今回の配達先は、アメリカ・ニューヨーク。漆芸家として奮闘する更谷源さん(42)へ、石川で暮らす父・富造さん(72)、母・公美さん(70)の想いを届ける。漆芸家の富造さんは、20代の頃から海外を拠点に活躍。2年前日本へ戻り、金沢に工房を開いた。一方、息子の源さんは10年前からニューヨークで活動している。コロナの影響もあって「飛行機のチケットも買っていたけど行けなくて、孫にも会っていない」という公美さんは、「精神的に鬱積したような生活をおくっているんじゃないか…」と息子を心配する。
世界各国から様々な文化や芸術が集まるニューヨークは、日本の伝統工芸である漆芸作品の世界最大のマーケットともいわれる街。源さんはマンハッタンの対岸にあるロングアイランドに工房を構え、常に1年先、2年先の仕事を抱えている。漆芸で使う「漆」とは木の樹液のことで、漆に顔料を混ぜて器や工芸品に色や図柄を施す。その漆が乾かないうちに、金粉をはじめとした金属の粉を振って装飾したものを、総称して「蒔絵」という。1200年以上前に日本で生まれた蒔絵で使われる金粉の形状や大きさは様々で、蒔絵の修復作業を行う源さんは修復する作品を見極めながら限りなく同じような材料を選び、漆を塗っては乾燥させて磨くという作業を何度も繰り返す。またこの蒔絵を応用したものが、「金継ぎ」という修復技術。割れてしまった陶器を、固まる性質を持つ漆で接着し、継ぎ目を金粉で装飾する。継ぎ目をあえて模様として見せることで、壊れた陶器に新たな命を吹き込むのだ。海外ではほとんど知られていなかった金継ぎだが、源さんがニューヨークで始めたところ口コミで広まり、今ではニューヨーカーの間で一大ブームとなっている。
毎日夕方の4時過ぎには自宅に戻り、家族と過ごす源さん。子どもとの時間をしっかり確保するが、一方で注文は山積みのため、仕事を始めるのは深夜2時半から。あるときは、消えかかった古い蒔絵の修復に取り掛かっていた。細かな作業で使うのが、良質な材料を揃えるのが難しく、年に数本しか作られていないというクマネズミの毛を使った蒔絵筆。「もったいなくて、本当にそれが必要な仕事でしか使えない」というほど貴重な筆で、1ミリにも満たない線をフリーハンドで描いていく。
父の富造さんは世界的に有名な漆芸家で、それまで前例のなかった立体的な漆芸作品を生み出し革新的なアーティストとして評価されている。そんな父の影響で、高校の頃から自然と漆芸家の道を目指した源さん。だが、多感だった時期は偉大な父親の名前がついて回ることが嫌だったと振り返る。そしてヨーロッパで長年活躍してきた父の影響が及ばない場所を求めて、2012年にニューヨークへ渡ったのだった。
日々の作業の一方、源さんはニューヨークを代表するギャラリーで2度目となる個展を開催した。漆を塗り重ねて作られた色も大きさも様々な美しい球体は、まさに漆芸の常識にとらわれないアート作品。父・富造さんとも親交が深く、世界的に活躍するギャラリストの吉井和人さんは「富造さん世代の漆芸作家が考えもつかなかったことを実現してきているという意味では、もう超えているんでしょうね」と、アーティストとしての源さんを高く評価する。
ニューヨークに来て10年。ひたむきに漆と向き合い、自らの手で着実に評価を高めてきた源さん。さらなる成長を目指し邁進する息子へ、父からの届け物はクマネズミの蒔絵筆。日本でもほとんど手に入らない貴重な筆を、息子のために大切にとっておいたものだった。筆を手に取り、じっくりと眺めた源さんは「『もっといい仕事をしろよ』っていうことですよね。これから使い倒していきたいと思います」と、父の想いを受け止めたのだった。