今回の配達先はアラブ首長国連邦(UAE)のドバイ首長国。中東で初めて柔らかい日本式のパンを提供する店でパン職人として奮闘する前田邦博さん(34)と、京都に住む父・雅俊さん(67)、母・敏子さん(64)をつなぐ。日本でパン職人をしていた邦博さんがドバイに渡って1年。大反対だったという母は「日本ではちゃんとしたところで働いていたのに辞めてしまって…。英語も喋れないのに、そんなところに行ってどうするんだと思った」と複雑な思いを語り、父は「1人息子だし、私たちももういい歳。早く帰ってきて身を固めて欲しい」と望んでいる。
邦博さんが働いているのは、ドバイでも屈指の高級住宅街にある日本式パンの店「ヤマノテアトリエ」。珍しい日本式パンを目当てにやってくる客のほとんどは、地元の裕福なアラブ人だ。オーナーは国を束ねる首長一族の1人で、日本式のパンに興味があり、出店したという。
邦博さんは6人いる職人を束ねるトップとして、パン作りの指導も任されている。日本と変わらぬ味を提供するため、小麦粉は日本から取り寄せ、作り方もすべて日本式だ。邦博さんが作るパンは大好評で、店内はいつもアラブの女性たちで賑わっている。
ドバイに渡るきっかけとなったのは、日本でパン修業をしていたときにインターネットで偶然見つけた求人広告だった。ドバイ初の日本式パン――そこに可能性を感じ、両親には一切相談せず、ドバイ行きを決断した。以来、猛反対を続けている両親とは会話すらないという。
厳格で口数の少ない父親とは、物心ついた時からほとんど話すことがなく、すべて母を間に介してのやりとりだった。お互いの気持ちが分からず、父と子の溝は深まるばかりだったという。そしてある時、父とケンカになった邦博さんが「うるさい」と強く言ってしまい、怒った父に「出て行け」と言われたという。ドバイへ渡ったのはその直後の事だった。
日本では目標もなく過ごしていた邦博さんだが、「こっちではパン屋をしていると感謝される。そこにやりがいを感じる。将来はパン職人の道をずっと行くと思う。中東でもっと日本式のパン屋を広めたい」と夢を抱くように。そんな邦博さんに、帰国を切に願う両親から届けられたのは、母手作りの「昆布の佃煮」。いつも食卓にのぼっていたおふくろの味だ。“我が家を思い出して、早く日本へ帰ってきて欲しい”。そんな母の思いが込められていた。そして、添えられていた父の手紙には、「邦とはよく言い合いをして喧嘩をしましたが、次に会うときはゆっくり話がしたいです」と、思いが綴られていた。これまで息子と向き合うことのなかった父の精一杯の言葉だった。邦博さんは「今の店をどこまで大きくできるか。その目標に向かってやっていきたいので、今すぐに帰るわけにいかない。心配だと思うが、応援して欲しい。結果を出して報告し、安心させたい」と両親への思いを語るのだった。