今回の配達先は、古くから“大理石の聖地”と呼ばれるイタリア・カッラーラ。
この街で彫刻家として奮闘する藤好邦江さん(35)と、東京に住む父・優臣さん(71)母・登美子さん(71)をつなぐ。
世界中から彫刻家を目指して若者が集まるカッラーラ、聖地と呼ばれるこの街でも「彫刻家」は食べていくことが容易な職業ではないという。
作品がコンスタントに売れるわけではなく、絵画などに比べても、制作に莫大な資金がかかる「彫刻」。それでも、彫刻制作の依頼を受けることができる作家はほんの一握りしかいないのだそう。
そんな厳しい状況の中でも、10年以上イタリアで作品作りに取り組み、一心不乱に彫刻に向き合う邦江さん。
邦江さんを日本から見守るのは、若い頃、画家を目指してヨーロッパで暮らした経験がある母・登美子さん。「厳しい道だと思うが、やるしかない。」と芸術家としての厳しさを語りながらも、その目からは娘を思う強い気持ちが伺える。
大理石を管理する石切り場「アートラボラトリー」では、世界中から集まったアーティストたちが、大理石を使って彫刻を制作している。邦江さんもその一角を間借りして制作活動を行っていて、現在は日本から発注を受けた彫刻を制作中。依頼者の求めるイメージに、さらにアイデアを加え、より良い作品作りをめざす邦江さん。そこには作品作りに対するプライドと、アーティストとしての矜持があった。
高校時代に芸術家を志し、大学で様々な美術を学び、その中で心惹かれたのが彫刻だった。もっと専門的に勉強したい…と日本を飛び出したが、向かったのは芸術の国イタリアではなく、ニュージーランド。「イタリア語はイタリアでしか通じない。作品の説明をするのには英語も必要」。彫刻家として成功するための、長期計画の第一歩は「英語」だった。
その後、念願のイタリアへ渡り、アルバイトをしながら24歳でカッラーラのアカデミア美術大学に入学。在学中から彼女の作品は高く評価され、カッラーラでも注目される存在に。
2009年には、当時のローマ法王・ベネディクト16世の胸像制作の依頼を受け、足掛け3年で見事に完成させバチカンに納品。まだ若く、日本人女性である邦江さんにとって異例の抜擢。しかし、その功績を妬む者も多く、教室に置いてあった制作中のローマ法王の模型が壊されたことも。
「カッラーラの生活は厳しい。人間関係も厳しいし、石という素材を彫ること自体も厳しい。でも、すべてが厳しいからこそ、彫ることを辛く感じなくてすむ。もし生ぬるい環境にいたら、石を彫ることは辛すぎて、できなかったと思う。今はただ彫刻をするためだけにここにいる」。
現在、邦江さんは初めての個展を目指して、新しい作品の制作に取り掛かっている。
芸術家として、新たなステップを踏み出そうとしている彼女に、日本の母から届けられたのは、素焼きの胸像。
50年前、フランスに留学していた母が一目見て気に入り、大切に抱きかかえ日本に持ち帰ったもの。以来、家のリビングには常にこの胸像があったそう。邦江さんは「私も実家でずっと眺めていました。すごく(胸像として)出来がいいんです」と、胸像との再会を喜ぶ。母の手紙には「この像には、お母さんが画家としてやりたいことに挑戦していた時の思い出が詰まっている」「この像からは制作者の生への強い心意気が感じられる。芸術家としてはこれからの10年が勝負。先人たちの吐息と力を受けて、よい仕事をしてほしい」と綴られていた。邦江さんは「カッラーラに私のすべてがあるので、ここを捨てるわけにはいかないが、これからは少しずつ日本にシフトチェンジしていきたい」と思い描く将来を明かし、「やはり日本人だし、日本で死にたい」と、秘めた思いを語るのだった。