アメリカ・ロサンゼルスで映画のメイクアップアーティストを目指す後藤雅さん(30)と、大阪・泉佐野市に住む母・良子さん(56)をつなぐ。中学生の時からハリウッドでメイクの仕事がしたいと夢を抱いていた雅さん。女手一つで育ててくれた母の希望で、一度は安定した歯科衛生士の仕事に就いたが、夢を諦めきれず、母の反対を押し切って、25歳のときアメリカへ飛びだった。人生を寄り道させてしまったことに、母は「私の自分勝手であの子の人生を遅らせて、かわいそうな思いをさせた」と悔やんでいる。
現在はビバリーヒルズの美容院でメイクアップアーティストとして働く雅さん。店にやって来るお客さんにはセレブや女優も多いという。美容院が休みの日には、広告用写真撮影やプロモーションビデオ撮影のメイクなど、安いギャラでも積極的に仕事を入れ、経験を積んでいる。「最終目的はテレビや映画のメイクアップアーティストになること」と、雅さんは夢を語る。
母の希望通り歯科衛生士をやっていた頃は「生きているのに死んだような毎日だった。夢もなく生きていた」と雅さんは振り返る。夢を諦めきれず、働きながらメイクの学校へ通い、25歳で念願のロスへ。その後、アルバイトなどでメイクの仕事を始め、1年前、ようやく今の美容院の仕事を見つけたのだ。
今は長年憧れていたメイクアップアーティストのカオリ・ナラ・ターナーさん(80)の自宅に居候をしている。ハリウッドの第一線で40年以上も活躍を続け、日本人で初めてメイクアップ部門でエミー賞に輝いた大御所だ。雅さんは憧れのカオリさんにとにかく会いたいと、突然家に押しかけ、その1週間後には荷物をまとめて引っ越してきたのだ。時間ができた時にはカオリさんから直々にメイク技術を教えてもらえる、とても恵まれた環境だ。
家賃も食費もタダの代わりに、食事作りは居候である雅さんが担当している。中学1年の時に父を亡くしてからは、仕事で遅い母のために食事を作っていたという雅さんは料理が得意だ。カオリさんは「最近彼女が忙しくて、あまり作ってくれなくなった(笑)」とちょっと残念そうだが、「でも仕事があるのは私もうれしい。仕事をしたくてもない人がいっぱいいる。仕事があるのは恵まれている。彼女は自分でどんどん仕事を探して頑張っている」と、その努力を評価する。
雅さんはファッション関係者のパーティーなど、チャンスのありそうなところへ積極的に出かけては、自分の作品を見せて売り込み、仕事につなげようとしている。カオリさんから映画の仕事を紹介してもらうこともできそうだが、「先生に迷惑をかけるのが嫌。私が頑張っている姿を見たら、きっと先生から言ってくれるだろうし、認めてもらえるまでは自分からは言わない」と、雅さんは心に決めている。
日本を飛び出し5年。雅さんにはまだ母に伝えてない思いがあるという。「今、もっともっと映画の世界へ行きたい、頑張りたいと思えるのは、あの歯科衛生士の3年間があったから。 母には感謝している」と、寄り道も無駄ではなかったことを伝える雅さん。そんな雅さんに母から届けられたのは化粧筆。ずっと反対をしていた母が、仕事に使ってもらおうと、初めて娘のために買った仕事道具だ。雅さんは「うれしい。“頑張って”と言ってくれてるのかな。感謝している。大事に使います」と、母の思いを感じ、涙をこぼすのだった。