今回の配達先はフランス・パリ。ヨーロッパを拠点に、壁画アーティストとして世界中で活躍する釣博泰さん(33)の元へ、神奈川県に住む父・尚義さん(64)の思いを届ける。「会社に勤めて給料をもらうのが生き方だと思っていた」という尚義さんは、まだ博泰さんが壁画を描いている姿を見たことがないという。部屋には博泰さんが描いた母・真理子さんの肖像画が。4年前に他界した真理子さんも、ずっと博泰さんのことを心配していたという。
博泰さんは、パリでの初個展を控え、自宅のあるドイツ・ベルリンを離れてフランスに滞在している。絵画や版画、彫刻などさまざまな作品を手掛ける博泰さんだが、中でも得意とするのが巨大なストリートアート。スプレーなどで文字を描く無許可の落書きとは違って、持ち主の許諾を得て壁などに描くものを「ストリートアート」と呼び、ヨーロッパでは芸術の一つとして認識されている。これまで、時には16階建てのビルの壁面にロープで吊られながら、時には大型重機を自ら操縦しながら、圧倒的なスケール感をもって命がけで創作活動を行ってきた。今回は個展の宣伝も兼ね、おしゃれなカフェが並ぶメニルモンタン通りに立つ高さ4m、幅10mもの巨大な壁をキャンバスにする。博泰さんが壁画を描くときに心掛けるのは「まずは自分がその街を知る」こと。事前に作品の舞台となる街を歩き回り、その土地の文化や歴史を必ず盛り込む。今回のテーマは、郊外に生息する生き物の調査票に記載されていたという言葉「パ・ディ・ベルナージュ」=今回は帰ってきていない。かつてはフランス全土で見ることができた鳥「イグレット」を、ローラーを巧みに動かしながらペンキで描き出していく。
高校卒業後、アートの学校に行くことを望んだ博泰さんは、「絵では食べていけないのでは」と心配する母の助言を押し切るように、18歳のときオーストラリアのメルボルンへ語学留学する。そして現地での出会いがきっかけとなり、ストリートアートの世界へ導かれるように進み、仲間と個展を開催。そこで絵が売れたことが自信となってさらに独学で道を追求し、遂にはオーストラリア国立博物館に作品が収蔵されるまでになる。私生活でもメルボルンで出会ったケリーさんと結婚するが、同じころガンに侵された母の状態がかなり悪くなり、博泰さんはケリーさんとともに日本に帰ることを決意。母と一緒に過ごせたのは最期の2カ月だった。失ってから知る、大切な人と同じ時間を過ごす幸せ…「それまでは楽しいだけでやっていたのが、そこで何かが変わった。スイッチが入った」と、博泰さん自身に変化が訪れる。
迎えた個展当日。ベルリンから持ち込んだ絵画の展示のほか、新たにギャラリー内のガラスの壁にも現地に実在する獅子の銅像の絵を描き上げた。イグレットの壁画の宣伝効果もあってか大勢の人が来場し、博泰さんの作品はパリの人々を魅了する。これからも、支えてくれる人への感謝を胸に、世界中のまだ見ぬ新たな壁に立ち向かう博泰さん。そんな息子の元へ、父から届け物が。そこには懐かしい思い出とともに、博泰さんを想う母の愛情が詰まっていた。