今回の配達先はアメリカ・ニューヨーク。大学でジャズを学びながら、ブラックミュージックの歌手を目指す遠山恵さん(27)と、兵庫県篠山に住む父・満さん(67)、母・昌子さん(65)をつなぐ。アメリカに渡って8年。両親は彼女が家で歌っているのを聞いたことすらなかったそうで、「渡米すると聞いたときは冗談かと思った」と振り返る。
恵さんは現在、ニューヨーク市立大学音楽学部ジャズ学科ボーカル専攻の4年生。歌う技術や理論などを学んでいるが、歌手を目指す上で、自分には決定的に足りないものがあると痛感している。それは「表現力」。歌う際に身振り手振りや表情で表現するなどのパフォーマンスがとても苦手なのだ。歌の先生からはいつも「君は棒立ち過ぎる」と指摘されているという。
そんなブラックミュージックに欠かせない豊かな表現力を養おうと、恵さんが所属しているのが、社会人や主婦で構成されたゴスペル聖歌隊だ。「彼らの豊かな表現力を少しでも吸収したい」と、アメリカに来た8年前から参加し、練習を積んでいる。当初から彼女を知るゴスペルの先生は、勉強熱心な恵さんのことを評価しながらも、「歌う時にはもっと魂で熱狂的に歌ってほしい」と、彼女の課題を指摘する。
幼いころから歌うことは大好きだったが、自分に自信がなく、表現することが苦手だった恵さん。そうなった原因は、ずっと商売を営んでいて忙しかった両親と濃密な時間を持てなかったことにあると考えている。そんな自身の殻を破りたいと、19歳の時にニューヨークへ渡ったが、本場の壁に苦しみ、ずっと“自分を変えなければ”ともがき続ける日々だったという。そしていつしか、少しずつだが自分は変われたと感じられるようにもなってきた。
そんな彼女が、全米最大級のゴスペルコンテスト出場という大きなチャンスを手に入れた。約2000人の中から選ばれた16人が優勝を争うもので、3回目の挑戦で初めてファイナリストに選ばれたのだ。恵さんは「何としてでも優勝して、両親に報告したい。そうしないと、私がここで一体何をしているのか親にわかってもらえない」と話す。
コンテスト当日。およそ2万人の観客を前に、ほかの出場者たちは感情のありったけをぶつけ、内なるエネルギーをあふれさせるように堂々と歌い上げていく。いよいよステージに立った恵さんは、自身の殻を打ち破ろうと渾身のパフォーマンスで挑み…。
夢を追いかけ、もがき続ける恵さんに日本の両親から届けられたのは、毎朝父がお参りする地元神社のお守り。添えられていた母からの手紙には「言い訳になりますが、仕事で忙しく、あなたのかわいかった盛りに遊んであげた記憶があまりありません。あなたが今までどんなことを考えていたのか、何も気づかず本当に申し訳なく思っています」と綴られていた。恵さんは「あの頃、両親が仕事を頑張ってくれたからこそ、今、私がこうしてここで挑戦できている。母の気持ちを知って、もっと頑張ろうと思えた。絶対に成功したい!」と涙で誓うのだった。