アメリカ・シアトルを拠点に、ポスターやウェブデザイン、ウォールアートなどを創作するクリエーターの太田翔伍さん(36)。3年前の取材時はシカゴに出張中だった。仕事場は、まもなくシカゴブルズ球場の一角にオープンするスターバックスコーヒー。翔伍さんは「コーヒーが出来るまで」をテーマに、新店舗の壁一面にコーヒーに関わる無数の人々の姿を描いていた。彼の作品の最大の特徴は“ひと筆描き”。その才能をスターバックスに見出され、2016年にはスターバックスがアメリカ国内限定で出したカップにデザインが採用される。これが、全米中に翔伍さんの名を知れ渡らせる代表作となった。しかし今回のシカゴでは、直前になってスターバックス側から作風の変更を要求され、ひと筆描きではなく墨と筆を使った初めて試みる方法で制作することに。しかもデザインの変更やミーティングが重なり、作業がスタートできたのはオープン4日前。だが翔伍さんは数々の困難をものともせず、なんとか開店に間に合うよう大作を完成させた。
自宅があるのはシアトルの郊外、大自然に抱かれた別荘地・カマーノアイランド。最愛の妻と息子との時間を最大限に取れるよう、仕事は極力自宅で行うようにしている。全てが順調に見える翔伍さんだが、渡米するまで何の目標もなかったという。18歳で日本の大学にすべて落ち失意の中にあったとき、母に背中を押されアイダホ大学の経済学部に留学。半年後には友人の勧めでアート学部に転部する。それまでアートとは無縁の人生だったが、在学中に手掛けたデザインが雑誌の表紙に採用。それをきっかけに「自分の好きなことを仕事にして食っていこう」と決意し、卒業後デザイン会社に就職。そして周囲の力も借りながら自宅に会社を設立するまでになった。独立早々、大きなチャンスが。翔伍さんのホームページを見たスターバックスからポスターの依頼を受けたのだ。そこで制作したのが、ひと筆描きで無数の人々を描く作品。「人生の転機で必ず誰かが助けてくれた」その感謝の思いを込めて、これまで自分の人生に携わってきたあらゆる人種の知り合いたちをモチーフにした。柔軟な発想力が生んだ独自のスタイルでスターバックスの心を掴んだ翔伍さんは、ニューヨーク・タイムズスクエアの店舗にもペインティング。以降仕事はつながり続け、今や世界中が作品の舞台となっている。アメリカにやってきて14年。ゼロからのスタートの中、コミュニケーションを大切にし“人とのつながり”を積み上げてきた翔伍さん。そんな息子に両親から届けられたのは、毎年端午の節句に欠かさず飾ってくれていた「鎧兜」。添えられていた手紙には「これからも過信することなく、友達や出先の人を大切に、努力を重ねてください」と綴られ、感激した翔伍さんは「これからも初心を忘れず、頑張って行きたい」と誓ったのだった。
あれから3年。新型コロナウイルスの影響で、普段はランチ客であふれる昼時のシアトル市街地も今は閑散としている。しかもほとんどのレストランが閉店を余儀なくされ、空き巣対策に表にベニヤ板を貼っている店ばかり。そこで翔伍さんはゴーストタウンのようなムードを少しでもなくそうと、店の壁やベニヤ板に絵を描く活動を始めた。そして彼の想いに賛同するアーティストが増え続け、今では街中がアートであふれつつあるという。そんな翔伍さんと日本のぐっさんがリモート中継で対面し、近況や最新作のこと、さらにこれからについて語り合う。