サーカスパフォーマーとして活躍する吉川泰昭さん(41)。2015年、カナダ・モントリオールで公演中だった話題のサーカス「EMPIRE(エンパイア)」に出演していた。EMPIREの特徴が、直径わずか3mの特殊なステージ。客席からも1mしか離れていない極小の舞台の上で、パフォーマーたちが大迫力のパフォーマンスを繰り広げる。泰昭さんが使うのは「シルホイール」という巨大な鉄の輪。もうひとつが日本ではラートと呼ばれる「ジャーマンホイール」で、通常のものより小さく設計した特注品だが、少しコースが外れただけでステージから落ちてしまうため本番では一瞬の間でずれを調整。ステージギリギリのところでホイールを自在に操り、観客を魅了する。一方で、最近は年齢からくる肉体の衰えにもどかしさを感じ始めているといい、「今は年齢との戦い。肉体的な全盛期は過ぎたが、見せ方は毎年積み重ねていくものだから、パフォーマーとしては36歳の今が全盛期だと思っている」と心境を明かす。
大学時代、偶然体育館で出合ったラートに一目惚れ。毎日練習に明け暮れ、ついには世界選手権3位まで上り詰めた。こうしてパフォーマーとして生きる決意をするも現実は甘くはなく、塾の先生などの仕事もしながら生活。そんな崖っぷちにいた2004年、泰昭さんに舞い込んだのが当時ブームになっていたショー「マッスルミュージカル」からのオファーだった。その時、両親は「お前の一番のファンであり続けるから、思いっきり頑張れ」と送り出してくれたという。その後、マッスルミュージカルでダンサーをしていた妻の瑞紀さんとの結婚を決めるも、泰昭さんは無職で、さらに単身アメリカ・ラスベガスで武者修行中。日本で結婚した1週間後には再びラスベガスに戻り、そこで「EMPIRE」のプロデューサーにスカウトされたのだった。
国際的サーカスの本拠地や世界トップレベルの国立サーカス学校がある“サーカスの聖地”モントリオールに来てからは、将来について考えることも多くなったという泰昭さん。「これからは出るだけじゃなく自分がショーを作って、日本にいる素晴らしいパフォーマーと一緒にエンターテインメントの世界を盛り上げていきたい」と、最高のショーを演じるパフォーマーとして、そして最高のショーを作るプロデューサーを目指して、さらなる高みに挑もうとしていた。
あれから5年。実は取材から数か月後、泰昭さんはショーの公演中に大けがを負い、肩を手術。パフォーマーを続けるのは絶望的な状況となっていた。しかし、妻の介護と懸命なリハビリの結果、再び舞台に復帰。3年前には新たな可能性を求めてラスベガスへ渡り、10年以上のロングランを誇る人気のショー「V」に出演している。現在は新型コロナウイルスの影響でラスベガスすべてのホテルやカジノが閉まっており、演技を披露することは叶わないが、念願だった自分のショーを作ることを目指して「Online Circus(オンラインサーカス)」というサーカスのコミュニティを結成。「シルク・ドゥ・ソレイユ」など名だたるショーの公開オーディションでもあるラスベガスのサーカスフェスティバルで、日本人パフォーマーをコーディネートしている。そしていずれは、「Online Circusの仲間と一緒にサーカスの本場・ラスベガスでショーを作って、そのパフォーマーたちがまた世界へ羽ばたいていってくれたら」と夢を描く。