今回の配達先はアメリカ・オレゴン州。ポートランド国際空港を拠点に、旅客機のパイロットとして活躍する青木美和さん(36)と、愛知県に住む父・尚夫さん(67)、母・美保子さん(61)をつなぐ。祖父が夢見たパイロットの道を目指してアメリカへ渡り、その夢を叶えた美和さん。父は「日本を離れた当時は、女性がパイロットになれるのかと心配した。でも娘は言い出したら聞かないから…」といい、母も「行動力や活発さは祖父にそっくり」という。
美和さんが勤務するのは、アラスカ航空の傘下にあるホライゾン航空。シアトルを中心にカナダや遠くはメキシコまで定期便を運行しており、美和さんはここでパイロットとして3年前から働いている。これまで数え切れないほどフライトを経験してきたが「毎日コックピットに座って“これが私のオフィスだ”と思うと感無量。18年飛んでいるがまったく飽きない」と、美和さんは生き生きとしている。
子供の頃から負けず嫌いだったという美和さん。パイロットに憧れを抱くようになったきっかけは、初孫だった彼女を誰よりも可愛がってくれた母方の祖父だったという。「小さい頃、よくゼロ戦の模型を手に“パイロットになりたかったんだ”と話してくれた。“お前が男だったらなぁ”と言われたのをよく覚えている。いつしか自分もパイロットになりたいという想いを描いていた」と美和さんは振り返る。
しかし、当時まだ日本では“パイロットは男の仕事”という時代。そこで高校卒業と同時に、女性パイロットが珍しくなかったアメリカへ渡る決意をした。祖父は「パイロットになるのは易しいことではない。啖呵を切って行く以上は頑張れ」と背中を押してくれたという。「絶対パイロットになると信じて(故郷の)豊橋を出てきた」という美和さん。当初は英語がまったく喋れなかったが、語学学校で学ぶことから始め、努力を重ねてアメリカの大学のパイロット学科を卒業。念願の免許を取得した。しかし、祖父にパイロット姿を見せることは叶わなかった。「本当に見せたかった。すごく喜んでくれたと思う。自分の安全は自分で確保すると思っているが、神頼みじゃないけど祖父に“今日も行ってきます”と伝えて飛ぶのが習慣になっているんです」。
美和さんは同じ会社のパイロット仲間とシェアして暮らす一軒家で、仲間の1人、竜太郎さん(26)と同棲中。2人は家族も公認の仲で、将来は結婚も考えているという。公私ともに充実したパイロット生活を送る美和さんだが、まだ果たせていない夢があるという。「私の好きな機体、ボーイング777に乗って、できたらアジア方面に飛ぶのが夢。週に1回ぐらい飛んで、日本の両親に会えたら本当に幸せ」という美和さん。「挫折しそうになったことはたくさんあるが、しなかったのは自分1人の夢じゃないと信じていたから。私の夢は両親の夢であり、祖父が背中を押してくれたから今の自分がいる。この道を選ばせてもらって感謝している」。そう語る美和さんに日本の両親から届けられたのは、祖父が大切にしていたゼロ戦の模型。美和さんは小学生の時以来見る祖父の模型に感激し、「祖父はこれを使ってよく夢を語っていた」と涙が止まらない。「両親は“初心忘れるべからず”と伝えたかったのではないか。これこそ私の原点です」と、美和さんは両親の想いをしっかりと受け止めるのだった。