今回の配達先は、高知県。室戸市で漁師をする松尾拓哉さん(29)へ、大阪から父・洋介さん(57)、母・恵永さん(58)の想いを届ける。
高知県の東端、美しい太平洋に面した室戸市の佐喜浜町は、昔ながらの日本の風景が残る小さな漁師町。この地に25歳の若さで移住した拓哉さんは、水生生物の専門学校を卒業した後、茨城県と和歌山県の水族館に勤務。その後漁師になるべく2年間の研修を経て、昨年、日本では珍しい水族館専門の漁師として独立した。室戸沖は、大陸棚がわずか2キロメートルしかなく、その先が急激に落ち込み深海になるという世界的にも珍しい地形。陸から深海までの距離が非常に近いため、船を15分ほど走らせれば漁のポイントに到着する。海に籠を沈め、深海生物を獲って生かしたまま持って帰るというのが、拓哉さんの漁。急激な水圧の変化で生き物にダメージを与えないよう、500メートルの深さからゆっくりと籠を引き上げる。2日前に仕掛けておいた26個の籠からは、ナダイチョウガニやお目当てのオキナエビなど珍しい深海生物が次々と現れた。漁を始めたこの1年で新種のタコを捕獲したこともあり、この辺りはまだまだ謎に包まれた海域なのだという。
室戸の海と出会ったのは、佐喜浜の民宿に遊びに来た小学3年生のとき。さまざまな珍しい生き物や漁師の仕事に魅せられ、やがて室戸で漁師になって水族館を作るという壮大な夢を描くようになる。一方、少年時代の拓哉さんは人と話すことが苦手で、不登校に。中学には行かず、一人で室戸へ通い漁師たちと過ごしていたが、そんな彼を町の人たちは受け入れ支えてくれた。その頃、地元の大阪でも中学の先生の後押しが。自然の生き物が集まる「ビオトープ」という池に興味を持つ拓哉さんの思いを認めてくれたのだ。同級生とともに学校の片隅にビオトープを作り、ようやく学校に通うようになった拓哉さんは高校へ進学。そして幼い頃に抱いた夢を実現するため、室戸に戻ってきたのだった。
ある日、拓哉さんが5時間かけて魚を運んできたのは、県の西端にある「高知県立足摺海洋館SATOUMI」。リニューアルオープンを控えたこの水族館の深海コーナーの生き物は、ほとんど拓哉さんが獲ったものだ。こうした水族館への深海魚の販売のほか、子ども達の体験漁クルーズや移動水族館による収入で生活をまかなっているが、今は新型コロナウイルスの影響で開催できずにいる。厳しい状況が続く中、水族館を作るという拓哉さんの夢を支えているのはかつてドルフィントレーナーをしていた妻のみずきさん。3人のかわいい子どもたちの存在も原動力となっているという。そんな拓哉さんに、母の恵永さんはずっと聞きたいことがあった。不登校だった中学時代、「辛かったと思うけど、無理矢理にでも学校に行かせることが母親の役目だと思っていた。それをどう思っていたのか」。その問いに対する拓哉さんの答えとは…。
無事オープンを迎えた足摺海洋館は、この日を待わびていた人たちでにぎわい、窮屈な毎日の中でひとときの安らぎの場となった。深海コーナーも大盛況で、拓哉さんは「水槽のアクリルに顔を近づけてずっと見てくれてる子どもの顔を見ていると、獲ってきた甲斐があってうれしい」とほほえむ。幼い頃に描いた夢に向かって真っすぐに進む息子へ、両親の思いが届く。