今回の配達先はアルゼンチンのフフイ州サン・サルバドール。バッテリー産業に欠かせないリチウムの資源開発に奮闘する商社マンの谷本憲太郎さん(32)と、妻・絵理さん(32)、長女・彩笑ちゃん(2)をつなぐ。1年半前、妻と生後4カ月だった娘を残し、海を渡った憲太郎さん。妻は「一緒に子育てできるのが理想だけど、今は私が育児、彼は仕事と、それぞれができることを一生懸命やって、分担してこの子を育てているつもりです」と話し、単身、異国の地で頑張る夫を気遣う。
憲太郎さんが働く「サレス ド フフイ」は、彼が務める豊田通商が出資した会社で、憲太郎さんは日本から派遣され、取締役も務めている。リチウムは自動車やパソコン、携帯電話などのバッテリーから、鉄やガラス製品のコーティング剤など、さまざまなものの原料となるため、世界中の企業がその確保と開発にしのぎを削っている。そんな中に日本の企業として初めて参入。憲太郎さんはたった1人の日本人として最前線を任され、まさに世界を相手にゼロから事業を立ち上げているのだ。
リチウム採掘の現場となるのはアンデス山脈の奥地、標高4千メートル近くにあるオラロス塩湖で、ここで採取した水からリチウムを精製・生産する。2012年からリチウム生産工場の建設が始まり、すでにいくつかのプラントが完成。間もなく始まる本格操業に向けて、現在急ピッチで作業が進められている。
大学卒業後、大手銀行に就職したが、3年で転職し、商社マンの道を選んだ。「商社は自分たちが現地に根付いて、現地の人やパートナーと協力しながら新しい価値を生み出し、事業をしていくところに魅力がある」と、憲太郎さんは語る。27歳の時には銀行時代の同僚だった絵里さんと結婚。妊娠が判ったのはアルゼンチン行きが決まった直後だった。治安や育児環境のことも考え、1人で海を渡る決意をしたが、「娘に会えないのはやはりさびしい」と憲太郎さんはいう。
フフイ州にある事務所の管理、オラロス塩湖での現場監督、飛行機で経済の中心地・ブエノスアイレスに飛んでの営業活動と、アルゼンチンを飛び回る自分を「何でも屋」と呼ぶ憲太郎さん。社運を賭けた巨大プロジェクトを1人で背負うプレッシャーは大きいが、「それ以上に、事業を成し遂げたいという思いが強い」という。
そんな憲太郎さんに届けられたのは「うちわ」。ようやくペンを持てるようになった長女が、父、母と一緒にボール遊びをしている絵を描いたものだ。添えられていた妻の手紙には「今はせっかくいただいた責任ある仕事を、思う存分頑張って楽しんでくださいね。彩笑は大丈夫。ちゃんとパパっ子です」と綴られていた。憲太郎さんは「うれしいですね。宝物です。今は一緒に生活できないけど、頑張っているので、ボールで遊ぶのはもう少し待っててね」と、娘に語りかけるのだった。