今回の配達先はブラジル・リオデジャネイロ。柔道のナショナルチーム技術コーチとして奮闘する藤井裕子さん(32)と、愛知県に住む父・忠巳さん(73)、母・秀子さん(71)をつなぐ。裕子さんが指導をするのは、2年後にリオで開催されるオリンピックへの出場を目指すナショナルチームの精鋭たち。ブラジル柔道連盟にスカウトされ、1年半前にブラジルへ渡った裕子さんだったが、ブラジルに渡る前に妊娠が判明。母は「仕事をしに行ったのに子供を産んで、迷惑をかけているんじゃないか…それが一番心配だった」と話す。
ブラジルの道場では乱取りなどの実践的な練習が多いが、裕子さんは一見地味にも見える基本的な組手などを重点的に指導している。ヘッドコーチのロジクレイアさんによると、ブラジル柔道は独自に発展してきたため、基本的な部分で失われているものもあるそうで、裕子さんへの期待は大きい。
ブラジル人女性初の世界選手権優勝を果たしたラファエラ選手も教え子の1人。裕子さんの指導でめきめきと頭角を現した期待の星で、貧困層から世界を目指す選手としても注目を集めている。リオデジャネイロではスラム街に暮らす人々に、無料で柔道を教える取り組みを行っており、ラファエラ選手もそんな中で柔道を始めた1人だ。彼女の金メダル獲得の夢は、裕子さんの夢でもあるのだ。
5歳で柔道を始め、高校では全国大会3位になるなど、優秀な成績を収めてきた裕子さん。しかし「今思うと勝ち負けにこだわっていなかった。試合に向かない選手だった」と振り返る。24歳で現役を引退し、イギリスに語学留学。大学で「手伝い程度に」と、柔道のアシスタントコーチを始めたのが転機となった。「そこでフランスの指導者と出会い、“こんなにきれいな柔道を指導する人がいるんだ”と驚いた。私もそういう風に教えてみたいと思ったのが、指導者にのめり込むきっかけだった」と明かす。
そこで指導力の高さを見出され、イギリスのナショナルチームからスカウトを受けた裕子さんは、ロンドンオリンピックでイギリスに12年ぶりの銀メダルをもたらした。その実績を買われ、ブラジル柔道連盟からオファーを受けたのだ。しかし、ブラジル行きの直前に妊娠が判明。裕子さんは初めての土地で、初めての出産・育児をする決意をしたのだ。
平日は毎日指導を行っている裕子さん。道場の片隅には常に夫・陽樹さん(27)と9カ月になる長男の姿が。教員の仕事を辞めて一緒にブラジルに渡った夫は“主夫”として家事や育児をサポートしてくれている。裕子さんは「こういう夫じゃなかったらこの仕事はできなかったし、ブラジルには来ていなかったと思う」と感謝する。
責任のある仕事と初めての子育てを両立するため、懸命に奮闘する裕子さんに、母から届けられたのは1冊の絵本。裕子さんが幼いころ、寝る前に母によく読んでもらった一番のお気に入りだったそうで、「ボロボロになるまで読んでもらった。幸せな時間だった。嫌なことがあっても母の胸の中だと不思議と眠れた」と振り返る。最後のページには母から「初めての子育て、楽しんで元気な子に育ててくださいね」とメッセージが綴られていた。裕子さんは「ブラジルでの生活を快く思っていないのかな…と思っていた部分もあったけど、やはり母親は何があっても応援してくれるんですね」と、母の思いに涙をこぼすのだった。