2015年、インドネシアのバリ島でかばん店のオーナー兼デザイナーとして奮闘していた古谷尚美さん(当時41)。バリ島のほぼ中央に位置するウブドに自身のブランド「sisi」を構え15年目を迎えていた。かばんの素材となる布は「バティック」と呼ばれるインドネシアの伝統的なろうけつ染めで、絵柄も尚美さんがデザインして特注。伝統的な風合いを残しながらも、モダンな可愛らしさを感じさせるsisiのかばんは、バリの定番アイテムとして雑誌で紹介されるほどの人気ブランドに成長した。スタッフは6人ほど。勤務歴13年になる右腕的存在のコマンさんや、夫の悟さん(当時42)が尚美さんを支えている。
20代半ばで婚約が破談になり、ショックを受け精神的に追い込まれた尚美さん。そんな時にふと思い浮かんだのが、かつて姉2人と訪れたバリの美しい風景だった。そして必死で働いて貯めた100万円を握りしめ、何のあてもなくバリ島へ渡る。しばらくはのんびり過ごしたが、やがてお金も底をつき、不安に駆られるように。それでも彼女をこの島に留まらせたのは、バリの人々の大らかさだったという。そんな時、当時住んでいた家の大家さんに「空いている土地があるので何かやったら?」と勧められ、10坪ほどの小さな露店で始めたのがかばんブランド「sisi」だった。
全くのゼロからスタートして15年で、かばん店を2店舗、カフェを3店舗経営。さらにはおよそ1500平米の土地を借りて16のテナントが入るショッピングモール「garden」を作り、施設全体の運営も手掛けている。私生活では、夫・悟さんと小学生の娘と息子の4人暮らし。「家族の支えができたことで、商売をさらに大きくすることができた」という尚美さんに大きな影響を与えたのは、母と亡き祖母だった。「家が大衆食堂をやっていたので、小さい時から母と祖母が働いている姿を見て手伝っていた。だから自分の中に入っているんでしょうね。私にとってはおばあちゃんが大師匠で、お母さんは師匠」。そして今後は、「家族もスタッフも増えたので、経営者として、みんなを確実に幸せにできるようちゃんとやらなければ…」と目標を語る。前だけを見て、がむしゃらに走り続ける尚美さんに届けられたのは、実家の食堂「ふじや」ののれん。「『魂を引き継げ』ってことなんじゃないですかね」と両親の想いをしっかりと受け取ったのだった。
あれから6年。バリ島にいる尚美さんとぐっさんがリモート中継をつなぐ。変わらぬ明るい笑顔で当時の店舗の前に立つ尚美さんだが、実はかつてsisiがあった場所は別の店になったと明かす。昨年、20年間の賃貸契約が満了。オーナーの意向で更新ができなかったというのだ。現在、sisiは歩いてすぐの場所に無事移転し経営を続けているが、世界的コロナ禍によりバリ島の観光客はゼロ。店を訪れる客は週に1、2人ほどで、かばんはほぼ売れないのが現状だという。そんな中、sisiで力を入れて作っているのが、布マスク。ベテランスタッフのコマンさんや14歳と12歳になった2人の子どもも一緒に制作に励んでいる。さらに、「今、全然違うことをやっているんです」と尚美さん。新しく始めた意外な事業をぐっさんに紹介する。