2年前、アフリカのケニア共和国で理想の宿をゼロから手作りしていた乾和哉さん(当時49)。ケニアの首都ナイロビから車で3時間、電気も水道もない自然豊かなエブル村に広がるおよそ2500坪の敷地で開業準備を進めていた。コストを抑えるためプロの業者には頼まず、普段は農業をしている村の人たちを雇っている。乾さん自身、建築に関しては全くの素人。インターネットで調べたり村人に教わったりしながら、近くで拾ってきた石を積み上げセメントで固め、土と水を練って壁を作り、屋根には草を敷き詰める。すべてこの土地の材料を使うのがこだわりだ。そんな宿の一番の売りが、スチームサウナ。エブル村は火山地帯にあり、火山の地下熱から生じる蒸気がいたるところから噴き出している。その噴気孔を利用して、まだ誰もやっていないアフリカ初のスチームサウナを作りたいという思いがこの地を選ぶ決め手になった。ケニア中をテント持参で3ヶ月かけて探し、ようやく見つけた理想の土地。そこで2年前から建築作業に取り掛かっているが、その間収入はなく、1500万円あった資金も残り500万円に。予定では半年前にはオープンしているはずがここまで思うように進まず、試行錯誤を繰り返している。
大学卒業後、生きる道を迷っていたという乾さん。JICAの職員としてアフリカを転々とする中、ケニアに赴任してその自然の美しさに魅せられた。10年前、ケニア人の女性エスターさんと出会い結婚。この地で生きることを決意する。少年時代はあまり周囲に馴染めず、典型的な不良だったが、その頃に出会ったのが当時東京でロックバーを経営していた佐藤留美子さんと横田勇さん。今も恩師と慕う2人との出会いによって、乾さんは変わったのだった。家庭でも学校でも受け入れられなかった少年を2人が理解し、迎えてくれたことは光を見たような思いだったと振り返り、そしてかつての自分と同じようにもやもやした思いを抱えて旅する人たちをこの宿に迎えて話をしてみたい…それが今の夢だという。一方、夫と同じ夢を描いていた妻のエスターさんは去年、病のため突然この世を去った。「宿を成功させることもひとつの供養かなと思う」と乾さんはいう。ケニアの大地でまだ夢の途中にいる彼へ、佐藤さんと横田さんからの届け物はローリング・ストーンズのレコード。先が見えなかった時期に救ってくれた思い出の1枚であり、歌に込められた恩師からのメッセージを受け「やんないとね。絶対に開けますから」と気持ちを新たにしたのだった。
あれから2年。現在、ケニアにも新型コロナウイルスの影響は広がっており、国境が封鎖される事態に。8月になってようやく海外からの渡航者も訪問可能となり、今は人が来ることを待ち望んでいる状態だという。宿はまだ4割ほどの完成だが、昨年11月から遂に営業をスタート。現地とリモートで中継を結んで、乾さんがぐっさんに宿を披露する。食事もできる展望ラウンジからは、雄大な風景が一望。スチームサウナの評判も上々で、村人には無料で利用してもらっているのだとか。ここまでやれるその原動力は「楽しい」ということ。「やっぱり楽しければ色々な困難があっても続けていられるので」と語る乾さんに、ぐっさんも「もしケニアに行ったら、絶対に行かせてもらいます」と約束する。