今回の配達先は、アメリカ・ケンタッキー州。サラブレッドの生産牧場を営む吉田直哉さん(51)へ、北海道に住む母・直子さん(78)の思いを届ける。
年間12000頭ものサラブレッドを生産することから“馬の首都”とも呼ばれるケンタッキー州。直哉さんはこの競走馬の本場で、生産牧場「ウィンチェスターファーム」を経営し、甲子園球場およそ40個分もある広大な敷地で100頭ほどのサラブレッドを育てている。生産牧場の重要な仕事が、馬の繁殖。そしてこの牧場が大きく成長できた理由の一つが、妊娠成功率の高さ。牧場の経営者であるとともに獣医でもある直哉さんの1日は、出産を控えた牝馬や子馬の健康状態をチェックすることから始まる。現在も35頭中の8割が妊娠しており、春の出産ラッシュの時期は分娩作業が続き休む間も無いほどだ。一方で、常に子馬の状態に目を光らせ、1頭1頭の個性を大切にしながら育成。こうして手塩にかけて育てた馬は1歳の夏から秋にかけてセリに出され、過去には4000万円もの値段で落札されたことも。サラブレッドにとって交配のタイミングや相性は名馬を生む重要なカギとなるが、ウィンチェスターファーム出身の馬はこれまで数々のレースで優秀な成績を収めており、直哉さんは目利きにも定評がある。
直哉さんの実家は、テンポイントなど数多くのG1優勝馬を輩出している北海道の名門・吉田牧場。4代目として生まれた時から馬と共に暮らし育ってきた。獣医学部を卒業した後、研修のため海外へ。ケンタッキーをはじめ競馬先進国で競走馬の育成や牧場経営を学んだ。1990年代の日本ではまだ、馬を扱う技術は圧倒的に遅れており、直哉さんは日本との違いを痛感したという。そんな海外で学んだノウハウを導入することに父の重雄さんは賛成してくれていたが、2001年に重雄さんが亡くなると伝統的な方法を重んじる叔父が吉田牧場を継承。直哉さんは、せっかくこれまで吸収したものを無くしてしまうぐらいなら本場で勝負したい、とアメリカ行きを決意する。跡取りとして大切に育てられてきた直哉さんだが、「日本よりもアメリカの方が挑戦しがいがあるだろう」と、母の直子さんも背中を押してくれたという。当時を振り返って直子さんは、「主人が亡くなった後にいろんなことがあって…日本ではしがらみがあって自由にできない。それは直哉にとっても耐えられないことだったと思う」と息子の気持ちを推し量る。こうして直哉さんは母一人を北海道に残して、17年前ケンタッキーで牧場経営を始めたのだった。
地元のチャーチルダウンズ競馬場に15万人もの人々が集まる一大イベント「ケンタッキーダービー」。今年で145回目の開催となり、賞金総額はおよそ3億3000万円というアメリカ最高峰のレースだ。今回、直哉さんの馬は出走しなかったが、日本からの招待馬の現地サポートを請け負った。「次は自分の生産馬で挑戦したい。ケンタッキーダービーで勝てば、父や祖父、曽祖父ができなかったことができたことになるし、そうすれば認めてもらえるかもしれない」と力強く語る直哉さん。代々の夢を受け継ぐとともに、父や祖父を超えたいと世界最高峰の舞台で大きな挑戦を続ける息子へ、母が届ける想いとは。