今回の配達先はフィリピン・ルソン島。ここで酪農家として奮闘する八巻久美子さん(35)と、神奈川県に住む母・美代子さん(67)、姉・菜愛子さん(40)をつなぐ。大学で畜産を学び、卒業後すぐに牧場に就職。そこで知り合った現在の夫と5年前に海を渡り、ゼロから酪農を立ち上げた久美子さん。母は「開拓していくのは大変だと思う。事業はうまくいっているのか…」と心配し、姉は「フィリピンへ行くと聞いたときは驚いたが、飛び出していける勇気は羨ましい」と話す。
首都・マニラ郊外に土地を借り、18頭の牛を飼っている久美子さん夫婦。最初は5頭から始めて、ここまで増やしてきたという。納屋を改装した牛舎は夫婦の手作り。住まいも同じ敷地にあり、牛舎や家、すべて含めて賃料は月6万円ほど。現在は8人の従業員を雇っている。
牛の世話や搾乳は夫の啓介さん(42)が担当。久美子さんは搾乳後の殺菌など、乳加工を担当している。一般的な牛乳は130度以上で瞬間殺菌するが、久美子さんは65度の低温で30分かけて殺菌を行い、牛乳本来の風味を生かすようにしているという。
久美子さん夫婦がフィリピンで酪農を営む決意をしたのは、日本と大きく異なるこの国の牛乳事情にビジネスチャンスを感じたからだ。「スーパーに行っても、まともな牛乳がない。脱脂粉乳を水で溶いたようなものが“フレッシュミルク”と書かれて常温で売られている」。そんな牛乳未開の地に、久美子さんは人生を賭けてみようと考えたのだ。さらに、「日本では生きづらかった。慢性的にストレスを感じていた」とも明かす。フィリピンにやって来たのは、そんな窮屈な日本から抜け出したいという思いもあったという。
久美子さんたちが作る牛乳は1本およそ200円。フィリピンでは高級品だが、この国ではめったに手に入らない高い乳脂肪分を含む牛乳は人気で、現在、富裕層の個人宅を中心に毎朝宅配を行っている。久美子さんはこの5年間、飛び込みの営業やツテを頼りに販売を増やし、現在60件の顧客を抱えているという。
さらに、事業拡大を目指してヨーグルトやチーズなど新たな商品開発も進めている。マニラで30店舗のコーヒーショップを展開するある企業には、飛び込みで営業をかけ、現在交渉の真っ只中という。主力商品が牛乳を使うカフェラテとあって、久美子さんの牛乳を試飲した社長は、その濃厚な味を高く評価するが、一方で高すぎる乳脂肪分が“ラテアート”には不向きだと課題も指摘された。久美子さんは「大きな企業は求められるレベルも高くなる。でも、自分たちのレベルアップのためにも、課題を解決して応えていきたい」と意欲を見せる。
フィリピンに渡り5年。2人の子供も授かり、この国に骨を埋める覚悟でビジネス拡大の夢を追う久美子さん。そんな彼女に母から届けられたのは筑前煮。子供のころから大好きだったおふくろの味だ。添えられていた手紙には「親にとって子供が“楽しい”と生きていてくれることが最高の幸せ。私の子供として生まれて、この最高の幸せを与えてくれた久美ちゃん。本当にありがとう」と綴られていた。久美子さんは「(涙で)読めないですね。自分が子供を産んで育ててみて初めて、母の気持ちや苦労が分かるようになった。感謝しかないですね」と、母への思いを語るのだった。