今回の配達先はアートの発信地イギリス・ロンドン。育児や家事に追われながら作品作りに奮闘する陶芸家の岩本幾久子さん(44)と、恩師で、日本を代表する女流陶芸家の坪井明日香さん(84)をつなぐ。彼女にイギリス行きをすすめた坪井さんは「2人の子供を抱え、よく思索的なことを考える時間があるなと感心している」といい、弟子の活躍を喜んでいる。
15年前にイギリスへ渡り、ロンドンで陶芸家として活動を始めて10年。幾久子さんの1日は慌ただしい。朝はまず長女(2)を保育所へ預け、続いて長男(5)を自転車で学校へ送り届ける。その足で、ロンドン中心地にある自身の工房へ。
幾久子さんの工房は、イギリス国内で活躍するアーティストたちが集まる貸しスタジオ「クラフトセントラル」内にある。彼女が制作するのは、食器など触って楽しめる実用的な陶磁器と、ち密で独創性あふれる陶磁器のアート作品。独特な空気を放つ彼女の作品は、イギリス国内でも高く評価されている。ミクロの世界など自然の中にあるパターンをモチーフとして表現したものも多く、「目にするリアルな世界より、すぐには見えない世界の方が面白い」と幾久子さんはいう。
制作は午後3時までには必ず終え、子供たちを迎えに行く。自宅へ戻り、家族に食事を用意し、子供たちを寝かしつけた後、再び工房へ戻り、作品作りに没頭する。家庭と創作活動の両立で大忙しの幾久子さん。作品の売り上げは月に17万円から80万円と波があり、ギャラリー勤務の夫・カズさん(40)の収入と合わせても、保育園代や高い家賃のため、決して余裕はないという。
幾久子さんの芸術家としての原点は、幼いころにある。「小さいころから自分の存在が不思議だった。創作活動は自分を確かめる行為。自分は何なのだろう…というところから始まっている」。自分の内面を表現するために、創作活動を始めた幾久子さんは、大学時代に坪井さんに弟子入り。10年間師事した。「弟子入りしていなかったら、こんなに続かなかった。先生は厳しかったが、礼儀作法から教えてくれた。“日本にいたらあなたは伸びない”とイギリス行きをすすめてくれたのも先生。今があるのは先生のお陰。感謝している」と幾久子さんはいう。
最近では、陶芸の概念に縛られない斬新な作品にも挑戦し、展覧会は初日だけで10点近くも作品が売れるほど大盛況だった。200年の歴史を持つイギリスを代表するインテリアショップ「ヒールズ」でも作品が取り扱われるようになり、幾久子さんは「ようやくちゃんとした有名な所で扱ってもらえるようになって本当にうれしい」と喜ぶ。そんな様子に、坪田さんは「作品に彼女の独自性が出ている。元々とても個性的な人だった。彼女ののびやかな所がイギリスに合っていたのかもしれない」と、安心した様子だ。
ロンドンでアーティストとして、さらなる高みを目指し続ける幾久子さんに、坪田さんから届けられたのは陶芸の道具。その中には、坪井さんが長年愛用してきたものも含まれていた。添えられた手紙には「“日本に帰らない”と言ってきて、あなたの強さを知りました。好きなだけ、自分を偽らず、のびのびと表現してみてください。貴女ならやれます」と綴られていた。先生のエールに、幾久子さんは「やります!先生の言葉を励みに頑張ります」と涙で誓うのだった