今回の配達先は、石川県輪島市。漆塗りの最高峰と呼ばれる「輪島塗」の産地で、輪島塗職人として奮闘する諸石健太郎さん(39)へ、神奈川で暮らす父・光太郎さん(72)、母・保子さん(70)の想いを届ける。「健太郎が18歳で家を出て大学に行ってからは、ほとんど詳しいやりとりをしていなかった」という光太郎さん。いつの間にか息子が輪島塗職人になっていたのだという。また保子さんも「小さい時から、自分は口下手だっていうのはある程度思っていたみたいです」と振り返り、親子間のコミュニケーションはあまりなかったと明かす。
健太郎さんは輪島市にある1860年創業の老舗・蔦屋漆器店に勤務し、職人として「上塗り」という仕上げの作業を行っている。小さい頃からもの作りが大好きで、木工制作を学ぶ大学に進学。そこで出会い、魅了されたのが漆で、本格的に漆職人を目指すため石川県立輪島漆芸技術研修所に入所。2010年に蔦屋漆器店に弟子入りし、職人生活がスタートした。現在、蔦屋漆器店の上塗り職人は健太郎さんただ1人。ほとんど人が入ることを許されない蔵の中で、朝から黙々と上塗りの作業を続ける。
堅牢で優美な工芸品である輪島塗は分業制で作られるのが特徴で、さまざまな職人が携わっている。まずは木地師が木材から形を作り、続いて下地職人が漆を染み込ませた布地を貼り付け、漆と珪藻土を混ぜた輪島特有の「地の粉」を塗り重ねる。こうして強度が増した土台に最高級の漆で仕上げをするのが上塗り。上塗り職人はいわば漆塗りの花形であり、7年前、健太郎さんは職人として一本立ちした。輪島塗の職人が独り立ちをすると「年季明け式」という祝いの儀式を行い、家族を招き盛大に開くのが習わし。しかし「うちの親はあんまり俺に関心がない。入学式とか卒業式に来るわけでもなかったですし」という健太郎さんは、年季明け式に両親を呼ぶことはなかった。昔から多忙な両親とは意思疎通が少なく、家を出てからはさらに親子関係が気薄に。実はこれまで、面と向かって自分の将来や進路について説明したこともなかった。親からも聞かれないし、自分からも話さない。だからずっと平行線のままなのだという。
老舗店に勤め伝統を担う一方で、独自の作品にも取り組んでいる健太郎さん。4年前には同じ輪島塗職人であり、現在は産休中の妻・優子さんと2人で「工房YUKAKU-優角-」を立ち上げた。制作に半年以上かかるものの、丸くてかわいい形をした片口が好評を得ているという。さらに昨年からは、趣味のスケートボードを漆塗りで作り始めた。輪島塗の職人として独り立ちして7年。妻と生まれてくる子どものため、より一層技を磨き続ける息子へ、神奈川の両親からの届け物は健太郎さんが小学生の時に作った木彫りのオルゴール。緻密に彫り込んだ作風や当時楽しそうに作っていた様子が印象的で、ずっと家に残していたものだった。添えられた手紙には、20年前、高校を卒業し実家を離れる息子を見えなくなるまで見送り、涙したという母の姿が綴られていた。そんな想いに初めて触れ、目頭が熱くなる健太郎さん。「親が見てくれていることに気付いていなかった。結局人のせいではなく、僕のせいなんですよね」。そして「これからは僕が両親をもっと見ていきたいし、見てほしいからいろんな出来事をきちんと伝えていきたいと思います」と誓うのだった。