今回の配達先はEUの本部があるベルギーのブリュッセル。駐在する日本大使に仕える専属シェフ“公邸料理人”として奮闘する神山和希さん(30)と、栃木県に住む父・延夫(55)、母・文子さん(54)をつなぐ。日本ではフレンチの料理人として修業を積んでいたが、22歳のとき「海外で勝負したい」と公邸料理人に応募。見事採用されたが、両親は「うれしい反面、本当にうちの息子で務まるのか不安はすごくあった」と振り返る。
ベルギー政府との交渉や日本の広報活動などを行う日本大使の住まい・日本大使公邸は、ベルギー国王妃やEUの大統領など、各国の要人らを招いた会食が外交として催される場所でもある。公邸料理人は会食やパーティーなどの料理を一手に手掛け、“味の外交官”とも呼ばれている。公邸の広い厨房に料理人は和希さん一人だけ。何百人分のパーティー料理であっても彼がたった一人で作るという。元々はフレンチの料理人だが、日本の食文化を広めるという重要な役割も担い、寿司など和食にも創意工夫を凝らす。
小さいころから母の作る料理が大好きだった和希さんは、料理人を志し、高校は料理学科に進学。卒業後は東京・浅草の老舗フランス料理店で修業を積み、8年前に公邸料理人に応募した。当時の大使自ら和希さんが働く店に足を運び、試食テストをしたそうで、その結果、大使が和希さんの情熱と才能を気に入り、見事採用。通常は大使が変わると公邸料理人も変わるが、和希さんはその腕を評価され、公邸料理人としては異例の3代継続、8年間もたった一人で重責を果たしてきた。現大使も「私の仕事を支えてくれる重要な同僚」と称える。そんな息子の姿に、父は「まさかこんな立派な仕事をしているとは」と驚き、母も息子の成長に感極まって涙する。
現在は公邸内にある自宅にひとりで暮らす。今年4月から長男(6)が日本の小学校に進学するため、妻と2人の子供は最近、日本に帰国したばかりだという。実は和希さんにも大きな転機が訪れようとしていた。現在の大使が異動することになり、それに伴って公邸料理人も変わることが決定したのだ。突然のことで戸惑いを隠せない和希さん。「店を出すといっても、すぐにはできない。家族の生活もあるので、帰国するにしても、すぐにどこかで働かなくては…」と、今後の身の振りかたを熟慮しているところだ。
次のステップへ、新たなスタートを切ろうとしている和希さんに、日本の両親から届けられたのは、母オリジナルの手料理。焼いた鶏肉に炒めた野菜を乗せたもので、記念日には必ず作ってくれた洋食メニューだ。1人きりで戦う息子へ、“懐かしい味で時には安らいでほしい”と母の願いが込められていた。和希さんは「僕が一番好きだった料理です。10年ぶりだけど、今食べてもおいしい!」と絶賛する。自分の味覚の原点は“家族”にあるという和希さん。「いつか自分の店に今までお世話になった人たちを迎えたい。まずは両親に来てほしい」と、大きな夢を語るのだった。