今回の配達先は、歴史的建造物が立ち並ぶベルギーの首都・ブリュッセル。この街でも数少ない教会オルガ二ストとして、ミサや結婚式でパイプオルガンを演奏する樋笠理絵子さん(39)と、兵庫県に住む父・博司さん(67)、母・優子さん(67)をつなぐ。ピアノ講師でもある母は、「元々は私が娘にピアノを教えていた。私と同じピアノ講師の道に進ませ、2人で一緒にやっていくのが夢だった。ベルギーへ留学すると聞いたときは本当にがっかりした」と、当時の思いを明かす。
理絵子さんは、12世紀に建てられたブリュッセルで最も歴史のある教会「サン・ドゥニ教会」のオーディションに合格し、この教会でただ一人のオルガ二ストとして、演奏のすべてを担当している。パイプに風を送って音を出すパイプオルガンは、“ストップ”と呼ばれるたくさんのレバーを操作し、トランペットやフルートなど、さまざまな音色を出すことができる。「同じ曲でも、違う教会・違うオルガンで弾くと、音色も変わってくる。この教会でしか弾けないというところが、パイプオルガンの一番の魅力」と理絵子さんはいう。
教会専属のオルガ二ストになって6年。しかし生活は決して楽ではなく、現在はオルガン演奏のほか、ピアノ講師もしている理絵子さん。教え子の小さな女の子には、ピアノだけでなく、リズムに合わせて体を動かすレッスンを取り入れるなど、さまざまな工夫を凝らしている。4歳から母にピアノを教えられた理絵子さんは、その厳しい指導に何度も辞めたいと思ったそうだが、「母もこういう風に教えてくれていたので、自然と私も同じように教えるようになりました」と話す。
そんな母の期待を背負い、中学の時には地元のピアノコンクールで優勝。将来を期待されていた。ところが、高校時代に出会ったパイプオルガンの音色に魅了され、一転、オルガ二ストを目指すように。音大を卒業後は、夢だったオルガン奏者になり、順風満帆の音楽人生を歩んでいるかに見えた。
しかし27歳の時、突然「本場のパイプオルガンを学びたい」とベルギー留学を決意。「これじゃいけないという焦りがあった。後悔したくないという気持ちで強行した」。理絵子さんは両親の反対を押切って日本を飛び出し、ベルギーの音楽院で学び、オルガン奏者として活動を始めたのだ。
ベルギーに渡って12年。今ではその実力が認められ、専属を務める教会以外からもミサや結婚式の演奏に呼ばれるようになり、活動の場が少しずつ広がってきた。さらに、「オルガ二ストとしてミサで弾く以外に、自分のソロコンサートをやってみたい。海外にも進出したい」と理絵子さんの夢は広がる。しかしその一方で、母の期待を裏切り、日本を飛び出したことが今も心に引っかかっているという。
そんな理絵子さんに母から届けられたのは古びた楽譜。理絵子さんがピアノを習い始めたばかりのころに使っていたものだ。そこにはたくさんの落書きが残され、母と一緒に過ごした時間が刻まれていた。理絵子さんは「取っておいてくれたんですね」と感激し、「これは私が音楽を始めた原点、今の自分がある原点ですね。これを私に託してくれたというのは、このままオルガ二ストとして頑張っていきなさいという強いメッセージだと感じます」と、母の思いを受け止めるのだった。