今回の配達先はベトナムの首都ハノイ。3年前に日本の農業組合法人からの出向でベトナムへ渡り、野菜宅配サービス会社を運営する佐瀬新さん(27)と、千葉で農業を営む父・一之さん(60)、母・しのぶさん(60)をつなぐ。当初は2年の予定で海を渡った新さん。両親は「内向的な息子がこれをきっかけに変わってくれれば」と喜んで送り出したが、昨年、新さんは現地の女性と結婚。一児をもうけた。代々続く農家だけに、両親は「いずれは日本に戻って農家を継いでほしい」と望んでいるのだが…。
新さんの会社は、過剰な農薬や衛生面に不安が残るベトナムの野菜事情から、安全性を売りにした産地直送の宅配サービスを行っている。毎朝、提携している現地の農家から納品された野菜を袋詰めし、各家庭やレストランへ出荷するのだ。配達先の9割がハノイ在住の日本人家庭だという。配達は運送業者には委託せず、顧客の声を直接聞くため、社長の新さん自らもスタッフと手分けして1日およそ80軒を回っている。
幼いころから実家の畑で遊んで育った新さん。高校も大学も農業科がある学校に進学し、卒業後は農家を継ごうと決めていた。しかし、内向的な新さんのことを思う親の勧めもあって就職。その2年後、農家出身ということもあり現地へ出向を命じられたのだ。だが、それは本人の意思に反するものだった。「本当に行きたくなかった。絶望した」。嫌になったらすぐに日本へ帰ろうと、新さんは渋々ベトナムに渡ったのだ。
当初は2年で日本に戻るはずだったが、去年の3月にベトナム人女性のフィートゥーハオさん(25)と結婚。一児の父となった。共に暮らす義母も実の息子のように接してくれるという。新さんは「家族ができ、“大切にしていこう”と、今までに感じたことがない気持ちが芽生えた。ベトナムに来る前は何が一番大事かと聞かれても答えられなかったけど、今は妻と子供だと答えられる」と話す。
新さんの会社では、農家に安全な野菜を作ってもらうことで付加価値をつけて市場より高く買い上げ、結果的に農家を支援している。新さんは月に数回、契約している農家を訪れ、自分の目で畑の状態を確かめる。そうして農家と向き合うこと3年。当初、農業に対する知識も乏しく収入も少なかった農家の人たちが、今では高く売るためにどうすればいいのか自ら考え、行動するようになった。そんな仕事に大きなやりがいを感じている新さんは、「この国とさらに深く関わって、発展の助けになれれば」と夢を語る。そして、ベトナムの農家の人たちの仕事を見るにつけ、日本の両親が丁寧に質の良い農業をやってきたことに尊敬の念と誇りを感じるという。
すっかり逞しくなった息子の姿に、母は「家にいた頃の新とは全然違う。しっかりして驚いた」と涙し、父は跡を継いでほしいと思いながらも、「いい仕事を見つけたのかな…」と複雑な様子。そんな両親から新さんに届けられたのは、幼いころからずっと履き続けていたという農作業用の地下足袋。そこには「いつの日か一緒に農業をしたい」という父の想いが込められていた。さっそく地下足袋をはいてその感触を懐かしむ新さん。「今はこちらの生活の方が大事だけど、いつかは日本に帰って一緒に農業をやりたい」と、将来への思いを明かし、両親を安心させるのだった。