今回の配達先は、長野県の軽井沢。日本を代表する避暑地で「ベアドッグハンドラー」として奮闘する田中純平さん(47)へ、兵庫県から父・久仁彦さん(76)の想いを届ける。ベアドッグハンドラーとは、人里近くにおりてきてしまったクマを、犬を使って森に追い払うという世界でも珍しい仕事。久仁彦さんは「親としては、大学を出たら普通に公務員になってほしかった」というが、「『事務的な仕事ではなく、現場で生きていきたい』とはっきり言われたので、もう応援するしかなかった」と振り返る。とはいえ危険を伴う仕事。「どんな生活をしているのかなという心配もある」と明かす。
純平さんは別荘地の奥にあるNPO団体「ピッキオ」に所属。軽井沢町役場から依頼を受けて、ベアドッグハンドラーとして活動している。森の中に住宅が点在する軽井沢は、元々ツキノワグマの生息地。度々クマにまつわる事件が起きていたが、純平さんたちはむやみにクマを駆除するのではなく、クマに吠え立て追い払うことで人との境界線を作り、人とクマの共存を目指している。純平さんの相棒はクマ対策犬、カレリアン・ベアドッグのレラと母親のタマ。世界で唯一、クマに対抗する名前が付いた犬種で、吠えてクマを追い払うための特別な訓練を受けている。過去に捕獲したクマには発信機が取り付けてあり、純平さんを中心としたクマ対策チームが24時間体制で動きを監視。さらに毎朝天候を問わず、4頭のベアドッグと3人のハンドラーが交代で軽井沢の広大なエリアに出動している。早朝4時の暗闇の中、発信機のわずかな音やベアドッグの鼻とカンでクマの位置を特定。するとハンドラーの指示を受けたベアドッグが吠え立て、クマを人里とは違う方向へ遠ざける。こうして人が動き出す午前8時にはクマを森へ追い払う任務を完了する。時には、クマが害獣用の罠にかかってしまうことも。そんな場合も純平さんらが駆け付け、できるだけクマを傷つけないように処置。そして一旦檻に入れた後、人間の怖さを認識させてから山に戻す「学習放獣」を行う。これも人とクマが共存するための取り組みのひとつだ。
子どもの頃から動物が大好きで、家でも生き物をたくさん飼っていた純平さん。周りの人とコミュニケーションをとるのが上手ではなかったことから、動物は友達のような存在だったという。将来は動物に関わる仕事がしたい、弱いものを守りたいという気持ちを強くし、大学卒業後はヒグマの研究をするため北海道へ。クマ対策の知識と経験を身に付けるうち、軽井沢のNPO法人ピッキオから声がかかった。20年前、純平さんが来た当時は別荘などのゴミを漁るクマも多く、状況は深刻だった。人間の力だけでクマを追い払うことに限界を感じていたそんな頃に知ったのが、ベアドッグハンドラーという仕事。純平さんは技術を学ぶためアメリカへ渡り、日本初のベアドッグハンドラーとなった。ハンドラーとベアドッグは一心同体。純平さんも一軒家を借りてタマとレラと一緒に暮らしている。一方、離れて暮らす母は、病のため10年以上寝たきりに。会話もできなくなり、父がずっと看病をしていた。そんな両親のことが気がかりではあるものの、純平さんは仕事もありなかなか帰ることができないでいた。
軽井沢に来て20年。相棒のベアドッグと共に人を守り、クマを守り、共存する道を進む息子へ、父から届けられたのはスクラップ帖。純平さんが掲載された記事を切り取って保存するのが楽しみだった母にとっても、思い出が詰まった一冊だ。最後のページには、現在の父と母の写真、そして父からの応援メッセージが。純平さんは「僕が頑張る姿が父の元気の源になる。その気持ちを考えると僕は前を向いて進むしかない」と想いを受け止めたのだった。