り返る。
世界遺産・熊野古道を有する田辺市の熊野エリアは、古代から続く祈りの道。修験者の一大聖地である熊野本宮大社には日本各地から巡礼者が集まる。5年前、裕磨さんは熊野古道沿いにそば屋「山伏そば 拝庵」をオープンした。作っているのは、手打ちの十割そば。自家栽培したそばの実を石臼で製粉し、粘着質の強い皮を残しつつこねすぎないようにして、独特の食感を生み出している。使用する食材は、ほとんどが自家栽培か付近の野山で採ったもので、特に安全な食材にはこだわりを持つ。わらびや椎茸をはじめ、山の恵みをふんだんに使った「山菜そば」は春の人気メニューだ。また拝庵の名物が「山伏そば」。まずは塩で食べ、そのあと大根おろしとふき味噌を溶いたそばつゆで食べるのが特徴で、そばの香りと弾力ある食感が楽しめる。そんな拝庵は昨年、「ミシュランガイド京都・大阪プラス和歌山2022」にビブグルマンとして掲載された。すると「山奥にこだわりのそば屋がある」と話題を呼び、秘境でありながら大勢の人が訪れるように。裕磨さんは「ミシュランをとってから忙しくなって、僕も張り切って『2号店も出すぞ』という妄想もあった」と明かすが、「けど、やっぱりそっちには行けなかった。ゆっくりとおそばを食べて、癒されて元気になって帰ってもらいたい」と願う。
一方、山伏の道を志して14年になる裕磨さん。毎日、師匠の道場で熊野古道を歩く巡礼者の安全を祈願し、護摩を焚き続けている。また店を開いていないときは数週間山に籠ることもあるという。寺とは無縁の家系だった裕磨さんが修験道の世界へと足を踏み入れたのは、大学1年の時、双子の姉が突然失踪したことがきっかけだった。一心同体だった姉の喪失感を埋めるかのように実家を離れ、四国巡礼の旅へ。大学卒業後は、全国の修験道の聖地を行脚。そしてたどり着いたのが熊野だった。辛い現実と向き合いながらも姉が生きていることを信じ続け、いつしか山伏の生き方に癒されていたという。その後、修験道で学んだ精進料理の腕を活かし、全国のそば店で修業。2017年に拝庵を開業したのだった。
巡礼でたどり着いた熊野で、そば職人としてさらに精進を重ねる息子へ。届け物は、裕磨さんが小学1年生の頃に描いたカモの絵。母が大切に保管していたカモが力強く描かれたこの絵になぞらえて、手紙には「カモがたくましく太い両足で踏ん張って立っている姿は君そのものです」と綴られていた。そんな母からのメッセージを受け、裕磨さんは「20代の頃はひたすら逃げ回っていたような人生だったけど、ようやく逃げ切ったと感じたのがこの場所。ずっと熊野に住んで行くんだろうなと思っていますし、今はたくましく太い両足で立っていると思います」と自身の想いを語るのだった。