2017年に登場した、アメリカ・ニューヨーク在住の料理人・島野雄さん(37)。アメリカは現在、世界で最も新型コロナウィルスの感染拡大が深刻で、ニューヨークでは感染爆発が発生。雄さん自身も「今は料理ができない状態なので、腕が鈍らないようにコンスタントに家で料理を作るようにしている」という。そんな状況の中、親友の日本人医師が新型コロナに感染。そこで雄さんは「料理で一人でも多くの人を勇気づけたい」と思い立ち、病院関係者に無償で料理をふるまったのだった。
今から3年前。雄さん(当時35)は、飲食ビジネスの激戦地・マンハッタンにオープンしたばかりの日本食レストラン「MIFUNE」で料理長を務めていた。前年までフランス・パリの三ツ星レストランでシェフとして活躍していたが、店側からのたっての希望で料理長として迎えられ、ニューヨークへ。フレンチの腕は本場でも高く評価されていたが日本食レストランで働くのは初めての経験で、和食とフレンチの融合という新たな課題にチャレンジしていた。オープンから3か月、雄さんが生み出す料理は舌の肥えたニューヨークの客にも徐々に認められてきたが、一方、厨房では毎日のように予期せぬトラブルが発生。料理長として、店を軌道に乗せるため悪戦苦闘の日々をおくっていた。
子どもの頃は偏食で野菜嫌い。給食が食べられないため学校を休んだこともあったほど。そこで母が料理にひと手間かけ、野菜をなんとか美味しくする工夫をして食べさせてくれた。そんな母の後ろ姿を見て育った雄さんは、高校卒業後、調理の専門学校へ。さらにフランスに渡りおよそ10年の修業の末、ミシュラン三ツ星の名店でシェフを任されるようになった。かつては“星付きシェフになりたい”という夢を描いていたが、今は「世界で戦う日本人料理人になりたい。だからアメリカという大きい国で評価されるのは単純にカッコいいと思う」という雄さん。新天地で夢に向かって全力で走り続ける息子へ日本の母から届けられたのは、手作りのかぼちゃスープ。野菜嫌いだった雄さんが料理に興味を抱くきっかけとなったおふくろの味を久々に口にして、「ひと手間かけただけで好きな味になるというのはすごい。それが自分の料理スタイルに影響しているのかな」と改めて母に感謝した。
あれから3年。雄さんは現在も「MIFUNE」でエグゼクティブシェフを務めている。いまや連日満席が続き予約が取れない店となったが、「今年も…」という時に新型コロナウィルスが発生。開店もできず家に閉じこもっていた中、ニューヨークの感染爆発と闘う友人の日本人医師がコロナウィルスに感染したことを知る。友人から、最前線で闘う人たちは食事だけが楽しみだということを聞いた雄さんは、彼が勤務する病院関係者の食事として50人分のサンドウイッチを自費で作ることに。「やるからにはプロの仕事として妥協せず、パンからすべて手作りした。特別な時間を過ごしてほしいと思って…」との気持ちを込め1人で調理した料理を病院に届けると、雄さんの元へ続々と感謝の声が集まった。「僕もすごく疲れていたけど、みんなの言葉や笑顔を見て、人のためにできることってあるんだなあって。料理人冥利に尽きるというか、自分がやっていることで人を幸せにできるのがすごくうれしかった」。その後、雄さんの活動を知った人々から寄付が集まり、それを元手に週に2回病院へ料理を届け続けている。さらに、ライブ配信で料理教室を始めるなど、雄さんは料理人として“今できること”を積極的に実践している。