今回の配達先はオーストリアの首都ウィーン。照明デザイナーとして活躍する伊藤恵さん(44)と、東京に住む父・哲夫さん(73)、双子の兄・大作さん(44)をつなぐ。一人息子を育てるシングルマザーでもある恵さん。父は「いつ仕事がなくなるかわからない。子供を抱えながらなので心配」と案じている。
ウィーンにある自宅兼仕事場で、長男の圭くん(14)と2人で暮らす恵さん。照明デザイナーとして個人の住宅やレストランなどからオーダーを受け、空間に合った照明のデザインを手掛けている。現在制作しているのは、アンティークの着物の生地を使ったり、竹を編んだランプシェードで、ほとんどの部分を手作業で作っている。素材に徹底してこだわるのは、セーター1枚、万年筆1本にまで強いこだわりを持っていた建築家の父の影響が大きいという。
幼いころからモノ作りが大好きだったという恵さん。20歳の時、布のデザインを学ぶため、ウィーンの美術大学に留学。そこでたまたま作った布製のランプシェードが評判になり、気がつけば照明デザイナーの道を歩んでいた。最初は家庭用のランプを手作りしていたが、6年前、彼女のウェブサイトを見たある建築家からの依頼が大きな転機になった。恵さんにとっては建築家と組むのも、オフィスの天井の照明という大きな作品を手掛けるのも、初めての経験だった。その作品は高く評価され、それをきっかけにホテルや、国立劇場のレストラン、有名老舗宝飾店などから、次々と大きな仕事の依頼が舞い込むようになった。
順風満帆に見えるキャリアだが、ここまでの道のりは平たんではなかったという。30歳でスロヴェニア人男性と結婚し、子宝にも恵まれたが、元夫は彼女が仕事を続けること快く思ってくれなかったという。「このまま一緒に居たら、私は私じゃなくなる」。恵さんは本気で仕事に取り組もうと、37歳で離婚。シングルマザーになる道を選んだ。
離婚の際に慰謝料や養育費は一切貰わなかった恵さんだが、生活費をランプの売り上げで賄うのは難しく、息子を抱えての生活は困窮。精神的に追いつめられていったという。「息子にはお父さんがいるから大丈夫だし…私は生きていてもしょうがない、と思う事もあった」と恵さんは振り返る。しかし、ある日そんな彼女を救う出来事が…。「日本にいると思っていた父から突然電話があって、“今、ウィーンでご飯を食べてるんだけど“って(笑)」。父のいる店に駆けつけると、父は離婚の事には一切触れず、恵さんに「たまたまウィーンに用があったから」といって封筒を手渡した。「中には結構な額のお金が入っていて…。それがあったおかげで助かったんです」。恵さんは今も忘れられない思い出を明かす。
今や照明デザイナーとして、オーストリアのみならず、世界各国からオファーが舞い込むまでになった恵さん。そんな彼女に父から届けられたのは、日本の職人が作った裁ちばさみ。布を使ったランプを作る恵さんのために、父が選んだものだ。恵さんは「うれしいですね。前回日本に帰った時、買いたかったんですが、時間が無くて買えなかったんです」と大感激。「これからも私なりにいいモノを作っていきたい。それを父に分かってもらえたらうれしい」と語るのだった。