過去の放送

#49111月18日(日)10:25~放送
カナダ・トロント

 今回の配達先はカナダ。南東部に位置するトロントは国内経済や文化の中心地であり、ニューヨークと並んで北米の芸術やエンターテインメントの中核となる都市。市内にある数多くの劇場で様々な公演が行われているこの街で、ミュージカルディレクターとして奮闘する衣川綾香さん(34)へ山梨県に住む母・いつ美さん(60)の思いを届ける。
 綾香さんの仕事は、カナダで人気の即興劇「インプロ」で役者が繰り広げる台本のないコメディに合わせて常に的確なBGMを即興で演奏するというもの。次々と展開していくシーンに対応するため、効果音も含めあらゆる種類の音楽を即座に作曲する能力が求められる。綾香さんが所属する「ザ セカンド シティ」は50年以上の歴史を持つ老舗劇団で、ハリウッドのコメディスターを数多く輩出してきた名門。劇団の養成所で講師も務める綾香さんは、未来のスターを目指す若者に、音楽をきっかけとしたストーリー作りを徹底的に教え込んでいる。どんな話になるかは始まってみないとわからないインプロ。だから、ミュージカルディレクターには「舞台で起こっていることを何もかも瞬時に理解することが必要」なのだという。相当な集中力がいる仕事だが、思いもよらぬ展開で、時には涙のエンディングを迎えることもあるインプロの魅力に、綾香さんはすっかり取り付かれている。
 音楽好きの母の影響で5歳からピアノを始めた綾香さんは、高校卒業後カナダの大学に進学。クラシックとジャズを学ぶも、音楽で食べて行くため“依頼があれば何でもやる”と様々なジャンルに挑戦していた。7年前、音楽の仕事を求めてトロントへ来た時に偶然ミュージカルディレクターの募集を見つけ、初めてインプロという文化の存在を知ると同時に、あらゆる音楽を経験してきた自分の資質が活かせると直感。向上心に燃えた綾香さんは小さな劇場やバーなどさまざまな場所で上演しているインプロを浴びるように見て勉強し、さらには舞台に立つ役者の気持ちを知るために役者向けのワークショップを受講し理解を深める。今では所属劇団以外の舞台にも連日呼ばれるほど役者たちの信頼を得るミュージカルディレクターになった。
 カナダへ来て16年。しかし母との間には、10代の頃に感じた違和感がいまだに残っているという。早くに父が亡くなり女手ひとつで家族を支えてくれた母に対し、どこか素直になれず感謝の思いを一度も伝えることのないまま海外へ飛び出した綾香さん。一方、母のいつ美さんは「私はただ、娘なので応援している気持ちでいっぱい」と心境を明かすが、「高校時代のままの自分を日本に置いてカナダに行ったので、心の中がスッキリしていないのかもしれない」と気持ちを推し量る。母の影響で始めた音楽で、自分の人生を切り拓いていきたいと思ったときに出合ったインプロ。人生の進むべき方向を見つけた娘の元に届いた母からの届け物は、綾香さんの原点ともいうべきものだった。